
厚生労働省の調査によると、同居期間20年以上の「熟年離婚」の割合は2022年時点で約23.5%と、1947年に統計を開始して以降過去最高となっています。熟年離婚を切り出すのは「妻から」のほうが多いようで、30年妻と連れ添ったAさん(60歳)も、定年退職したその日に「離婚届」を突きつけられ衝撃を受けます。今回は、牧野FP事務所合同会社の牧野寿和CFPが事例をもとに、熟年離婚の理由と離婚後の資金繰りについて解説します。
熟年離婚が増える日本
昨今、同居期間20年以上の夫婦による「熟年離婚」が増えています。厚生労働省『令和4年人口動態統計』によると、離婚17万9,096件のうち、熟年離婚は3万8,990件と、全体の21.7%を占めています。
一方、年代別の「離婚願望」を見ると、あまり高いとはいえないようです。内閣府「令和3年度人生100年時代における結婚・仕事・収入に関する調査報告書」によると、「今後離婚する可能性」は下記のような結果となっています。
50代~60代の男女は、20代~30代に比べ【薄い青色(網かけ)】の「まあないと思う」と【青色】の「絶対にないと思う」の割合が高くなり、男女ともに60~70%以上の人は離婚する可能性が高くないと考えていることがわかります。
例に漏れず、今回紹介する60歳のA夫婦も、離婚にはまったく縁がないはずでした。
青天の霹靂…定年退職当日に妻から突きつけられた「三行半」
60歳になるAさんはこの日、新卒から勤めた食品製造メーカーを定年退職しました。
Aさんは花束を片手に、専業主婦の妻・Bさん(57歳)が待つ自宅に急ぎます。
帰宅後、手早く着替えを済ませてリビングに向かうと、Bさんが緊張した面持ちで佇んでいました。
――長いあいだお勤めご苦労さまでした。今日、伝えたいことがあって……。もう、ウンザリなの。離婚してください。
そう言ってBさんが差し出した書類は「離婚届」でした。
Aさんは、突然の申し出にうろたえます。まさに青天の霹靂です。
「ちょ、ちょっとまってくれ! なんだよ突然!」
焦りながらも必死に説得を試みるAさん。しかし、理由を尋ねても妻はただ「離婚してほしい」と言うばかり。その意志は固く、結局夫婦は離婚に向けた準備を始めることに。
妻から突きつけられた驚きの“条件”
「専業主婦として支えてくれた妻がいなくなったらどうやって生きていけばいいんだ……。というか、家は? お金は? 財産はどうなる?」
今後の生活が急激に不安になったAさんは、知り合いのファイナンシャルプランナー(FP)へ相談することに。
財産分与の仕組み
Aさんから相談を受けた筆者は、まず「財産分与」の仕組みを説明しました。
財産分与において対象となる財産は、婚姻期間中に2人で築いた共有財産です。分割割合は、原則2分の1ずつですが、夫婦で話し合って決めることもできます。
夫婦は現在、都内にあるマンションに暮らしており、住宅ローンはすでに完済。Aさんによると、すでにBさんは今後の住まいについて、ひとり娘のCさん(28歳)と話をつけているようです。どうやら、現在住んでいるマンションを出て、都内でひとり暮らしをしているCさん(28歳)の賃貸マンションに同居するといいます。
財産分与について、当初Bさんは「自宅マンションはいらない。だけど、退職金を含めて4,000万円の貯蓄を全額ちょうだい」と主張。
しかし、不動産業者の査定で、自宅の売却価格が約2,780万円だったのを踏まえ、最終的にAさんは自宅マンションと貯蓄570万円を、Bさんは残りの貯蓄3,430万円と自家用車を取得することで合意しているといいます。
なお、65歳から受給がスタートする老齢厚生年金の受給見込額は、婚姻期間中のAさんの厚生年金記録を分割して、Aさんは月16万円、Bさんは月12万円です(現在57歳のBさんが60歳まで国民年金保険料を月1万7,510円※ずつ納付したときの見込額)。
※ 令和7年度の金額。
自宅は賃貸に出して再雇用で働く…Aさんの“老後計画”
Aさんいわく「毎月の生活費は20万円あれば十分」とのこと。
また、自宅がファミリー向けの間取りであることと、立地が駅から徒歩圏内の文教地区※にあることから、住まいは賃貸に出すことを考えているそうです。不動産仲介業者によると、賃貸に出した場合の家賃相場は19万円ほど。その後、自身は家賃8万円のワンルームマンションを借りるつもりだといいます。
※ 文教地区……学校・図書館などの文教施設が多く集まっている地区。都市計画法に定められ、文教上好ましくない施設や工場建設は規制される(デジタル大辞泉より)。
ただ、この計画を実行するにはリフォーム代や家財の整理費用が必要です。すぐに借り手が見つかったとしても、年金受給開始までの5年間は一時的に家計が困窮します。そのため、これを補う収入源が必要です。
するとAさんは、次のように言いました。
「退職するときに、系列の会社から再雇用の誘いを受けたんです。再雇用を受けるか迷っていたのですが、決心がつきました。再雇用で働けばなんとかなるかもしれませんね」
突然の離婚話に憔悴した様子のAさんでしたが、離婚しても金銭的には問題が少ないと知り、安堵された様子で帰っていきました。
離婚してよかった!…3年後に判明した「離婚の真相」
それから3年ほど経ったある日のこと。久しぶりにAさんが、筆者のところを訪れました。FPに相談後、Aさんは30年間の結婚生活に終止符を打ち、離婚が成立したそうです。
「老後は妻とのんびり過ごそうと思っていましたが、その相手もいなくなり、一時はどうなることかと思いました。けれど、系列の会社で再雇用してもらい、いまはこぢんまりとした部屋で自炊に掃除にと、忙しく暮らしています」
また、あとになって、Bさんが突然離婚を宣言した「本当の理由」が判明したと言います。
「家計は妻に任せきりだったので知るのが遅れたんですが、どうやらBは長いこと散財していたようでして。私が仕事で出かけているあいだ、友人と食事や旅行を楽しんだり、娘と一緒にデパートで洋服やジュエリーを買ったりしていたそうなんです。
それで、私の定年が近づき、『父さんが自宅に居るようになると、今までみたいに気楽に友だちと食事や旅行に行けなくなるし、あんたの洋服も買ってあげれなくなるけど、どうしようね』と娘に相談したところ、娘が冗談のつもりで『じゃあ別れたら』と言ったところ、それを本気にしたらしくて……。ほんと、ばかばかしいですよ」
「娘から聞いた話では、離婚後に散財がひどくなり、財産分与したお金も底をついてしまったらしく、私と『ヨリを戻したい』と話しているらしいんですよ。もちろん、断固拒否です。いまでは『離婚してよかった』とさえ思っています」
そう話してくれたAさんですが、一緒に生活していながらBさんの散財に気が付かなった自責の念もあるといいます。
元妻のBさんが自活した老後を過ごすには、物心両面でAさんなりCさんの協力が必要になることでしょう。
牧野 寿和 牧野FP事務所合同会社 代表社員

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