今年6月から「拘禁刑」(こうきんけい)という新しい刑罰が誕生した。これまでの懲役刑と禁固刑を一本化したもので、刑罰の種類が変わるのは、現行の刑法が制定された1907年明治40年)以来初めてのことだ。

拘禁刑の導入は「懲らしめから立ち直りへの転換」がキーワードで、法務省のホームページでも、受刑者の更生と社会復帰が目的と掲げられている

だが、その一方で、矛盾するような立場に置かれているのが「無期懲役囚」たちだ。多くが"終わりの見えない刑"のなかで獄死しており、彼らにとっての「更生」とは何なのか。

わずかな望みに生きる受刑者と日々向き合う刑務官たちのリアルな声を探った。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●無期刑を言い渡された瞬間「もうダメだ…」

「ほとんど諦めていたんですが、なんといいますかね、助かったのかなという気持ちです。素直に」

黄緑色の作業服に身を包んだ男性(72)は、裁判で無期懲役の判決を言い渡されたときの心境をそう振り返った。

犯した罪は強盗殺人と死体遺棄。2人の命を奪った。死刑を求刑された瞬間、「もうダメだなと思った」という。

●多くの無期懲役囚が収容されている千葉刑務所

周囲を住宅やスーパー、飲食店に取り囲まれるようにして立つ千葉刑務所千葉市若葉区)。

関東エリアを中心に重大事件を起こした人たちが収容されており、多くの無期懲役囚がここで暮らす。

今年3月21日、弁護士ドットコムニュースは塀の中での取材を特別に許可された。

案内されたのは「第5工場」。「養護工場」とも呼ばれる区画で、高齢者や障害を持つ受刑者が簡単な刑務作業をおこなう場所だ。

受刑者たちは視線をななめ下に落としながら、コップ型の陶器に模様を付けたり、ボールペンを組み立てたり。

車椅子に腰かけた高齢の男性は、細かいシワやシミが刻み込まれた両手をゆっくりと動かしながら、透明のプラスチック製ハンガーに張られたサイズ表示のシールを一つずつはがしとっていた。

今年6月1日から、これまでの「懲役刑」と「禁固刑」が廃止され、新たに「拘禁刑」が導入された。それに伴って、こうした刑務作業は義務ではなくなる。

代わりに、受刑者同士が意見を交わしたり、高齢者がリハビリしたりするなど、社会復帰後の生活をみすえたプログラムが増えていくとされている。

●無期囚の大半が獄死の現実

「無期」の懲役刑とは言うものの、刑法28条は「10年を経過した後・・・仮に釈放することができる」と定めており、社会復帰の可能性が残された刑罰だ。

ただ現実には、2005年の法改正で有期刑の上限が30年に引き上げられたことなどから、30年を超えなければ仮釈放が認められなくなっており、獄死する受刑者が大半を占める。

法務省によると、2023年末時点で全国の無期懲役囚は1669人。同年に仮釈放されたのは8人のみだった一方、70人が服役中に死亡した。

「事実上の終身刑」になっていると指摘されることもあるが、それを最もよく知っているのが本人たちだ。

冒頭の男性は、塀の外にいる元妻と今も連絡を取り合っているが、無期懲役囚を取り巻く現実を前に「むしろ自分のことは忘れてほしいぐらいの気持ちで生活しています」と打ち明けた。

●刑務官が語る「有期刑」と「無期刑」の差

1000人近い収容者を少数で管理、指導している刑務官たちにとっても、無期懲役は重い刑罰だ。

工場を統括する刑務官は、有期刑と無期刑の受刑者の違いを次のように説明する。

「有期刑の受刑者は、刑期という目標が決まっているので、ある程度は頑張ることができます。明確に刑の終わりがあるので、我々もそこに合わせて指導していきます。しかし、無期の受刑者は改善更生や出所といった目標を出しても伝わりにくいです」

工場主任をつとめる30代の刑務官も、無期受刑者への関わりの難しさを指摘する。

「有期刑はいずれ社会に戻ることが決まっているので、職員からの働きかけについては出所後の生活について伝えやすい部分があります。逆に、社会に戻ることが決まっているので、中にはいい加減な生活を送る受刑者もいます。

一方で無期は、平成に入ってからの厳罰化の影響で服役期間が30年を超えても社会に戻ることが難しくなりました。なので、『仮釈放』という言葉を安易に使うと本人の心情が乱れてしまうこともあります」

受刑者が刑務所内の規則に違反すると「懲罰」を科され、仮釈放の判断に影響を与えると言われている。

そのことを念頭に工場主任の刑務官はこう付け加えた。

「無期受刑者の中には、反則行為を起こしてしまい、『もう自分は社会に戻れない』と思って心が折れ、光を失ってしまう人がいます。仮釈放は狭き門であるため、簡単には口に出しませんが、そこを目指していけるような働きかけをするように意識しています。

長い間刑務所にいると、季節や時代の"節(ふし)"を意識して生活する感覚が薄れていき、漫然と過ごしやすくなります。なので、日々の積み重ね、長い道のりだけど一歩ずつ歩かせようという声がけを心掛けています」

●「1日1日の積み重ねが大事」自身に言い聞かせる無期囚

刑務官たちの思いは、少なからず受刑者にも伝わっているようだ。

2人の命を奪った殺人罪で服役している無期懲役の男性(56)は、受刑生活を支えるモチベーションを尋ねた記者に対して次のように語った。

「入所当初は(仮釈放までの期間の)平均が17〜18年で、先輩方からは『なんとか10年頑張ればあとは下り坂になる』と聞いていたので、一つの区切りというか目標として10年という気持ちがありました。

でも、いつの間にか(平均が)30年を超える状態になっていて、雲行きが怪しいという気がします。

ただ、それでもやっぱり『もうどうでもいいや』などと思ってしまうと、自分自身がダメになると思うので、『1日1日の積み重ねが大事なんだ』ということを自分に言い聞かせるように過ごしています」

●「少しは希望がある」諦められない仮釈放

取材では3人の無期懲役囚に話を聞くことができた。

年齢や服役期間は異なるものの、共通していたのは「仮釈放」が生きる希望になっているという事実だ。

冒頭の受刑者(72)は「6割は獄死を覚悟している」と語ったが、残る4割は再び塀の外に出ることを諦めていなかった。

「やっぱり子どもたちと一緒に過ごせる時間があったらいいのかなと思っています」

別の60代の受刑者は「入った当初は出ることをあまり考えていませんでした。出れる気がしていなかった」と話した。

ただ、有期刑の上限である30年を過ぎた現在も足腰に大きな問題はなく、自立して生活できる状態であるため、望みを捨てていないという。

「40年ぐらいで出られたらまだ体も健康だと思うので、少しは希望があります」

●「これまでは脳死状態」現場も試行錯誤

新しい刑罰の導入に伴って、現場では試行錯誤が続いている。今の段階で全国の刑務所に服役しているのは、懲役刑と禁固刑の受刑者だが、今後は「無期拘禁刑」の受刑者が入ってくることになる。

"終わりの見えない刑"に服させると同時に、立ち直りに向けて指導するという難しさに直面する。

工場主任の刑務官は「現段階では何が正解か正直わかりません。手探りの状態です」。

工場統括の刑務官も「これまでは刑務作業をする理由について考える必要がありませんでした。言葉は悪いですが脳死状態。でも、これからは個々人の生活に応じた対応が必要になると思います」と話した。

多くは獄死、"終わりなき刑"に向き合う無期懲役囚と刑務官 拘禁刑導入で残された矛盾