長年連れ添った夫婦が定年を迎え、これからのセカンドライフを謳歌しようとするとき、これまでみえなかった「お金の問題」が表面化することがあります。特に、配偶者の一方に家計管理を任せきりにしている夫婦は要注意です。本記事は山崎さん(仮名)の事例とともに、夫婦間のお金に関するコミュニケーションの重要性について、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。※個人の特定を避けるため、内容の一部を変更しています。

定年退職したその日に、妻から衝撃の告白が…

山崎浩一さん(仮名/65歳)は、地元の国立大学を卒業後、電力会社を勤め上げました。社内では勉強熱心で知られ、上司や同僚、部下とのコミュニケーションを大切にしていた人です。さまざまな業務を通じて信頼関係を築いてきたためか、昇格昇給は比較的早いほうだったようです。

小学校教諭の長女(38歳/既婚)、Webデザイナーの次女(35歳/既婚)、医療従事者の三女(30歳/未婚)。3人の娘たちも、それぞれの人生を謳歌しています。

退職金は2,500万円、貯蓄は1,000万円。娘たちが社会に出て困らないようにと、教育はもとより、娘たちが興味を持ったことには惜しげなくお金を使ってきました。そのせいもあって、貯蓄は少なめです。年金は現在60歳の妻・明美さんが65歳になれば、妻のものと合わせ、月額32万円になります。夫婦で暮らしていくには十分でしょう。なにより、妻の明美さん(仮名/60歳 パート勤務)との時間を大切にしようと、期待や夢を膨らませていました。

退職日の夜、豪華な食事と高価な日本酒が並べられていきます。「やっとサラリーマン生活ともおさらばだよ」と浩一さんは妻に笑いかけましたが、対する妻は、聞いているのか聞いていないのかわからない様子で、食事の仕上げをしています。表情も硬いように感じました。今日は疲れ気味なのかな、と思いながらも食事をはじめました。思い出話に花を咲かせる浩一さんをよそに、妻の顔はますます固くなっていきます。グラスを持つ手はガタガタと震えていました。

「おい、どうした?」たまらず問いかけると、「あの……、ちょっと話を聞いてほしいんだけど……。怒らないでね」と明美さんは切り出したそうです。浩一さんは嫌な予感がしました。

隠されていた借金と崩れ去る老後生活

明美さんが、ぽつりぽつりと話し始めました。パート先の同僚と資産運用の話がはずみ、同僚に誘われて数年前からFXを始めた明美さん。はじめのうちは少額からでしたが、損失が出ても「取り返そう」という思いに駆り立てられ、やめられなくなってしまったそうです。損失は膨らみ続け、その穴埋めのために、明美さん自身の貯蓄をすべて使いました。金融機関の浩一さん名義の貯蓄からは700万円を使っています。消費者金融からの借り入れも50万円程度ある、とのこと。

結婚してから、家計管理は明美さんに任せきりでした。妻がそんな大金を使い、さらに借金までしているとは……。退職金2,500万円と貯蓄1,000万円は、これからの老後を暮らすための大切な資金です。医療費や介護費などに備えておかなければなりません。浩一さんは一瞬にして、老後を楽しむという気持ちにはなれなくなりました。

「老後資金のうちの700万円がすでにない、そのうえ借金の返済もしなければならないのか……」浩一さんは、混乱し感情が抑えきれず、思わず明美さんに大声をあげてしまいました。定年退職祝いの夕食どころではありません「だから、怒らないでねって……」。

FXの仕組み

妻の明美さんがのめり込んでしまった“FX”とは、どのような仕組みなのか簡単に紹介します。

FXは、日本語で「外国為替証拠金取引」といいます。FXは、日本円と米ドル、ユーロ、ポンドなど、2つの通貨を選んで、その通貨間の為替レートの変動がこれから「上がるか」、「下がるか」を予想して取引を行います。たとえば、円安になって為替レートが101円の方向に変動すると予想して取引をした場合の利益と損失は、下記図表1のようになります。

円高になって為替レートが99円の方向に変動すると予想した場合は、下記図表2のようになります。

また、それぞれの通貨には金利差があります。金利の高い通貨を買い、金利の安い通貨を売ると、金利差によって利益が発生します。保有しているあいだは原則毎日貯まり、収益を得ることが可能です。

FXは、あらかじめ資金(証拠金)を預けて取引を行います。証拠金と取引額の倍率は「レバレッジ〇〇倍」と表記され、最大25倍までの取引ができます。少ない資金でも大きな利益を得られる可能性がありますが、元本保証はなく、わずかな為替レートの変動でも大きな損失が生じる可能性も。証拠金を上回る損失を被ることを避けるために、自動ロスカット(強制決済)というルールがありますが、即座に対応できず、損失に繋がる場合も少なくありません。ハイリスクハイリターンな取引ですので、リスクを十分に理解して行うことが重要でしょう。

夫婦の危機を乗り越えてどう暮らしていくか

山崎さん夫婦のように、定年退職を機に、長年連れ添った夫婦の問題が露呈するケースは少なくありません。熟年離婚もその一つの例でしょう。山崎さん夫婦は、今後の生活を立て直すために、家計の見直し、借金の返済計画など具体的な対策を検討していくことに決めました。

同時に、夫婦関係の再構築という、新たな夫婦の試練も始まります。これからは、家計管理を明美さんに任せきりにせず、定期的に状況を共有したり、お互いの金銭感覚や価値観について理解しあったりと、コミュニケーションも求められるでしょう。仮に、どちらかに金銭トラブルが発生した場合には、正直に打ち明け、二人で解決策を探すなどのルールを決めていくのもよいかもしれません。FXのようなハイリスクハイリターンの投資ではなく、夫婦の目標を再設定して、定期預金や、NISAを活用した積立投資などを提案しました。

この時期に夫婦の絆を深め、豊かなセカンドライフを送るための機会とすることができるかどうかは、夫婦の日々の努力にかかっているといえるでしょう。明美さんがFXを始めた背景には、なんらかの不満や不安があるかもしれません。お互いを尊重しながら、時間をかけて解決策をみつけていってほしいと思います。

藤原 洋子

FP dream

代表FP

(※写真はイメージです/PIXTA)