
日本の労働生産性は「先進7ヵ国」最下位を約55年間走り続けており、低水準にあります(※)本稿では、改善のポイントを日本企業と海外企業における「人事部」がもつ機能の違いから分析します。梅本哲氏の著書『増補改訂版 サイエンスドリブン 生産性向上につながる科学的人事』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集し、詳しく解説します。(※ 出所:労働生産性の国際比較2023|公益財団法人日本生産性本部)
生産性=能力×時間×パフォーマンス
本稿でいう生産性は、月や年といった一定の期間でどれだけの付加価値を生むかということであり、残業時間などは考慮しません。業務効率の高い人であれば残業なしで生みだせる付加価値を、効率があまり良くない人だと一定時間以上の残業をしないと生みだせないということもあります。
本稿の目的は、データを活用して科学的に生産性を向上させようというものです。しかし、「一人ひとりが生みだす付加価値を増やそう」と言っても、それは単なるスローガンにしかなりません。掛け声だけでは生産性は向上しないのです。生産性が低い状況であれば、原因を把握して、その原因に対して対策を打つことが大切です。そして原因を把握するためには、生産性をいくつかの要素に分解して、それぞれがどうなっているか一つずつ調べるという方法が有効です。
生産性の要素は次の計算式から導きます。
生産性=能力×時間×パフォーマンス能力とは、業務を遂行するための基礎的なビジネススキルやリテラシーを指します。計算力や言語能力、コミュニケーション力、文書作成能力、企画力、ITリテラシーなど、教えることが可能で、訓練によって身につくことです。あるいは経験によって身についたノウハウや知恵なども能力に含みます。人は能力に応じて、できる仕事の内容やレベルが変わってきます。
時間は就労時間のことで、仕事にかかった時間になります(残業時間も含みます)。パフォーマンスは、広い意味をもつ言葉です。主な日本語訳としては、演奏・演技・出栄え・成績・性能などがありますが、ここでは「業務遂行能力」という言葉を充てたいと思います。これは、業務をやり切る力のことです。
これら3つの要素について、例えば能力の高いAさんと、Aさんより能力の低いBさんがいたとします。能力に差があるので、同じ仕事に取り組む場合、AさんはBさんより早く仕事を終えることができます。その場合、Bさんはより長く働くことで、Aさんと同等の生産性となり得ます。
能力や時間ではない第3の要素がパフォーマンス(業務遂行能力)
しかし、能力と時間だけでは説明できないこともあります。例えばAさんとBさんでは能力はAさんのほうが高いのに、困難なプロジェクトを任せるとAさんは途中で挫折することがあります。しかしBさんはいつもなんとかしてやり遂げるといったケースです。付加価値を生むということにおいては、能力や時間だけでない第3の要素が必要であり、それがパフォーマンス(業務遂行能力)です。
この3つは掛け算ですので、どれか1つがゼロならば何も付加価値を生みだしません。まったく能力が及ばない仕事を無理に任せても何も生まれません。時間がゼロならいうまでもないでしょう。そしてパフォーマンスがゼロでも何も生まれません。
また、パフォーマンスはメンタルに大きく左右されることが分かっています。わが子がなんらかの災難に巻き込まれて安否が分からなくなったら、普通の人は仕事どころではなくなります。何件も連続して失注し、自信を失っているセールスパーソンに難しい案件の受注は期待できません。残業続きでうつ病の一歩手前になっている人は、そのままではほとんど戦力にならないので、すぐに休ませて、治療に専念させるべきです。このようにストレス等が原因でパフォーマンスが落ちている人は、生産性も極端に落ちることになります。
パフォーマンスを基準に<人材>を3つに分類
パフォーマンスを基準に人材を分類すると、ハイパフォーマー・アベレージパフォーマー・ローパフォーマーの3種類に分類できます。生産性が高い人は「ハイ」、普通の人は「アベレージ」、低い人が「ロー」といった具合です。
「能力」が高く、メンタル面も良好で「パフォーマンス」が高い状態に維持されていれば、その人はハイパフォーマーです。
一方、単純に「能力」が低い場合や、「能力」は申し分ないのになんらかの事情でそれを十分に発揮できない(パフォーマンスが低い)場合は、その人の生産性は低くなるためローパフォーマーに区分されます。
海外企業の「人事部」にあって、日本企業にはないもの
日本の人事には公平・平等な評価・処遇を与えようという目的意識はありましたが、人事によって生産性を高めようという考え方はありませんでした。そこが実は諸外国、特にほかの先進諸国と違うところです。
人事部の英訳を調べると、“Human Resources Department”という訳が出てきます。略すとHRです。このHRという言葉は、日本でもこの20年ぐらいでかなり普及したため、人事部をHRと表記したり呼称したりすることに違和感がない人は多いと思います。
しかし人事とHRは本来違うものです。「人事」は労務管理というべきもので、このなかには採用、勤怠管理、給与計算、昇進・昇格、福利厚生などが含まれます。一方「HR」は人材育成というべきものです。こちらには、研修やキャリアプラン、あるいはコーチングなどが含まれます。もちろん日本の人事部にもHRの機能はありますし、海外のHRにも人事の機能はあります。しかし日本の場合、重点は「人事」におかれてきました。したがって公平・平等を旨とする考え方が強く、人材を育成することで企業の生産性を高めるという考え方が弱かったといえます。
それが海外では、HRすなわち人材育成がメインであり、いかにして就労者の生産性を高めるかということに心を砕いてきました。この差が、何十年にもわたる日本の生産性低迷の大きな原因になっています。
ハイパフォーマーへの処遇が日本の生産性アップのポイント
例えば海外では、ハイパフォーマーには高給と地位が与えられることが一般的です。大学院を出たてのハイパフォーマーが、日本円にすると何千万円もの高給で迎えられることは珍しくありません。日本ではどんなに優秀でも新卒で数千万円という給料を出す会社はなかなかありません。それどころか、修士や博士卒が生涯賃金では不利という傾向さえありました。
海外でハイパフォーマーに対して好待遇を与えるのは、ハイパフォーマーに十分力を発揮してもらうことが生産性向上につながることを理解しているからです。パフォーマンスが常人の10倍の人がそのとおりのパフォーマンスを発揮してくれれば、その人一人で10人分の付加価値を生みだすわけです。
そのような人が何人もいれば、企業の生産性は自然と高まります。しかし日本式の公平・平等な人事制度では、ほかの人と同等ということはなくても、せいぜい1.5倍〜2倍程度しかパフォーマンスを発揮してもらえなくなります。同じ10倍のパフォーマンスの人が、海外では10倍の付加価値を生むのに、日本ではせいぜい2倍しか生んでくれません。当然ながら、海外との生産性格差は広がる一方です。
まずはハイパフォーマーに対して、それにふさわしい処遇をします。それだけで、日本の生産性はかなり高くなるはずです。
梅本 哲 株式会社医療産業研究所 代表取締役

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