「早くSuchmosに会いたい」という観客の期待と興奮が、隅から隅まで充満する横浜アリーナ。その気持ちを焦らすかのように、開演時刻の18時をやや過ぎたころ、客電が落ちて暗闇となったステージに、わずかな灯りがともる。割れんばかりの拍手と歓声が場内に広がる中、幻想的なSFに誘われて定位置についた6人のシルエットだけが、ステージ上にぼんやりと浮かんだ。
TAIHEIの美しいピアノの音色と、OKのタイトなドラムの響きに続き、暗闇の中でYONCEが歌い始める。幕開けとなった1曲目は、2015年リリースのファーストアルバム『THE BAY』に収録されたデビュー当時からの代表曲であり、ライブでは欠かさず披露されている“Pacific”。ファンにとっては、久しぶりに生で聴くYONCEの歌声が、静まり返った空間を全方位に泳いで、ひとりひとりのもとへと向かってくる。まだ、顔は見えない。それゆえ音と歌声のみに意識が集中する。
始まりの余韻に浸る中、2曲目は7月2日に発売されるEP『Sunburst』からの新曲“Eye to Eye”。ここで会場内はライトON。スクリーンにYONCE、TAIKING(Guitar)、山本連(Bass)、TAIHEI(Keyboards)、Kaiki Ohara(DJ)、OK(Drums)が映し出されると、文字通りの大歓声だ。YONCEは復活後のアー写で着ていた、赤のもこもこジャケットとジーパン姿。サビではそのYONCEがマイクスタンドの前でクールに手を叩き、オ―ディエンスのクラップを誘導していく。
勢いのままに、ベースのメロディアスなリフと、Suchmosというバンドのカウンター性をよく表す「アマチュアもプロも変わんないね」という歌詞が印象的な“DUMBO”を投下。一気に演奏のギアを上げ、始まりから3曲で、すぐさま横浜アリーナをSuchmosの空気に染め上げた。
そしてBLUEとYELLOWのライトが天井に伸びる中、OKのタイトなドラムとKaiki Oharaの鋭いスクラッチが響くと、自然と鼓動が高鳴る。観客の「来た!」という反応が手に取るようにわかる空気の中、Suchmosの存在を世に知らしめたヒットソング“STAY TUNE”へ。YONCEはまるで家の近所を散歩するかのように、右から左、左から右へとふらりふらり歩きながら、余裕の表情で歌い上げる。ここでおそらく、ライブが始まってから初めて、YONCEが笑顔を浮かべた。
ややBPM早めの“STAY TUNE”から“808”へ。かつてHonda「VEZEL」のCMソングに起用された2曲を見事なアレンジで繋ぐと、ここでもKaiki Oharaのスクラッチが火を吹く。さらにYONCEが「Ladies and Gentlemen! 紹介します。オンベース、山本連!」とシャウトすると、オーディエンスから拍手の嵐。この話はもう少しあとに。感傷に浸るのはまだ早すぎる。ただし、山本連が終始見せたクオリティの高い演奏が、この日のトピックのひとつであることは間違いない。
怒涛の5曲を終え、ここでMCタイム。YONCEが会場を見渡し、静かに語り始める。
「久しぶり。Suchmosです。ああ……帰ってきたと言うべきか、また新しく始まったと言うべきか。今日この場所に来てくれて、本当にありがとう。楽しむからご自由にどうぞ」
そこから、Suchmosが2017年に設立した自主レーベル〈F.C.L.S.〉の名前の元であり、その第1弾作品『FIRST CHOICE LAST STANCE』が歌詞に出てくる“PINKVIBES”へ。“揺れてたいhomie”たちの気持ちを汲むグルーヴィーなサウンドに、YONCEも身を委ねて体を揺らす。
山本連の重厚なベース音とYONCEのメッセージ性の強い英詞で、ヘヴィな世界観を表現する“Burn”で迫力のバンドサウンドを見せつけたと思いきや、一転してサビで会場が一体となるコール&レスポンスが起こった“Alright”を爽やかに贈る。そして再びのMCでYONCEは、2020年にコロナ禍でアジアツアーが1月の台湾のみで中止となり、その年の夏にすべて新曲で配信ライブをやったことを振り返る。同時にそこからの月日でメンバーが歳を重ねたことを自虐的にからかい、笑いと拍手が起こった。
Sadness is not gone in my head but
笑おう ただの1日を
「今日は夏至ですよね。陽が一番長い日ですよ。普段いないやつもいるんじゃない? そんな気がする」と言って始まったのは、仲間への思いを綴る夏のダウンビートアンセム“MINT”。「何も無くても 笑えていればいい 何も無くても 歩けさえすればいい」──ベース音が唸る。危ない。そのメロウでスモーキーなサウンドに、また過去に感情を引っ張られそうになる。その瞬間、YONCEの「帰ってきたよ横浜!」のアドリブシャウトで、現在(いま)に気持ちを戻してもらった。
その現在に戻った気持ちが繋がる形で、7月2日(水)リリースの新作EP『Sunburst』からの先行配信楽曲“Whole of Flower”がスタート。浮遊感と切なさのあるTAIHEIのコード進行に寄り添う、OKの正確なダウンビートとKaiki Oharaの印象的なスクラッチ。そして影の主役とも言える山本連のベースが曲の輪郭を描き、TAIKINGの余韻を残すようなバッキングが装飾を加える。
そのサウンドに、ウィスパー・ボイスも駆使して「Sadness is not gone in my head but 笑おう ただの1日を」と語りかけるYONCEの言葉が融合。さまざまな経験や感情や葛藤を乗り越え、2025年の横浜アリーナに辿り着いた、最新のSuchmosを象徴するような1曲だった。
続く“Marry”もEP『Sunburst』の収録曲で、スクリーンに映るモノクロ映像をバックに、「結婚しよう 一緒に暮らそう」という直球の歌詞。OKやTAIKINGのコーラスも含め、これまでのSuchmosとはまた異なる意外性を感じた同曲は、活動休止期間が生んだ産物かもしれない。
温かで落ち着いたライトがステージを照らす中、TAIKINGのギターがドープな唸りを上げ、YONCEが燃え尽きそうな夜明けのブルースを歌う“OVERSTAND”を終えると、気持ちを落ち着かせたYONCEが、「音楽をやらせてくれてありがとうございます」と心からの言葉を届ける。
と思えば人が変わったかのように、「ラストスパート!僕らは×××××」の号令で一気にボルテージを上げて始まったのは、新作EPにも未収録の新曲“To You”。「言いたいこと言いにきたよ!」の言葉通り、悪ガキのノリ全開の狂った表情で声を張り上げるYONCE。「生きているかい!」なんて、まるで忌野清志郎だ。TAIKINGのギターソロも、この日一番レベルで荒ぶっている。追い打ちをかける“Latin”もパッケージ化されていないラテンナンバーの新曲で、演奏隊のスキルを見せつけた。YONCEはその間ずっと「思いつくままに」踊り続け、歌い続け、動き続けている。
照れ臭さを隠すように、暗転した中でメンバーひとりひとりが素直な感情を言葉にしたあと、余裕を感じさせるフリースタイルセッションを挟み、“GAGA”へと進む流れも実にスムーズだった。「甘い円盤を探して 並ぶためにパンケーキ食べて」などのフレーズで、流行に右往左往して自分らしさを失う都市生活者を風刺するこの曲は、2015年の発表から10年経った今の方が、当事者に突き刺さるのかもしれない。曲の後半で起きた高速クラップは、曲への賛同の現れだろう。
2018年のサッカーW杯ロシア大会で、NHKテーマ曲となった“VOLT-AGE”でライブの熱量をキープすると、ラストはこちらも懐かしさ全開の『THE BAY』収録曲“YMM”。Suchmosのメンバーがよく深夜に遊びに行っていたという“横浜みなとみらい”の略である“YMM”を、メンバーそれぞれのソロプレイを挟みつつ、本編最後に軽やかにお届けするあたりが実にSuchmosらしい。「もう終わりか」と思ったそのときの感情は、Suchmosへの最大の賛辞と受け取ってほしい。
失ったものは帰ってこない、絶対に
だから、ずっと覚えていたいし、ずっと想っていたい
3分は続いただろうか。オーディエンスのアンコールの大歓声に誘われて戻ってきたメンバー6人は、それぞれが衣装を変え、この日を心から待ち望んでいたファンの前に再び登場した。
「こんなに大事な人たちを待たせて、見る機会がないままに、何年もの歳月が経っていたという事実を1曲目から痛感して、あっというまに終わっちゃいました。明日もあるけどね」
その言葉に続いてYONCEが、新作EPの情報に加えて、ファン歓喜のビックサプライズを用意していた。10月から、国内と海外の13都市を巡るアジアツアー<Suchmos Asia Tour Sunburst 2025>の開催を発表。今回のワンマンに来られなかったファンを安堵させたことだろう。
そしてここで唐突にYONCEが、「あの……隼人ってやついたじゃん」と語り始める。
「HSU、あいつ死んだじゃん。本当にさ、本当にいろんな気持ちで来てると思う。俺たちも共通の何かを持ってるわけじゃないかもしれない。言葉にするのはとても難しい。俺たちにとって、とても近くにいたやつがいなくなりました。こういう場所では目を瞑ってしまいがちだけど、人を殺したり殺されたりってことが実際に世の中では起こっていて、アーティストがこういうことに口を挟むと……冷める、人もいると思うけど、命は大事。失ったものは帰ってこない、絶対に。だから、ずっと覚えていたいし、ずっと想っていたいなと思います。一瞬、目を瞑って深呼吸しません?」
この純粋さこそ、YONCEがYONCE たる所以。そしてSuchmosとしても、同業者が見たら嫉妬するほど洗練された音楽を常に生み出すバンドでありながら、一歩離れて彼らを見れば、神奈川で生まれ育った音楽と友達を愛する、どこにでもいそうな兄(あん)ちゃんたちだ。
「こういうのやだって人もいるよね。クソバカな友達に贈ります」というYONCEの言葉で始まったアンコール1曲目は、こちらもEPには未収録の新曲“Stand By Mirror”。YONCEが声をかすれさせながらも泥臭い想いを言葉にする、ノスタルジックなロックンロールナンバーを聞き逃すまいと、オーディエンスはステージをじっと見つめ、その一言一句一音に耳を傾けていた。
メンバー全員の名前を呼び、「ボーカルおれ」とYONCEが告げたのち、ラストナンバーは“Life Easy”。2015年リリースの1st E.P.『Essence』の収録曲であるとともに、活動休止前の最後となった〈“Suchmos THE LIVE” YOKOHAMA STADIUM〉でも大トリを務めた曲だ。
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