長距離トラックドライバーは、日本の物流を支える要です。かつては長時間労働や深夜勤務と引き換えに高収入が期待できる職種として知られていました。しかし、近年、「2024年問題」に代表される働き方改革の波は、ドライバーの労働環境と収入に大きな変化をもたらしました。さらにその影響は、老後の生活にも忍び寄っていて……。本記事では、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が棚橋さん(仮名)の事例とともに、法改正がもたらす収入減の実態に迫ります。

激務の果て…収入減と体調不良に苦しむ元長距離ドライバー

全国を走り続けた長距離トラックドライバーの棚橋遼平さん(仮名/66歳)は、現在、月16万円の年金で生活を送っています。20代から大型トラックのハンドルを握り、時には1日20時間近くも運転する日々。月に100万円を超える収入を得ることもあり、「体はきついが、とにかく稼げる仕事」と、がむしゃらに働き続けてきました。しかし、その代償は小さくありませんでした。

多忙な生活は、家庭との間にすれ違いを生じさせました。家に帰るのは週に一度程度。配送先のサービスエリアで寝泊まりする生活が常態化し、子どもが独立した55歳のときに妻と離婚。それからは独り身で、さらに仕事に没頭する毎日でした。

しかし、社会の変化は棚橋さんの働き方を直撃します。年々厳しくなる労働時間の制限や休憩時間の取得に関する法規制により、トラックドライバーの収入を支えていた時間外手当や深夜手当は減少の一途を辿りました。

特に、2024年の「働き方改革」でドライバーの労働時間が大幅に制限されると、棚橋さんのような「時間で稼ぐ」スタイルのドライバーたちは大きな打撃を受けます。拘束時間が減った分、収入も大幅にダウン。さらに問題だったのは、実態として労働しているにもかかわらず、「待機時間」が「休憩時間」とみなされ、賃金が支払われない「隠れ休憩」の横行でした。これにより、棚橋さんの手取りは月額30万円にまで減少。長年の激務で培ってきた収入源が、根底から揺らぎはじめました。

もう一点、棚橋さんを苦しめたのが食生活です。長年の外食中心の生活は、食費をかさませるだけでなく、加齢も相まって内臓脂肪の増加を招きました。長年の外食中心の生活は物価高騰の影響を大きく受けて食費が増える一方。さらに、離婚時の財産分与の影響もあり、老後を目前にして貯蓄はほぼゼロに近い状態でした。

そして、追い打ちをかけるように、長年の肉体労働で抱えていた腰と膝の慢性的な痛みが悪化。荷物の積み下ろし作業中にぎっくり腰を発症し、慢性化して仕事に戻ることが困難になりました。傷病手当金の支給も終わり、頼れるのは月16万円の年金だけ。再就職先を探しても「腰が悪い」と伝えると運送業では断られることが多く、先のみえない生活に不安だけが募っていきました。

不安を抱えながらのタクシーアルバイト

現在、棚橋さんはタクシードライバーアルバイトをしながら生計を立てていますが、腰に負担をかけないように働くため、手取りは月10万円程度に留まっています。これまでほとんど自炊経験がなく、スーパーの惣菜に頼る生活で食費は削れていません。健康診断でも指摘を受け、「ただただ苦しいです」と漏らす棚橋さん。「いまは生活が成り立っているからまだよいものの、いつまでこの生活が続けられるか」と、不安を抱えながら日々を過ごしています。

長年日本の物流を支えてきたドライバーたちの厳しい現実が、棚橋さんの言葉から浮かび上がります。

トラックドライバーの2024年問題

長距離トラックドライバーは、長時間労働に深夜の運転も加わり、以前は高収入が期待できる職種でした。しかし、その収入の大半は、時間外労働による手当や深夜手当に依存し、場合によって基本給自体は数万円程度と低く設定されていることも。2024年の時間外労働時間に年間960時間という上限が設けられ、基本給が低く時間外手当で稼いでいたトラックドライバーのなかには大きく収入が減少してしまった人も少なくありません。

なかには、本来であれば労働時間とみなされるべき時間を休憩時間として計算する会社も存在し、実際の労働時間、拘束時間はほとんど変わっていないというケースもあるようです。それに加え、収入が高かった時代を経験するとついつい支出の管理が甘くなりがちです。浪費してしまうことも多く、ただでさえ外食費が掛かりやすい業種でもありますので、収入の減少は大きな痛手となります。

また、炎天下や極寒のなかでの力仕事が必要だったり、力仕事のあとに休む間もなく長時間の運転で腰・膝・手首への負担が大きかったりと、年齢を重ねると過酷になってきます。こうした過酷な労働の代償として、体を壊してからの選択肢が一気に狭まることは少なくありません。

トラックドライバーという仕事は、人手不足もあり、未経験でも比較的始めやすく、大型免許さえあれば引く手あまた。昨今さらに深刻化する人手不足のため、高齢になっても続ける人が多いものです。しかし、それはあくまで「体が動くうち」の話でしょう。

ずっと続けられる仕事ではないことを認識し、早期にリタイアすることになっても問題ないよう、稼げる現役のころからの支出の管理は必須です。計画的な資産形成が求められます。

そんな方たちの資産管理の手段の一つとして、65歳から受け取ることができる公的年金の繰下げが挙げられます。1ヵ月繰り下げるごとに0.7%ずつ増額され、最大で75歳まで繰り下げれば84%増の年金を生涯受け取ることが可能です。高齢でも収入を得られる仕事に就けるうちは繰下げを検討し、将来リタイアするときに「年金額の底上げ」を狙うのも一つの選択肢です。

高齢になってから続けることができる仕事でしたら、「軽貨物運送」や「近距離配送」など、負担の少ない個人事業主としての働き方もあります。身体を壊す前に負担が大きな仕事を引退し、小さく収入を得ながら働くペースや案件を自分でコントロールすることができるでしょう。

自分の支出に合わせた働き方、資産形成計画、年金の受給の計画を立て、支出の管理を行っていくことが重要です。

自ら望んで働きたい人のための法律

総務省の2023年データによると、65歳以上の高齢者の就業者数は約900万人を超え、就業率は25.2%に達しています。4人に1人以上の高齢者が就労しており、年金だけでは暮らせずに働いているという人も多いです。

長距離トラックドライバーは、高収入を得られる反面、労働環境の過酷さと体力への依存度が非常に高い職業で、若いうちは「稼げる」と感じても、体が悲鳴をあげたときには、生活が立ち行かなくなるリスクもあります。

現役中に少しずつ“守りの資産形成”をしておくこと、そして「働けなくなったあとの人生」を見据えた生活設計が、今後ますます重要になってきます。

また、働かせすぎによる事故の発生や健康を守るための法整備は重要ではありますが、実態として「もうこの仕事にうま味はない」と、離職を考えるドライバーの声も多く聞いています。

すべての業種においていえることではありますが、収入のために自ら望んで長時間労働を買って出る人も少なくはなく、特に新人のころは寝食を忘れて仕事に没頭することで仕事の習熟度が格段に向上するものです。会社側の都合で長時間労働を強いることは問題ですが、稼ぎたい人、自ら望んで働きたい人の機会を奪うような法律については見直す必要があるのではないでしょうか。

小川 洋平

FP相談ねっと

ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)