
土用の丑(うし)の日を控えて「うなぎ商戦」が盛り上がっている。
独自開発した調理機器の導入などでリーズナブルな「うな重」を提供し、創業から2年10カ月で国内390店舗以上に拡大した「鰻の成瀬」は、この7月も出店ラッシュが続いている。高知県初出店となる店舗を含め、4店舗が新たにオープンする予定だ。
コンビニ各社も趣向を凝らした「うな重」を発売する。例えばファミリーマートでは土用の丑の日に合わせて、人気和食店「賛否両論」監修のタレが付いた「鹿児島県産 うなぎ蒲焼重」(上が2850円、特上が4100円)などの予約を受け付けている。
「うなぎを食べたいけど、高いんだよな」という人たちの注目を集めているのは、7月15日に発売される日清食品の「謎うなぎ丼」である。これはカップ麺に入っている「謎肉」と同様に、大豆を使ったプラントベース食品で、“うなぎのかば焼き”の味を再現したものだ。2024年には関東甲信越など一部地域で販売され、大きな話題となったことから、2025年には全国で発売するという。
気軽に「うなぎ味」だけでも楽しみたい人に向け、2025年3月にはマルハニチロが「うなぎソーセージ」(参考小売価格378円)を発売した。魚肉ソーセージに鹿児島産のうなぎを配合して、手軽にかば焼の味を楽しめるというものだ。
●活況とは裏腹に、関係者からは悲観論も
このような形で盛り上がっている「うなぎ商戦」を後押しするニュースも飛び込んでいる。うなぎの稚魚「シラスウナギ」が記録的な豊漁で、例年の15分の1程度の価格で取引されている地域もあるというのだ。今すぐうなぎが安くなるということはないが、秋からは値下がりするのではという見方もある。
ただ、意外なことに“うなぎビジネス”にかかわる人々はあまり浮かれていない。それどころか、「コメの次に高騰するのはうなぎかもしれない」「うなぎでこんなに稼げるのも今年で最後かも」という悲観論まで出ているのだ。
6月27日、欧州連合(EU)がドミニカ共和国など3カ国と共同で、ニホンウナギを含む世界のうなぎ全種をワシントン条約の対象に加えるよう提案したからだ。
ご存じの方も多いだろうが、ワシントン条約とは、絶滅の恐れのある野生動植物を保護するために国際取引を規制するものだ。2025年は豊漁のシラスウナギだが、不漁のときはかなりの高値で取引されることから「白いダイヤ」などと呼ばれている。もしワシントン条約でその取引が規制されれば、価値がさらに高まる可能性もある。
実際、2014年に国際自然保護連合(IUCN)がニホンウナギを「絶滅危惧種」に指定した際にもシラスウナギの取引価格は1キロ300万円に高騰。2017年には1キロ427万円と、当時の金1キロ価格を超えたと話題になった。
つまり、コメの価格がひどいときは「昨年から2倍」ほど高騰したが、それと同じことが今度はうなぎで起きるかもしれないのだ。
●うなぎが絶滅の危機に!?
今、うなぎ専門店で国産うなぎのうな重を食べようと思ったら、少なくとも3000~4000円はかかるが、ワシントン条約で規制されれば、価格が5000円、6000円に上がる可能性もある。
実はこういうリスクが発生することは、うなぎ業界ではかねて言われていた。手前味噌(みそ)で恐縮だが、筆者も約1年前に公開した記事「なぜ『うなぎビジネス』が盛況なのか “うなぎのぼり”が続きそうな3つの理由と大きな不安」(ITmedia ビジネスオンライン 2024年7月10日)の中で以下のように“予測”していた。
これからうなぎの不漁が続き、さらに密漁も深刻になっていけば、日本だけではなく国際社会でも「うなぎ保護」の機運が盛り上がる可能性がある。
なぜ筆者がこう考えていたのかというと、記事の中にもある「密漁」をはじめとする違法取引がかなり深刻な事態となっているからだ。
「WWFによると、カナダでは2022年、許可された採捕量約10トンに対して約43トンのアメリカウナギの稚魚が香港に輸出されていた。政府が漁を許可しなかった24年も約42トンが輸出された記録もあるという。ハイチでは22年に稚魚100トンが香港に輸出されたとされるが、実態把握は難しいという」
シラスウナギが全て「香港」に集められていることから、もうお分かりだろう。そう、中国が世界中で「白いダイヤ」をかき集めているのだ。
●「うなぎ輸出」に力を入れる中国
日本の国産うなぎは「ニホンウナギ」で、これはマリアナ諸島付近の海域で生まれた稚魚を日本で養殖したものだ。一方、中国産うなぎは、先ほど紹介したようにアメリカウナギの稚魚を世界中からかき集めてきて中国国内で養殖している。かつてはヨーロッパウナギの稚魚も同じように集められていたが、中国があまりにも買い占めてしまうので、EUは2010年から自主的に輸出を禁止した。そういう経緯もあって、EUとしては「そろそろ我慢の限界だ」というのが本音かもしれない。
愛国心あふれる方たちから、「また中国か! こういう国は国際社会で一丸となってガツンとやるべきだ」という怒りのシュプレヒコールが聞こえてきそうだが、そうした中国批判は、結局のところ日本にも跳ね返ってくる「ブーメラン」となり得るのだ。
実は日本人が食べているうなぎの7割は中国産だ。2024年のうなぎ供給量は約6万941トンで、そのうち輸入量が4万4730トン、国内生産量は1万6211トンにとどまっている。
確かに今、世界的な和食人気で、鰻の成瀬も香港や韓国などの海外進出に乗り出している。しかし、そうなっても最大の消費市場は日本だ。そこで中国が対日ビジネスとして「うなぎ輸出」に力を入れている。では、その「原料」であるシラスウナギはどこのものかというと、先ほど紹介したようにカナダやハイチなどでかき集めたものなのだ。
つまり今、われわれ日本人が牛丼チェーンやスーパー、コンビニで1000円くらいで「うな丼」や「うな重」を食べられているのは、中国が世界中でなりふり構わず「白いダイヤ」をかき集めてくれているからだ。
●「指示役」となっているのは……
日本人にはなかなか受け入れ難い現実だが、われわれが愛してやまない「安くてうまい」というのは、中国が世界中で「仕事」をやってくれているおかげで成り立っているのだ。
ネットでは「中国と国交断絶せよ」「メイド・イン・チャイナは不買だ」と勇ましいことを言う人も多いが、本気でそれをやったら、食品だけでもさまざまなものが品不足に陥り、物価も高騰するだろう。
実際、東京税関の資料によれば、2023年に日本に持ち込まれた「生きたうなぎ」(8720トン)のうち89.4%が中国産。「うなぎ製品」(1万8018トン)のうち99.6%が中国産である。
さて、このような「うなぎの中国依存」という深刻な問題がある中で、もし本当にワシントン条約でうなぎの取引が規制されたら、わずか1万6000トンしかない国内生産能力では、今の価格を維持することが困難なのは言うまでもない。
2026年の土用丑(うし)の日は、本物のうなぎは「高級品」で一部の裕福な人しか食べられず、多くの一般消費者は日清の「謎うなぎ丼」やマルハニチロの「うなぎソーセージ」で、気分だけでも楽しもうとしているのかもしれない。
一方で供給不足に直面しているときこそ、大きなビジネスチャンスでもある。各社、うなぎビジネスを根幹から覆す技術開発に力を入れている。
それは「完全養殖」だ。
●常識を覆す「うなぎ完全養殖」の研究開発
シラスウナギの卵から成魚まで育てる「完全養殖」は技術的には可能だが、コスト面などで実用化は難しいとされてきた。しかし、この数年で「実用化まであと一歩」というところまできている。
代表的な企業の一つが新日本科学だ。
同社は1957年、日本初の医薬品開発業務受託機関(CRO)として鹿児島に誕生し、2014年にニホンウナギの人工種苗生産の研究開発を始め、2017年に生産に成功。2019年には鹿児島県の沖永良部島にうなぎの研究施設を建設している。
そんな注目企業が今春、ニッスイと共同開発をすると発表した。実はニッスイも2001年にニホンウナギの人工種苗生産の研究開発に着手、2007年にシラスウナギの人工種苗の生産に成功したものの、2009年に研究開発を中断。その後はブリなどの養殖技術の開発に取り組んでいる。
つまり、一度は「無念の挫折」をしたニッスイが、うなぎ完全養殖研究のリーディングカンパニーとガッチリと手を組んだ形なのだ。
もちろん、この他にもさまざまなプレーヤーが「完全養殖」に乗り出している。有名なところでは「すき家」を展開し、リーズナブルな「うな丼」も提供しているゼンショーホールディングスだ。
こちらも2019年に「一般財団法人 鰻の食文化と鰻資源を守る会(通称 うなぎ財団)」を設立し、多くの研究者と「うなぎの完全養殖」を目指して、研究プラットフォームの設置などに尽力している。
●「完全養殖」の商業化を
国も動いている。世界で初めてうなぎの完全養殖に成功した水産庁は2024年時点で、年間4万~5万匹のシラスウナギを人工的に生産できる技術を確立したという。2050年までに、養鰻業者に供給する全てのシラスウナギを人工生産に切り替えることを目指している。
和食人気の高まりもあり、「UNAGI」は中国だけでなく、欧米でも人気を集めている。つまり、ニホンウナギが新たにワシントン条約の規制対象に加えられたら、中国だけではなく世界中で「白いダイヤ」の争奪戦が激化する恐れがあるのだ。
マグロが国際的な資源管理の対象となったように、こうした国際的な競争で、日本は価格で買い負けることが少なくない。つまり、日本人が安くておいしいうなぎを食べ続けるには、「完全養殖の実用化」を1日も早く確立するしか道はないのだ。
そうなれば、中国も日本の消費者のために世界で「白いダイヤ」をかき集める必要がなくなる。地球の生態系も守られるし、みんなハッピーだ。
「白いダイヤ」の争奪戦から開発競争へ。世界的にも評価の高い日本の養殖技術が未来を切り拓いてくれることを期待したい。
(窪田順生)

コメント