
宇宙飛行士の野口聡一さんは古巣のJAXAを57歳で定年前に退職。現在は民間企業の代表やアドバイザーを務めるなど、あらゆる分野で活躍しています。海外、宇宙で活動した野口さんが考える「働き方」や「労働」について、野口さんの著書『宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職』(主婦の友社)から一部抜粋・再編集し紹介します。
働き方改革。野口さんの提唱する「DE&I(ディーイーアイ)」とは
私は今、いろいろな会社のアドバイザーをする中で、働き方改革の一環として「DE&I(ディーイーアイ)」を提唱しています。
Diversity(多様性)とは、性別、人種、民族、性的指向、年齢、障がいの有無、宗教などあらゆる違いのことを言います。互いの多様性を尊重し、多様なバックグラウンドを持つ人々が集まれば、新しい視点やアイデアが生まれて革新的な解決策が見つかり、より広い市場へ適応できるようになると考えられています。
Equity(公平性)とは、すべての人に同じものを提供する「平等性」とは異なります。公平性とは、各個人の状況に応じて適切な支援を行い、個々のスキルが十分発揮できるよう環境を整備することを指します。障がいを持った方、育児中の方、マイノリティーを組織に生かす重要な考え方です。
Inclusion(包摂)とは、多様な人たちが自分らしくいられる環境を作り、互いの違いを尊重し、価値を認め合うことです。すべての人が包摂される組織では、誰もが意見を遠慮なく言うことができ、組織に貢献できていると実感でき、積極的に参加しようとしますから、働く意欲も湧いてくるでしょう。
DE&Iによる変化
DE&Iによる職場環境の変化が起きてくれば、あえて転職をしたり、ことさら外部から人材を採用したりしなくても、社員たちの間に多様性が生まれ、イノベーションが生まれてくる可能性があります。
採用時や昇進時に公平性が担保されれば、スキルアップにも弾みがつき、自己評価も高まるでしょう。包摂によって、社員は組織に価値を認められていると感じてモチベーションが高まり、エンゲージメントが向上するはずです。
これは何も、理想を唱えているわけではありません。DE&Iを実現した企業が確実に業績アップを達成している事実があるんです。
ですから、DE&Iを組織の文化として根付かせるため、今、経営陣が積極的にその重要性を語り、具体的な方針や行動計画を示すことが求められています。また、全社員に向けたガイドラインや手引き、専任のDE&I担当者を配置する動きも起きています。
長く働くことが日本人の美徳
働き方改革が一筋縄ではいかないのは、労働に対する日本人の価値観と切っても切り離せない事情があるからだと思っています。
日本はいわゆる農耕文化ですので、1カ所で毎年同じように繰り返し労働することが好まれ、いわば美徳でもある。会社勤めの場合も、定年まで、あるいは定年後も同じ場所でずっと反復して勤め上げることが尊敬の対象になります。
日本人の労働観は労働神事説に基づいているといわれます。労働によって神に仕えるという意味。これは、稲作に由来していて、神の委託を受けて稲を作り、収穫物を奉納するという古代から続く考え方です。
労働は神事なのですから、労働は善。逆に、休暇は罪とみなされる。
ほら、当たり前の休暇期間なのに、その後に会社に出てきたとき、「休んでいて、すみません」なんてあいさつすること、あるじゃないですか。これって、日本人の勤勉さの表れであり、日本人特有の同調圧力の産物でもある。
全員がずっと、いつまでも、同じ場所で働くことを善とする考えが定着してしまっているせいだと思います。
実は、労働神事説が信じられている日本では、ジョブ型雇用になっている分野でも、同じところで働くことを美徳とする風潮があります。
プロ野球選手の場合、褒められるのはたいてい、1球団で現役引退まで活躍した人。同じ球団一筋20年なんて素晴らしいですね、みたいな。
一方で、FA宣言した選手は金儲けをしているとか、いろんな球団を渡り歩いている選手は信用できないとか、何かと良くないように言われてしまう。プロ野球選手こそ、一般の人にはない技能を球団という企業に提供するため毎年契約更改していますから、ジョブ型雇用の典型のはずですが、同じところで働かないと褒める対象にならない。不思議な話です。
欧米の場合、狩猟文化といわれるわけですが、これは常に場所を変え、標的を変え、パートナーすら場所によって変えることに躊躇がない。
欧米の労働観は伝統的な宗教観にも影響されています。突き詰めて言うと「労働は罪」なんですね。
欧州では到底理解されない「皆勤賞」という概念
人間は原罪を持って生まれ、労働という苦しみを味わい、週末の休暇になると苦役から解放される。だから、バケーションはみんなで跳びはねて喜ぶわけです。 日々の労働という苦しみを受け入れている対価として、休みは当然だ、と。だから、夏は1カ月休みます、って当たり前なんです。
一方の日本では、小学校に「皆勤賞」なんてあった時代もある。これって、多分、ヨーロッパあたりから、「おかしくない?」と思われちゃう。最低限の単位を取ればいいのであって、なんで毎日学校に行っちゃってるわけ、と不思議がられてしまう。
<国別>セカンドキャリアの年齢
日本と欧米の違いのもう一つは、「そろそろ潮時かな」と感じる年齢の違いにあります。
日本ではセカンドキャリアというと定年後、つまり60歳以降の再雇用を指すことが多いので、その直前にあたる55歳ごろに慌てて将来の身の振り方を考え始める。
それに対してアメリカ人なんかは、40歳が人生の折り返し点と考える傾向がある。Over the Hill と言って40歳以降は下り坂、つまり若いころとは違うキャリア設計が必要 と考えるきっかけ作りができる。
ロシア人に至っては、早婚傾向ということもあり20代前半で結婚、30代後半には子育てを終え、40代後半は孫がいる人が珍しくないです。セカンドキャリアを考えるタイミングはもっと早いと思います。
私は宇宙飛行士のとき、アメリカ人とロシア人のキャリアパスを見ていました。ですから、比較的早い時期から「下り坂」に入る準備はできていたのかもしれません。
野口 聡一
宇宙飛行士

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