
ポールトゥウィンホールディングスは6月24日、連結子会社であるアクアプラスのグループ外への譲渡の方針を、同日開催の取締役会で決議したと発表した。
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ノベル/アドベンチャーの分野の老舗メーカーとして知られるアクアプラス。今回の譲渡によって、同社の活動にはどのような影響があるだろうか。本稿では、アクアプラスのこれまでを踏まえ、今後起こりうる展開、譲渡先の候補などを予測する。
■HIKEのMBOにともない、アクアプラスが新たな譲渡先を探すことに
アクアプラスは、「うたわれるもの」シリーズなどの開発/発売で知られる日本のゲーム企業だ。1994年、ゲームと音楽の制作を行う有限会社ユーオフィスとして設立。一度の社名変更を経て、1997年に株式会社アクアプラスとして活動をスタートさせた。同年には、傘下のブランドであるLeafからリリースとなったビジュアルノベル『ToHeart』がヒット。以降、特にノベル/アドベンチャーとそこから派生した複合ジャンルにおいて、さまざまな人気作品を世に送り出している。
代表作は、紹介した「うたわれるもの」や「ToHeart」「WHITE ALBUM」「ダンジョントラベラーズ」といったシリーズなど。『ToHeart』をめぐっては2024年7月、リメイクの制作が発表されたことも話題を呼んだ。同リメイク版は、譲渡の方針が明かされた日から2日後の2025年6月26日に発売を迎えている。
一方のポールトゥウィンホールディングスは、ゲームタイトルのデバッグ/チューニングなどを行うポールトゥウィンと、ゲームをはじめとしたさまざまな分野でのコンテンツ事業を展開するHIKEを傘下に持つ日本の持株会社である。2022年12月、株式会社CREST(HIKEの前身)がアクアプラスの全株式を取得したことで、同社の親会社となった。
CRESTは当時、この買収について、「企画開発力に長け、豊富なIPを保有するアクアプラスをグループに加えることで、ゲーム事業の拡大及びIPの360°展開の拡大をグローバルで目指す」と説明していた。これまでの2年半のあいだには、「ダンジョントラベラーズ」3作品と『WHITE ALBUM -綴られる冬の想い出-』がPCへと移植されたが、その反面で、新たにリリースとなったオリジナル作品はなく、上述のリメイク版『ToHeart』が移植以外で発売された唯一のタイトルとなった。
今回のポールトゥウィンホールディングスの発表では、HIKEがマネジメント・バイアウトによって独立することも明らかに。同社によると、決議の背景には「HIKE に含めて異動するよりも、HIKE から切り出して単一のゲーム開発会社として譲渡する方がより幅広い相手先に検討して頂ける、ひいてはアクアプラスとのシナジーがより見込める相手先に譲渡できる可能性が高まる」との判断があったとのこと。あわせて、すでに複数の企業と交渉中である旨も明かされている。
■過去から考えるグループ離脱の影響。ファンが懸念するのは、新作をめぐる動向か
CRESTによる買収から約2年半で、ふたたび新天地を探すこととなったアクアプラス。実は同社が他企業の傘下に入るのは、ポールトゥウィンホールディングスの例がはじめてのことではない。
『WHITE ALBUM2』やその移植作、『ダンジョントラベラーズ2 王立図書館とマモノの封印』の発売から間もない2013年10月、アクアプラスは、同人ショップ「コミックとらのあな」などを傘下に持つ持株会社・ユメノソラホールディングスによる最初の買収を経験している。現時点から振り返ると、同グループでは、CRESTに買収されるまでの約9年間、事業活動を行ったことになる。この間には、「うたわれるもの」シリーズのナンバリングやスピンオフ、『ダンジョントラベラーズ2-2 闇堕ちの乙女とはじまりの書』などがリリースされている。
このように親会社の事情によって、さまざまな企業/グループのもとを転々とする状況は、どこかに属し、子会社として活動することの宿命でもある。外部から想像するかぎりには、一度目のようにアクアプラスの意思によって譲渡先を選ぶことはできず、交渉がまとまれば今後は親会社から与えられた場で、同社としてのベストを尽くしていくことになるのだろう。
先にも述べたとおり、アクアプラスは1994年に設立されており、2024年には30周年を迎えた。同年11月に開催された記念イベント『大アクアプラス祭 -30th Anniversary-』では、『ToHeart』リメイク版の発売時期のほか、「うたわれるもの」シリーズの最新作『うたわれるもの 白の道標』や、新規RPGプロジェクトの『project kizuna』、2015年に制作が打ち切りとなっていたビジュアルノベル『ジャスミン』の開発再開も発表されている。同社の活動や各タイトルのリリースを楽しみにしているファンにとっては、「譲渡先でこれら(特に発売の目処がたっていない『project kizuna』と『ジャスミン』)の制作が継続できるのか」が最大の懸念点となっているのではないか。実際に『ジャスミン』は、ユメノソラホールディングス体制下で制作が打ち切りとなった。また、ポールトゥウィンホールディングス体制下では結果的に、活動のほとんどが既存作品の移植や復刻となってしまった。
限定的な層への訴求を軸にしたゲームデザインから、正当に評価されないケースも少なくないアクアプラス発のタイトルたちだが、実際は見た目だけでなく、中身にもこだわり抜いた良作も多い。そのことが理解されるためには、より多くの新作を世に送り出すことが肝要となる面もあるだろう。新天地で上述のタイトルの制作が継続し、発売へとこぎつけられるかは、現時点では半々であると言わざるを得ない。ひとりのファンとして、譲渡先では同社のクリエイティビティを大いに発揮し、次なる看板を作り上げていってほしいと感じている。
■ノベル/ADVの分野で台頭する小規模制作のトレンド
業界ではここ数年、ノベル/アドベンチャーの分野を主戦場としてきた企業のM&Aが相次いでいる。科学アドベンチャーシリーズの開発/発売元であるMAGES.(旧5pb.)は、KADOKAWAグループから独立後の2020年4月、『白猫プロジェクト』などを手掛ける株式会社コロプラの傘下に、『Kanon』や『AIR』『CLANNAD』といった作品で知られるゲームブランド『Key』のビジュアルアーツは2023年7月、中国のテンセント・ホールディングスの傘下となった。
さらに2024年6月には、『STEINS;GATE』などの開発/発売元、アニメを含む映像作品の企画/制作元として知られるニトロプラスが、サイバーエージェントに買収され、完全子会社に。ことノベル/アドベンチャーの分野においては、黎明期を支え、CS機への移植の道を拓いてきた老舗メーカーが、大手グループの一員となることで新たな可能性を模索している現状だ。
一方、マーケット全体を見渡すと、ノベル/アドベンチャーの分野は直近、大きな盛り上がりを見せている。小規模に制作された一部のタイトルが稀に見る高評価を獲得。商業的成功を掴みとったことで、市場が活性化しつつあるのだ。ここには、業界トレンドとジャンルの持つ性質の好相性が影響していると考えられる。「PCプラットフォームの台頭によってインディーによるゲーム制作が一般化したこと」「テキストやスチル、音楽といった根源的な要素を主成分とするノベル/アドベンチャーは、低予算であっても一定のクオリティに至りやすいこと」などが相互に作用した結果、界隈を賑わすヒットタイトルが生まれることにつながったと推測する。
『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』はその好例だろう。同作は開発/発売こそ大手メーカーのスクウェア・エニックスが担当しているが、同社の看板タイトルと比較すると、小規模な体制で制作されていることが特徴となっている。2023年3月のリリース時点では、特別に注目を集めるタイトルではなかったが、発売後は口コミで支持を拡大。同年を代表するノベル/アドベンチャー作品に数えられるまでとなった。
その後、ジャンルからは『ヒラヒラヒヒル』や『未解決事件は終わらせないといけないから』『マーダーミステリーパラドクス このひと夏の十五年』『飢えた子羊』などが、約1年以内に続々と発売を迎えた。どれもが小規模制作から誕生した高評価作品である。
これらが上述の老舗メーカーによって生み出されるタイトルたちと異なるのは、制作の規模を反映した価格やプレイボリュームだろう。「コストパフォーマンス」「タイムパフォーマンス」を重視すると言われる現代のプレイヤーにとっては、「良い作品であるなら高くてもいい、長くてもいい」といった感覚以上に、「相応の価格とボリューム」が求められているのかもしれない。
また、比較的手の出しやすい価格帯、ボリューム帯に、高クオリティのタイトルが存在することも逆風として作用している面があるのではないか。老舗メーカーのひとつに挙げたKeyとビジュアルアーツからは、2022年9月リリースの『終のステラ』が高評価を獲得しているが、同作もまた制作の規模を反映してか、1,980円(※)というロープライスで展開されている。もはや良質なノベル/アドベンチャーは、大きな金額を出して享受するコンテンツではなくなりつつある可能性もある。
このような視点から考えると、高評価を集めるMAGES.の新作『岩倉アリア』をめぐる、とあるエピソードも印象的に響いてくる。同作はNintendo Switch向けに5,000円弱の価格で展開されているが、当初は980円という低価格帯での発売をイメージしていたという。結果的にロープライスとは言えない価格での展開となったが、制作に含まれる精神性は、小規模制作から生まれた高評価作品のそれに似たものであるとも考えられるだろう。2025年、Keyは『虹彩都市』『anemoi』の発売を予定している。これらがいくらでリリースされ、どのような評価を獲得するのかもまた、ノベル/アドベンチャーの分野の現状を考えるうえでは、ひとつの指標となっていくに違いない。
※価格はPC版のもの。
■譲渡先の候補は中韓資本の大手ITが本命? 新たな買収は転換点となるか
はたしてアクアプラスの譲渡先は、どのような企業に決まるだろうか。近年、業界でひろがるIP利活用のトレンドから考えると、その候補は、コンテンツ産業において幅広く事業を展開する企業となる可能性が高い。最有力に挙げられるのは、同ジャンルへの進出の足がかりを探している企業か。わかりやすいのは、中韓資本の大手ITグループだろう。たとえば、NetEaseやKRAFTONなどは資本力があり、日本企業との協業、IPのグローバル展開にも力を注ぐ。
次点では、過去にMAGES.を抱えていたKADOKAWAなども有力か。同社が展開するコンテンツ事業は、アクアプラスが築き上げてきたブランドとの親和性も高い。傘下に持つスパイク・チュンソフトには、ノベル/アドベンチャーの人気作品も多く存在する。ジャンルの未来に可能性を感じているのであれば、この線もないとは言い切れない。
アクアプラスにしてみれば、同社のカラーに対して理解のある企業のほうが活動はしやすくなる。親会社の“鶴の一声”によって大きな方針転換を余儀なくされるようであれば、アクアプラス、ファンの双方にとって辛い買収ともなりかねない。
その一方で、上述したように同ジャンルをめぐる状況は、大きな変化のときを迎えつつある。今後は事業活動の存続のために、小規模や低予算など、時流にあった制作体制を自発的に選択しなくてはならない場面もやってくるのかもしれない。
今回の発表を受け、SNS上には「WHITE ALBUM」や「ダンジョントラベラーズ」といった人気シリーズの続編の制作を求める声も多くあった。譲渡先がどこになったとしても、これらや『project kizuna』『ジャスミン』といったまだ見ぬ新作を世に送り出してくれることが、ファンにとってはもっともうれしいことである。ふたたびアクアプラスから多くの新作が発売される日は来るのだろうか。今後の動向を注視したい。
(文=結木千尋)

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