21世紀になって間もなく、世の中を震撼させるニュースが列島をかけめぐった。それは、小学校教諭による、児童への悪質ないじめだった…。訴訟にまで発展した児童側と教師の実際にあった出来事を取り上げた、福田ますみによるルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を、エンタテインメントの名手・三池崇史監督が実写化するという新境地に挑んだ意欲的な一編『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』が、いよいよ世に放たれた。SNS上での根拠のない情報をもとに個人を攻撃する“つるし上げ”が問題となっている昨今、なにが真実なのかを疑う物語として世相に楔を打ち込む本作は、キャストも豪華にして実力派がズラリと顔をそろえた。

【写真を見る】「現場をとにかく生き抜く」。『でっちあげ』に圧倒的熱量を注いだ綾野剛を撮りおろし

ともに全編を通じて対峙する教師・薮下誠一と児童の保護者・氷室律子に配されたのは綾野剛柴咲コウ。MOVIE WALKER PRESSでは2人のインタビューを2回にわたって掲載し、作品の本質に迫っていく。役へのアプローチや三池監督の演出術など、撮影の舞台裏を語ってもらった第1回に続き、第2回目は、観客を最後まで惑わす人物描写についてなど、映画の核心に迫る部分について語ってもらった。

※本記事は、『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

時は2003年。小学校教諭の薮下誠一(綾野)は、担任するクラスの児童の保護者・氷室律子(柴咲)から告発される。律子の息子・拓翔(三浦綺羅)に対して、体罰を通り越していじめを日常的に行っているとのことだった。この話を聞いた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)は実名報道踏み切り、センセーショナルな記事に仕立て上げる。記事が世に出るや、藪下は“殺人教師”と呼ばれ、マスコミの標的と化す。一方で世論は律子を擁護し、550人もの大弁護団が結成されて前代未聞の民事訴訟へと発展していく。だが、法廷に立った薮下は湯上谷年雄弁護士(小林薫)の弁護のもと、「すべては事実無根の“でっちあげ”です」と、訴状を完全否認するのだった。

■「薮下と律子には共通する部分があって、お互いにそれを感じているんだと思うんです」(柴咲)

――冒頭からの数十分、律子の主観による薮下の蛮行が描かれます。そこで観客が感じた彼への怒りは、中盤以降は異なる感情に変わっていく…。この映画の妙味はそこにあると感じました。しかしながら、律子はなぜあれほど薮下を追い込んだのか、お2人の解釈もうかがえればと思った次第です。

柴咲「綾野さんもおっしゃっていたんですけど、薮下と律子にはどことなく共通する部分があって、お互いに無意識ながらそれを感じとっているんだと思うんです。なので、律子からしたら薮下先生のことが気に食わなくて仕方がないんでしょうね」

――いわゆる“同族嫌悪”的な感じなんでしょうか?

柴咲「そこまでの共通性はないかもしれないですけど、結構大事な核となる部分というのが、似ているというか、近いものがあるんじゃないかなと思います。意外と薮下先生も相手の話をしっかりと聞いていなかったり、相手の反応を見ていなかったりもする。彼も律子と同じように主観が強い人なのかなと、私からは見えたんですよね」

――そういった認識の感覚を、お二方は共有されていらっしゃったのでしょうか?

綾野「明確に言葉にして(柴咲)コウさんとお話するということはなかったです。芝居は直感的かつ本能的でありながら、台本にはト書きという状況説明が記されているので、役者はそれに沿ってまずは演じます。加えて、三池(崇史監督)さんの演出によって細かいニュアンスや場の空気といったものが決まってくるので、そのシチュエーションでの最適解をお互いに探りつつ体現したという感じでしょうか」

■「律子と薮下を“圧倒的な静と動”というふうに捉えていました」(綾野)

――動作的なことで気になったことが1つあって、薮下は随所随所で肩を回す癖があるように見えたんですが、あれは綾野さんのアイデアでしょうか?

綾野「僕は律子と薮下を“圧倒的な静と動”というふうに捉えていたので、薮下は“情報量が多い人”を目指しました。癖という位置づけではなくて、“動”の量を増やす事で“誤解”を散りばめた、と言う方が適確かもしれません」

――セリフで説明するのではなく動作として足すことで、薮下の人物像に奥行きを持たせたという感じでもありますか?

綾野「人間誰しもそうだと思いますが、一人の人間にも“面”がたくさんあって、大抵は正面から見ていることが多い。そのなかで、どうすれば“面”を増やせるか考えた結果のひとつが、仕草の量でした。役づくりというのは削いでいくこともできますが、この『でっちあげ』における薮下誠一については面を足す方向に意識を傾けました」

――綾野さんが薮下の“動”を散りばめたのに対して、柴咲さんは“静”を貫いたという感じでしょうか?

柴咲「いえ、特に反対側を狙ったわけではなかったですね。自分のなかで“律子はこういう人物だ”という芯を序盤から捉えることができていたので、自ずとあの佇まいになったと言いますか。ただ、人間も生物なので、相手の身体的な動きに対して外部刺激を受けると思うんですけど、律子は受けないんです。そこは彼女の“静”の要素がわかりやすく出ているところじゃないでしょうか」

――ある場面で、律子が主張してきた訴えの根源が揺るがされることになります。しかしそのことを突きつけられても律子は表情すら変えずに自分の主張を曲げないところが、まさにそれですよね。

柴咲「そうです。『あなたの言っていることなんて、どうでもいいです』というのが、律子の純然たる主張なので。ただ、単にサイコパス的な見せ方をしたかったわけではなく、(映画の基となっている福田ますみの)ルポの内容を把握したうえで、三池監督からも『こういう表情、こういう佇まいで』といった説明をあらかじめ受けてもいたので、そのイメージを思い描いて表現したという感じです」

■「説明しない感じがいいなと思いました」(柴咲)

――これは感想になってしまいますが、最終弁論の日に薮下が正直な心情を吐露するシーンが印象的でした。画角とピントが前方の薮下に合っているのもあって、後方に座っている律子の表情の詳細がわからない。でありながら、カットインして律子のアップの表情を見せるような説明的な構造になっていないのが、“映画”的だなと感じました。

柴咲「世の中的には“虚言を吐く人の本性を暴きたい”だとか“化けの皮を剥がして、うろたえているところを見たい”といったサディスティックな欲望があると思うんです。だから律子の表情を見せるのが定石だとは思うんですけど、それをしないんですよ、この『でっちあげ』は(笑)。彼女もそこで表情を変えるような人物ではないんですけど、あのピントがボヤけているのは、『ここまで映画を観てきて、律子が動揺するような人じゃないのはわかりますよね』というところで、わざわざ焦点を当てることもないでしょう、という演出でもあるのかな、と。その説明しない感じがいいなと思いました」

――綾野さんは、撮影監督の山本英夫さんとは直近ですと『まる』(24)でもご一緒されていて。

綾野「ドラマ『S -最後の警官-』であったり、何本かご一緒させてもらっていますが、英夫さんの行動と想像と胆力にいつも魅せられています。素速くカメラの位置を定めて、全スタッフの誰よりもいち早くその場所にいらっしゃるんです」

■「この作品は2時間強の壮大な“切り抜き” ともいえます」(綾野)

――三池組の現場を何回か見学させていただいたことがありますが、まさに職人集団で段取りから本番までの流れが早い印象があります。その中心にいる三池監督との日々を改めて振り返っていただけますでしょうか。

柴咲「私は『喰女 -クイメ-』以来10年ぶりくらいでしたけど、相変わらず優しくて、シャイでした(笑)。でも、打ち上げの時にお話しすると、普段言葉にしないことを映像にしていらっしゃる方なんだな、というのを感じるんですよ。言葉にしてわかってもらおうということを優先している人ではないんだなって。そんな話を(出演者の)みんなでしていました」

綾野「ただただ至極まっとうに一歩一歩、丁寧に歩いていらっしゃる方です。久しぶりにご一緒して改めて圧倒されました」

――その三池監督がこれまで撮ってきた作品群とは少し毛色が違うと言いますか、いい意味で予想を裏切られた映画に仕上がったのではないか、という印象を抱いています。お二方はいかがでしょうか?

綾野「『でっちあげ』の撮影では“毎回、現場をとにかく生き抜く”ことに集中していたので、完成した映画を観るまでは、こんなにワクワクする作品になると思っていませんでした。冒頭から、『どうなっていくんだ?』と引き込まれて、気づくと純粋に楽しんでいました。三池さんの視点で繋がれた今作を観ることで、三池さんの脳内をほんの少しだけ知れた気がして心地よかったです。

この作品は2時間強の壮大な“切り抜き” ともいえます。薮下と氷室さん家族が織りなした数年間もの年月をシーンごとに繋ぎ、演出、編集。そして最後に三池さんの視点と感性による切り抜き方であることに、とても魅力を感じました」

――なるほど、壮大な“切り抜き”とは…言い得て妙です!これは余談なんですが、柴咲さんと小林薫さんが同じ画角の中に収まっているのが、「Dr.コトー診療所」や「おんな城主 直虎」好きとしてテンションが上がりました(笑)。

綾野「お2人が現場に揃うと、芝居の圧がすごいんです。しかも、それほどに共演されていることを微塵も感じさせない立ち居振る舞いだったことにも、感銘を受けました」

柴咲「まあ、もう(共演歴が)長いですし、『Dr.コトー』の映画版の撮影以来だったので、そんなに間が空いていたわけでもなかったので、はい(笑)」

――そして、週刊誌記者の鳴海を演じた亀梨和也さんのケレン味も効いていました。

綾野「僕は本当に久しぶり(ドラマ『妖怪人間ベム』以来14年ぶりの共演)だったので、またご一緒できてとてもうれしかったです。亀ちゃんが元々持っている推進力や寛容さに改めて人としての深みを感じました。相手をノーフィルターで見つめ、コミュニケーション能力が高いという言葉では括れない、とにかく魅力的な男なんです。芝居合戦のトーナメントで当たる強敵のひとりでもあって、打ちのめしたと思ったら打ちのめされる。でも、それがまた心地よかったです。コウさんは亀ちゃんとなにか作品でご一緒されているんですか?」

柴咲「作品でご一緒するのは初めてなんですよ。お仕事じゃない場でバッタリ会ったことがあったので、初対面ではなくて。で、法廷のシーンで北村(一輝)さんと3人でワチャワチャしていたんですけど(笑)、ムードメーカーというか、彼がいてくれると場が明るく華やぐんですよね。法廷のシーンって撮影も長いので、エキストラの人も疲れちゃうことが多いんですけど、そういう時は亀梨さんが空気を変えてくださって。そういう魅力がある方ですよね。ただ、法廷で張りつめたシーンを撮っているのに、意図せず場が和んじゃうこともありましたけど(笑)」

綾野「亀ちゃんはなにか『いいな』と思ったことを認める速度が、ものすごく速いです。しかも素速く消化したうえで素速く表現できるんです。芝居が終わったあとに『剛くんの芝居、めちゃくちゃよかった!』って言ってくれるので、雨降らしの大変なシーンもがんばれちゃうんですよ」

柴咲「それ、すごくわかります。亀梨さんは乗せるのが上手なんですよね」

綾野「そのフレキシブルさは根っからの優しさに起因しているんだろうなと、改めて感じましたし、そういった空間と時間を体験させてくださった三池組のみなさんに、心から感謝しています」

取材・文/平田真人

綾野剛×柴咲コウが『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』の核心に迫るエピソードを語る/撮影/湯浅亨 スタイリング(綾野剛)/佐々木悠介 ヘアメイク(綾野剛)/石邑 麻由 スタイリング(柴咲コウ)/柴田 圭 ヘアメイク(柴咲コウ)/SHIGE(AVGVST)