
2007年のデビュー時は数百人のファンしか集められなかったK-POPグループKARAだが、2009年の『ミスター』のヒットにより日本で大ブレイク。2010~2015年にCD売上約250万枚で90~100億円(オリコン、RIAJ)、DVD30万枚で12億円、コンサート50万人動員で20~30億円、グッズ・広告で20~30億円を稼ぎ、総額推定約150億円の経済効果を生んだ(Soompi、Billboard Japan)。その人気メンバー、ク・ハラ氏が2019年に遺した15億円の遺産は、韓国の相続制度を揺さぶる一大紛争へと発展した。本記事では、日本と韓国の相続手続きを専門に手掛ける司法書士の中村圭吾氏が、韓国における相続の実情を解説していく。
20年ぶりに現れ、娘の相続財産を要求した母親
K-POPアイドルグループKARAのメンバー、ク・ハラ氏が亡くなったのは2019年のこと。韓国で一世を風靡し、日本でも絶大な人気を誇った彼女が残した総額150億ウォン(約15億円)もの莫大な遺産は、その後の相続制度に大きな影響を与える紛争を巻き起こした。
日韓のファンを大激怒させる事件が起きたのは、彼女の葬儀の席でのことだった。家族を捨てて家を出た母親A氏が20年ぶりに姿を現し、出棺のわずか2日後に、「相続財産の半分をよこせ」と主張したのだ。
韓国の法律では、法定相続人の順位を、
1.子どもや孫等の直系卑属
2.両親等の直系尊属
3.兄弟姉妹
と定めている。ク・ハラ氏の場合、結婚をしておらず、子どももいなかったため、法律どおりに行けば、第2順位の両親が法定相続人ということになってしまう。
これに待ったをかけたのが、生前、ク・ハラ氏が「唯一の肉親」と考えていた兄のB氏だった。ク・ハラ氏の父親は全国の建設現場を転々とする建設労働者で、家出した母親に代わり、彼女を育てたのが兄のB氏と祖母だったのだ。
父親はB氏に「親として満足に子育てしてやれず申し訳ない」と相続権を譲渡。B氏は、「養育の義務を果たさなかった母親に、遺産を相続する権利はない」と主張し、国会のホームページに、法改正を求める請願を提出した。通称「ク・ハラ法」を求めるこの請願には、あっというまに10万人の賛同者が集まり、一大ムーブメントへと発展していく。
裁判所の判断
実母A氏と兄B氏のあいだの相続財産分割審判の訴訟に家庭裁判所が判決を下したのは、2020年のこと。
裁判官は、父母が離婚をしたとしても、子どもを養育する責任があるとし、実母A氏が家出をしてから12年ものあいだ、ク・ハラ氏に会おうともしなかったことなどを考慮して、B氏側に20%の寄与分を認定。全体から20%を差し引いた残りの80%を両親で半分に分け合い、最終的に実母A氏に40%、父親から相続権を譲り受けたB氏に60%という判決を下した。
この結果に、B氏の弁護士は「このような事情を十分に尊重したとしても立法措置がなくては、子どもを捨てた父母の相続権を完全に失わせることは不可能だというのは残念だ」と述べ、国民に法改正への支持を訴えた。
急増する遺産分割訴訟
実は、このような相続をめぐる紛争は韓国で増加傾向にある。司法統計によると、2022年に韓国の裁判所に受け付けられた相続財産の分割に関する処分事件は、2,776件。2014年の771件に比べると、8年のあいだに3.6倍に急増している。
そして2024年4月25日、韓国の憲法裁判所は、ク・ハラ氏の遺族らの訴訟の影響を受け、ある画期的な判決を下す。
それは、遺言書で相続させる相手や内容を決めていたとしても、法定相続人が相続財産の返還を請求ができる権利(遺留分)について、兄弟姉妹に遺留分を認める法律は憲法に違反すると判断し、即時失効を決定。さらに、両親や子どもであっても、扶養の義務を果たしていなかったり、精神的・肉体的な虐待をしたりといったケースでは、相続人の遺留分を喪失させるのが国民の法律感情に合致するとして、2025年末までに法律を改正するよう求めたのだ。
この判決を受け、韓国の国会は4ヵ月後の8月28日、在籍286人中賛成284人、棄権2名という圧倒的賛成で、「ク・ハラ法」を通過させた。
改正法では、被相続人本人が公正証書遺言を残すことで、扶養義務に違反したり、虐待などの犯罪行為をしたりした相続人の相続権を喪失させることができる。そのほか、本人が遺言書を残していない場合でも共同相続人から、虐待などをしていた相続人がいることを知ってから6ヵ月以内に家庭裁判所に申立てることによって、相続権を喪失させることができるようにする。
先順位の法定相続人が相続権喪失の対象である場合には、その審判の確定により相続人となる後順位の法定相続人(たとえば、兄弟姉妹)からも申立ができるという。改正法は2026年1月1日から施行される予定だ。
法施行後、日本で暮らす韓国籍の人は…
兄弟姉妹の遺留分を違憲とした2024年4月の最高裁判決および今回の法改正を踏まえて、相続対策の見直しが必要である。日本で暮らす韓国籍の人は、原則として韓国法に基づいて相続手続きがなされる。
相続の際に適用する法律は遺言書で選択することにより、日本の法律を適用することも韓国の法律を適用することも可能だ。これまでの韓国の法律では、兄弟姉妹が相続人となるときに、法定相続分の3分の1の遺留分が認められていたが、違憲判決が出たことにより、日本の法律と同様に遺留分が認められなくなった。
一方、日本の法律では、被相続人本人だけが生前に手続きをする、または遺言書を残すことで、特定の法定相続人の相続権を失わせることができるが、韓国の法律では2026年以降、ほかの相続人からも相続権を喪失させることができるようになるだろう。
日本と韓国では法定相続人の範囲も法定相続分も規定が異なるが、今回の法改正も踏まえて、相続時に適用する法律を慎重に選択する必要がある。
相続紛争が起こらないよう事前の対策をしておくことが重要だ。たとえば、両親の相続に際して、きょうだいから相続権の喪失請求がなされないよう、日ごろよりコミュニケーションをとり、お互いに協力していく姿勢が求められることになるだろう。
中村 圭吾
代表

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