令和7年度の日本の税制改正が扶養控除や「年収の壁」の見直しにとどまった一方で、アメリカでは規模もスピードも段違いの税制改革が進められています。トランプ前大統領が「One Big Beautiful Bill(ひとつの大きくて美しい法案)」と名付けた大型税制改正法案が、下院で可決されました。総額4兆ドル(約600兆円)に及ぶ減税案には、財政赤字を拡大させる条項も含まれ、今後の審議に注目が集まっています。本記事では、そんな「One Big Beautiful Bill Act」の具体的な内容について、国際税理士の奥村眞吾氏が解説します。

法案の規模は4兆ドル

トランプ氏が掲げた「One Big Beautiful Bill」は、約4兆ドル(600兆円)という桁外れの減税規模を誇りますが、その財源のうち3兆ドル(450兆円)を赤字国債でまかなう構造となっています。そのため、共和党内の財政保守派からの強い反発を受け、一度は否決されました。

しかし、トランプ氏が強く反発し、議員に圧力をかけた結果、再提出後に可決されました。現在は上院での審議が控えていますが、緊縮財政を求める議員も多く、成立は予断を許しません。 今回の改正は、2017年の「Tax Cuts and Jobs Act」の時限措置を延長しつつ、新たな減税も加えられています。 たとえば、SALT(州税・地方税)控除の上限は現行の1万ドル(約150万円)から4万ドル(約600万円)に引き上げられます。また、チップ収入や残業手当は非課税となり、自動車ローンの利息も所得控除の対象になります。ただし、これらはすべて2028年までの時限的措置です。

公的医療保険に対する制限も強化へ

低所得者向けの公的医療保険「Medicaid」については、受給条件が厳しくなります。新たに労働要件が導入され、その適用開始が2029年から2026年へ前倒しされます。さらに、Medicaidを利用した性転換手術は禁止される見通しです。社会保障のあり方を大きく変える内容となっています。

名門大学と大財団への“露骨な”増税

大学への寄附金から得られる運用益に対する課税率が、現行の1.4%から21%へと大幅に引き上げられます。これはハーバード大学などアイビーリーグ校を明確に狙った措置と見られています。 さらに、Private Foundation(日本でいう公益財団法人)に対しても新たな資産課税が導入されます。2,000万ドル以上の資産には2.78%、2億5,000万ドル以上には5%、50億ドル超には10%の課税が課される見込みで、ビル・ゲイツ財団が標的であるという指摘もあります。

クリーンエネルギー関連の優遇は終了へ

環境関連の優遇措置も見直されます。電気自動車に対する最大7,500ドル(約110万円)の税額控除は2026年末で終了、太陽光発電などクリーンエネルギー分野への税額控除も2029年末で打ち切られる予定です。

これらの措置については、日本の「租税特別措置法」のような延長措置は講じられないとされています。

海外送金税の導入で移民層に影響

新たに「海外送金税」が導入され、アメリカ国籍を持たない人が自国の家族へ送金する場合、送金額に対して3.5%の課税が行われます。メキシコインド、中国、フィリピンなど、出稼ぎ労働者の多い国の人々にとっては大きな負担になるとみられています。

高齢者と製造業への手厚い支援

65歳以上の納税者には、標準控除額に4,000ドル(約60万円)が上乗せされる措置が導入されます(所得制限あり、2028年までの時限措置)。また、アメリカ国内に工場を新設する製造業者に対しては、その建設費を100%即時償却できる新制度も盛り込まれています。

新設される「Trump Account」で資産形成支援

「Trump Account(当初はMAGA Account)」と呼ばれる非課税投資口座が新設されます。年間5,000ドル(約75万円)まで積み立てが可能で、住宅の購入や事業開始などの目的で引き出すことができます。中間層や若年層の資産形成を促すねらいがあります。

国防・移民対策にも大規模予算を割り当て

税制改正法案には財源の使途も明記されており、1,500億ドル(約22兆円)は国防費に、1,750億ドル(約25兆円)は国境警備および移民対策費に充てられる予定です。安全保障政策との連動も顕著です。

 イーロン・マスク氏が苦言「美しくはない」

政権を離れたイーロン・マスク氏は、この法案について「It can be Big. Or it can be Beautiful. But I don’t know it can be both.(大きくすることはできるが、美しくはないかもしれない)」とコメントし、かつて自らが推進した「政府効率化」に逆行する内容だとして不満を表明しました。

トランプ氏は、独立記念日である7月4日までに大統領として法案に署名したい意向を示しています。しかし、上院では財政保守派の議員が多数を占めており、成立には依然としてハードルがあります。

それにしても、日本の税制改正と比べて、アメリカの改革はスピード、規模、決断力のすべてが圧倒的です。年金や農業政策のような問題に長年手を付けられない日本と比べると、良し悪しは別として、トランプ氏の「突破力」は際立っています。

税理士法人奥村会計事務所 代表

奥村眞吾

(画像はイメージです/PIXTA)