
最近、日本経済新聞(6月26日付)で報じられたニュースが話題になっている。
「合成麻薬の闇、名古屋が結節点 米・中・メキシコつなぐ地下経路」という記事で、米国で大問題になっている薬物のフェンタニルについて、その材料などが中国から日本を経由して米国に入っているケースがあるという内容だ。
この話には、企業が絡んだサプライチェーンが関係している。筆者の取材によると、米国政府はフェンタニルに関する捜査を数年前から強化しており、日本もFBI(米連邦捜査局)からの問い合わせで、捜査協力を求められることもあるという。
知らず知らずのうちに、こうした企業とサプライチェーンでつながってしまえば、将来的に日本だけでなく米国でもビジネスができなくなる恐れがある。日本企業にとっても、リスクマネジメントの一環として、フェンタニルに関する現状を知ることが必要だろう。
まずフェンタニルについて、簡単に説明したい。フェンタニルとは、オピオイド系の合成薬物の一種。オピオイドは、脳や脊髄に作用し、鎮痛効果や鎮静作用、多幸感をもたらす。ただオピオイドの中でも、フェンタニルははるかに作用が強く、モルヒネの50~100倍、ヘロインの30~50倍強力だ。ごく少量で致死量に至る危険な薬物である。
これが米国では大変な社会問題になっている。というのも、米疾病管理予防センター(CDC)によれば、フェンタニルなど合成オピオイドによる過剰摂取は、米国の18~44歳の成人における主要な死因の一つとなっており、2023年には10万7000人以上が命を落としている。
有名人も犠牲になっている。例えば、歌手のプリンスが2016年にフェンタニルの過剰摂取で死亡しており、別の歌手トム・ペティも2017年にフェンタニルなどによる薬物中毒で亡くなっている。
●現代版の「アヘン戦争」
フェンタニルについては、以前から米中の間で大きな国際摩擦に発展している。ドナルド・トランプ大統領や習近平国家主席も登場して議論になっており、輸出規制なども厳しく行われてきた。しかし、冒頭で触れたように、輸出の迂回(うかい)地として日本が使われた可能性が指摘されているのである。
米国に渡るフェンタニルは、ほとんどがメキシコやカナダでマフィアが薬物として製造して密輸する。マフィアは、米国内に多数いるフェンタニルを含むオピオイド依存症の人々に対し、路上などで違法に販売して利益を得ている。
そして、フェンタニルの原料や関連物質のほとんどを生産し、供給源となっているのが、中国だ。
今から10年ほど前に、米国でフェンタニルなどの中毒者が問題になり始めた。そして捜査の結果、供給源として中国が浮上。2017年の米中経済安全保障調査委員会の報告書では、中国の規制が緩いことでこうした薬物が製造・輸出されてきたと指摘している。
そして2017年、米国で史上初めて、中国で製造したフェンタニルや類似品を米国に密輸したとして中国人が起訴されている。ただその後も密輸は続いており、中国政府に近い情報源を持つ関係者の証言によると、当時から中国共産党が米国にフェンタニル中毒をまん延させる指示を出していたという。
こうなると、もはや、いわゆる現代版の「アヘン戦争」だといえる。しかも「プロジェクト・ゼロ」という具体的な計画名も報じられている。中国政府筋によると、これはメキシコとカナダを経由してフェンタニルを流通させることで、米国を弱体化させる秘密計画だという。
●米国は中国にプレッシャーをかけるが……
ただ表向きは、米国からのプレッシャーもあって、中国政府は2019年に国内でフェンタニルの製造を禁止した。しかし米政府によれば、それ以降、フェンタニルの原料である前駆体物質が中国から大量に輸出されるようになったのが確認されている。しかも、米国には直接輸出せず、先に述べた通り、カナダやメキシコ経由で輸出を続けている。今では前駆体などのほとんどが中国で生産されているという。
例えばメキシコでは、シナロア・カルテルやハリスコ新世代カルテルといったマフィアが前駆体を受け取り、錠剤などを製造して米国に密輸する。
2024年版の米国家ドラッグ脅威評価のリポートによれば、ハリスコ新世代カルテルが日本やオーストラリアとも麻薬の取引をしていると指摘している。つまり、何年も前から、メキシコのマフィアが日本を経由して中国などから薬物を入手している。
日本の警察当局によれば、日本ではまだフェンタニルはまん延していない。その理由として、一説に「日本を経由する際には、完成品のフェンタニルではなく前駆体の形であることが多く、日本で売るためには、メキシコなどから逆輸入する必要がある」からだという。
米中関係で見ると、第二次トランプ政権になってから、中国へのプレッシャーはさらに強まっている。トランプ大統領は就任直後、フェンタニルなどの薬物は中国から来ており、国家緊急事態にもなっているとし、2025年2月4日から中国の全ての品目に対して追加で10%(後に20%に)の従価税率を課す大統領令を発表した。
米議会の「米国と中国共産党・戦略的競争に関する特別委員会」はフェンタニルについて徹底した調査を行っている。2024年の調査結果によると、同委員会は中国で公開されているWebサイトの徹底的な調査、中国政府文書の分析、オンラインのデータ分析によって、麻薬をオンラインで販売している中国企業に関する3万7000以上のデータを取得し、中国の麻薬密売会社との「覆面」通信、専門家との協議などを行った。
●日本企業のビジネスにもリスク
そこで分かったのは、中国共産党が、中国でも違法であるはずのフェンタニル関連物質や他の合成麻薬の密売を放置していることだ。しかも、政府として助成金も与えている。さらにフェンタニル関連物質などの製造と輸出を、税金還付によって直接補助していることも分かっている。
こうした話以上に深刻な指摘もある。麻薬密売に関与するいくつかの中国企業の所有権を中国政府が有していることである。
つまり、中国は意図的に現代の「アヘン戦争」を米国に仕掛けている、というわけだ。トランプ大統領は「中国共産党は違法オピオイドを制限する能力が欠けているわけではなく、ただその意志がないだけだ」と語っている。
では、日本企業にはどんな影響があるのか。先述の通り、米議会の調査結果によると、中国政府が麻薬密売に関与している会社などを所有している。詳しく見ると、中国政府が管理する刑務所が麻薬密売化学会社を所有していることが発覚。上場している中国企業が数千件もの麻薬密売の勧誘情報をオンラインで掲載しているケースもあるという。
つまり、なんの変哲もないように見える中国企業が、麻薬につながっている可能性もある。日経新聞でもいくつかの中国系企業が名指しされているが、中国国内でも数多くの企業がこの取引に関与していると見られている。そのような企業が米国の制裁対象になれば、そこと付き合いがある企業は、日本企業であっても、米国で大きな仕事はできなくなるだろう。制裁違反で罰金を科されるようなケースも考えられる。
そうならないために、付き合いのある中国企業や、協業などを検討する中国企業のことをしっかりと調査した方がいいだろう。本連載でも取り上げたが、欧米では常識となっている企業インテリジェンスのサービスを利用するというのも手だろう。とにかく、危機管理意識をこれまでよりも高く持つべきだ。
フェンタニルの問題は、これからも米中の貿易交渉などで取り沙汰されるだろう。今のように取引ができなくなったら、日本が経由地としてのみならず、フェンタニルを消費する市場にされてしまう可能性もあり得る。日本企業も今後の動きを注視しておくべきではないだろうか。
(山田敏弘)

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