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 地方では、1人で短距離を移動するための“ちょうどいいモビリティ”が求められている。軽自動車は大きすぎ、電動キックボードは坂道や荒天に弱く、20km以上の移動には適さない。そのすき間を埋める新たな選択肢が「1人乗り電動ミニカー」だ。

 中国製の廉価モデルも台頭する中で、広島発のKGモーターズ株式会社は、価格と品質の両立に加え、ユーザーとの対話を通じたプロダクト改善、そしてコネクテッド機能を搭載した“進化するモビリティ”という独自路線で差別化を図る。

 整備士出身のYouTuber起業家・同社CEOの楠一成氏が構想したのは、ただの乗り物ではなく「生活に寄り添う相棒」。その着想と戦略に迫った。

“かわいい”だけじゃない。本気で使える、1人乗り「モビリティロボット」

 「やりたいと思ってたのは、もう最初からミニカーでした。ほぼミニカーに定めていたんです」

 そう語る楠氏が開発したのが、1人乗りの電動ミニカー「mibot(ミボット)」だ。車両区分は原付ミニカー。最高時速60km、航続距離100kmで、家庭用の100Vコンセントで手軽に充電できる。リアラゲッジ(後部荷室)には45kgまで荷物を積載可能で、エアコンとドア付きの快適設計。雨の日も、真夏や真冬もストレスなく乗れる。

 「田舎に住んでると、キックボード系って使えないんですよ。買い物や通勤の移動距離が長いし、道も悪い。正直、車がないと生活できないんです。一方で、自家用車の7割は1人で短距離しか使ってないという国交省のデータもあって、だったらここにミニカーという選択肢があってもいいんじゃないかって」

 こうした“軽自動車でも原付でもない中間のモビリティ”への着目は、実際の生活課題に根ざしたものだ。

 そんなmibotで何よりも目を引くのが、その独特なデザイン。前後左右対称のポラロイドカメラのような佇まい。「可愛い」と評されることが多いが、そこにも戦略がある。

 「『原価が150万円かかったから200万円で売ります』って言ったらぜったい普及しないので、“価格は100万円にしよう”って最初に決めたんですよ。それにはどうすればいいのかって考えて、金型を圧縮するために前後対称にしたんです」

 見た目の“かわいさ”の裏には、ちゃんと設計ロジックがあった。

 さらに、デザイン自体にも思想がある。

 「最近のEVとかだと“未来っぽさ”を前面に出した近未来デザインが多いんですけど、ああいうのって5年もすれば古く見えちゃうんですよ。だったら最初から、レトロで“ちょっと懐かしいのに新しい”デザインを狙おうと」

 意識したのは、80年代の日本が世界でモノづくりをリードしていた時代の工業製品。ポラロイドカメラや初期の家電のような、温かみと信頼感を感じさせる外観だ。“オシャレなレトロ”は、流行ではなく“文化”になる。長く愛され、使い続けられるデザインとしてのこだわりだ。

 見た目だけでなく、中身にもこだわりが詰め込まれている。特に、車両の挙動や情報のやり取りを制御するソフトウェアは“アップデートを前提とした設計”で、使うほどに進化していくモビリティとなっている。

 「うちのmibotは、ソフトウェアで定義されているモビリティなんですよ。SDV(Software Defined Vehicle)って言って、アップデートで進化していく。YouTubeで発信して、予約してくれた人に試乗してもらって、フィードバックを吸い上げて、改善していく。だからディーラーは作らず、直接ユーザーとつながるスタイルでやってます」

 かわいく見えて、実は戦略的なのだ。

整備士からYouTuber、そしてモビリティメーカーへ

 「元々ちょっと違う会社を経営していまして。10数年やってきたんですが、もっとチャレンジしたいな、次のステージに行きたいなという気持ちがあったんです。ただ、自分には上場経験があるわけでもないし、スタートアップっぽいキャリアがなかった。だったら、影響力があればいろんなことできるんじゃないかと思って、YouTubeを始めたんですよ」

 そう語る楠氏は、高校卒業後に整備士の専門学校へ進み、そのまま整備士として就職。わずか1年半で独立し、自動車のカスタム販売や整備事業を立ち上げた。

 「何の経験値もない若者が、根拠のない自信だけで始めたので、やっぱりうまくいかない。途中で本気でやめようかと悩んだ時期もありました。でも、そこで考えを変えて、インターネットを活用しようと。カスタムパーツを企画してOEMでつくって、ネットで売るようにしたんです」

 貿易やマーケティングも独学で学び、海外企業との開発も手がけるように。事業が軌道に乗ってきた中で、ある原点に立ち返る瞬間が訪れる。

 「ずっと心のどこかにあったんですよ。小型モビリティをやりたいって気持ちが。僕、広島の呉市出身なんですけど、道が狭くて、“車ってデカすぎるな”っていう原体験があって。子どもの頃から『これあったらいいのに』って感じてたんです」

 そうした思いをかたちにするため、YouTubeチャンネルを開設。車やバイク、モビリティ関連のDIYや分解動画が注目を集め、多くの視聴者が集まるようになる。

 「広島で生活してるだけじゃ出会えないような人たちが集まってきて、『一緒にやりませんか?』って声がかかるようになって。だったらこの仕組みを使って、ずっと描いてた小型モビリティの夢を、現実にできるんじゃないかと感じたんです。それが2020年ごろの話です」

 YouTubeを通じて出会ったメンバーには、ホンダ、トヨタ、ヤマハ、スズキなど、日本を代表するモビリティメーカーのエンジニアも含まれていた。大企業での開発経験を持つ彼らと協力しながら、プロダクトづくりは次第に現実味を帯びていく。

 ハードもソフトも自分で開発するわけではないが、「人を集める力」はある。YouTubeでは海外製EVやミニカーを買い付けて分解・レビュー。知識を蓄積しつつ、仲間を巻き込み、情報発信で周囲の熱量を高めていった。

 「“電動の小型モビリティ”って、ちゃんと振り切ってやれば、その世界の第一人者になれるかもしれないと思ったんです。だから、YouTubeのコンテンツもそっちに振って、海外のEVを試乗したり分解したりして、積み上げていきました」

目指すのは“ドラえもん”。街に溶け込む相棒モビリティ

 「相棒というイメージの原点は、ドラえもんなんです。ロボットだけど、ロボットの域を超えてるじゃないですか。ああいう存在を、モビリティでやりたいんですよね」

 mibotに込めた哲学について、楠氏はそう語る。単なる移動手段ではない。「一緒に出かけたくなる存在」「生活をちょっと前向きにしてくれる相棒」――そんな乗り物を作りたかったという。

 「家にこもりがちな日々でも、犬の散歩なら自然と外に出る。近所の人にあいさつしたり、ちょっと話したり。そういう“誘発”を、モビリティでできないかと考えたんです。ペットカーっていうか、究極の“相棒”をつくりたい」

 そうした“人とつながるモビリティ”という発想は、開発や販売の仕組みにも反映されている。mibotはOTA(Over-the-Air)対応のコネクテッドカーであり、ユーザーの走行データをクラウド経由で収集・解析・改善する、いわば“成長するクルマ”だ。

 「これまでの小型モビリティって、電動なのに、実はアナログだったり、ソフトウェアが乗ってなかったりするんですけど、mibotは車内にちゃんとネットワークを組んで、データを吸い上げて、機械学習して、最適化して戻す、という仕組みを入れています。もちろん、ソフトだけでは成り立たない。ちゃんとしたハードがあってこそだと思います」

 量産への覚悟も並々ならぬものがある。mibotは一般的な自動車と同じ「モノコックボディ」を採用。強度・安全性に優れ、軽量化にも有利な反面、金型投資が必要で初期コストがかさむ。

 「モノコックって、普通は数百台しか売らない車には使えないんです。だから、最初から量産する前提で覚悟を決めてました。予約販売の仕組みを先に作って、計画的に進める。初年度の300台はすでに完売しています」

 今後は2025年10月の量産開始、2026年には年間3000台、さらに10万台体制を目指すという。すでに自治体からの問い合わせも相次いでおり、「公用車として導入したい」「職員の移動に使いたい」という声も届いているそうだ。

 「感度の高い若者が飛びつくだけじゃダメなんです。キャズムを越えるには、街で“当たり前に走ってる”状態が必要。小手先のマーケより、まず、信頼される、しっかりした製品をつくる。それを見た人が広めてくれることが理想ですね」

 ユーザーとのコミュニケーションを製品開発やマーケティングに積極的に活かしている日本の自動車メーカーは、まだ多くはない。一方、テスラや中国のシャオミ(小米汽車)のように、ユーザーと並走する形でプロダクトを進化させていく手法は、すでに世界のスタンダードになりつつある(参考記事「ユーザーイノベーション:最も獲得が難しいニーズに関する情報を活用せよ」)。

 KGモーターズが掲げる「直販」「ユーザー参加型の開発」という戦略は、その潮流と響き合うものだ。1人乗り電動モビリティという新たなカテゴリにおいて、同社がどのように市場を切り拓いていくのか、今後の展開に注目したい。

テスラもシャオミもやっている。“ユーザー起点”で進化するモビリティロボット「mibot」