
経済的に厳しい状況にある方の生活を支える公的制度はさまざまなものがありますが、「どうせ自分には関係ない」と思って申請していない人も少なくありません。チャンスを逃さないためにも、自ら制度について知っていくことが大切です。本記事では、Aさんの事例とともに、年金生活者支援給付金についてFPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。
ここまで減るとは…“おひとり様老後”の現実
72歳のAさん(仮名)は、6歳年上の夫と長年二人三脚で暮らしてきました。年金額は2人あわせて月19万円ほど。贅沢はできませんでしたが、慎ましくも安定した生活を送っていました。
ところがある冬の日。夫が自宅で倒れ、そのまま帰らぬ人となったのです。突然の別れに、Aさんはしばらくのあいだは信じられない思いでした。
葬儀を終え、ひととおりの手続きを終えたころ、Aさんのもとに日本年金機構から手紙が届きました。Aさんはこれから自分が受け取る年金は月12万円になることを知りました。亡き夫の厚生年金の一部をAさんが引き継いで「遺族厚生年金」として受け取れるものの、その金額は月7万円ほど。Aさん自身の年金としては基礎年金がありましたが、金額は月5万円ほどでした。夫が亡くなり2人から1人になったからといって生活費が単純に半分になるわけではありません。これまで特別贅沢をしていなかったAさんの生活費はそれほど大きく減らせませんでした。
「最近いろいろなものが高いし、これだけじゃ医療費や通院費が必要になったら足りないかもしれない……」
Aさんは、いままで“ふたり分”でやりくりしていたこと、落ち着いた老後の生活は“ふたり”だからこそ成り立っていたのだと痛感しました。
ポストに届いた「緑色の封筒」
そんなAさんのもとに、緑色の封筒が届きました。差出人は、また日本年金機構です。なかには「年金生活者支援給付金」の案内が入っていました。どうやら同封の書類に記入し郵送すれば、特別な給付金をもらえるようです。
「どうせ私は対象じゃないでしょう」
Aさんはそのまま放っておこうと思っていましたが、あることを思い出しました「そういえばニュースで国の制度は申請しないともらえないお金が多いっていっていたわ」。
Aさんは「もらえないならそれでいい、手紙がきているんだからとりあえず申請してみよう」と、早速用紙に記入し、返送しました。申請手続きをしたあと、1ヵ月を過ぎ、Aさんが忘れかけていたころに審査が終了。Aさんはその給付金を受け取れることとなったのです。
Aさんが受け取れることとなった給付金額は毎月約6,000円でした。通常、老齢基礎年金を受給している場合に受け取れる給付金額は満額で月5,450円(令和7年4月時点の金額)。それよりも多い金額です。「私も受け取ることができたのね。思っていたよりも多かったし、うれしい。これで生活の足しにもなるし、気持ちが少し楽になった」Aさんは驚きながら、これまでよりも少し増えた年金額を素直に喜びました。
「年金生活者支援給付金」とは
「年金生活者支援給付金」は、年金受給者のうち要件を満たす人に支給される特別な給付金です。消費税率引き上げ分を活用し、年金に上乗せして支給されます。
以下のとおり3つの種類があり、Aさんが受け取ったのは老齢年金生活者支援給付金でした。
1 老齢年金生活者支援給付金:老齢基礎年金の受給者が対象 2 障害年金生活者支援給付金:障害基礎年金の受給者が対象 3 遺族年金生活者支援給付金:遺族基礎年金の受給者が対象
老齢年金生活者支援給付金を受け取ることができるのは、以下のような要件をすべて満たすの人です。
(1)65歳以上で老齢基礎年金を受け取っている (2)世帯全員が住民税非課税 (3)公的年金などの収入(遺族年金・障害年金を除く)が一定額以下 ※昭和31年4月2日以後生まれ:88万9,300円以下、昭和31年4月1日以前生まれ:88万7,700円以下Aさんの公的年金の収入額は約150万円だったのですが、給付金を受け取ることができました。なぜかというと、Aさんは遺族年金を受け取っており、給付金の審査に利用される(3)の前年の公的年金の収入額には障害年金・遺族年金の金額は含まないためです。障害年金と遺族年金は非課税収入です。そのため、Aさんの場合は基礎年金からの受取額のみ審査の対象となったのでした。
老齢年金生活者支援給付金は手続きをすれば一生受け取ることができます。非課税で、税金が引かれることはありません。
支給額の決まり方(令和7年度)
支給額の計算には、年金保険料の「納付済み期間」と「免除された期間」が影響します。
納付していた期間に対する金額:5,450円×(納付期間 ÷ 480月) 免除されていた期間に対する金額:1万1,551円×(免除期間 ÷ 480月)
以上を足した金額が給付金額となります。
Aさんは過去に年金保険料を払えなかった時期がありましたが、「未納」とせず、「免除手続き」を行っていました。その結果、この免除期間も給付額に反映され、通常よりも増額された給付金を受け取ることができたのでした。
なお、老齢年金生活者支援給付金の所得基準額を少しでも超えてしまい受け取れない、といった人には、「補足的老齢年金生活者支援給付金」があります。この場合、昭和31年4月2日以後に生まれた人で78万9,300円超88万9,300円以下、昭和31年4月1日以前に生まれた人で78万7,700円超88万7,700円以下が所得基準となり、所得の増加に応じて減額された給付金を受け取ることができます。
将来控えるおひとり様老後への備え方
Aさんのように「どうせ自分には関係ない」と思っていても、実は対象になることがあります。多くの制度は申請しなければ給付を受け取れません。チャンスを逃さないためにも、まずは確認してみることが重要です。
経済的に厳しい状況にある方の生活を支える公的制度はさまざまなものがありますが、基本的には、税金でまかなわれているため、「年金生活者支援給付金」のように公平性に配慮しつつも「支払いを誠実に行ってきた人」に配慮した設計になっているものも少なからずあります。
「ダメもとで申請してみたら、自分の積み重ねてきた行動が、ちゃんと評価されておまけがついてきた」そんなことがあるかもしれません。
だからこそ「使える制度は知って、動いて、活かす」。それが、将来のおひとり様老後を支える力になるのかもしれません。
内田 英子 FPオフィスツクル代表

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