老後に待ち受けるさまざまなライフイベント。そこには「お金では解決できない問題」もあるようです。定年前の段階で3,000万円を蓄える中田俊夫さん(仮名・59歳)は「定年後が不安です」とポツリ。その理由は、約1年前から始まった義父との同居生活でした……。中田さんの事例をもとに、老後の親との同居生活におけるリスクとその対策をみていきましょう。辻本剛士CFPが解説します。

盤石の老後のはずが…59歳サラリーマンの“悩みのタネ”

年収950万円のサラリーマン中田俊夫さん(仮名・59歳)は、妻と息子の3人家族です。妻・陽子さん(仮名・55歳)は結婚以来、専業主婦として家庭を支えてきました。息子はすでに社会人となり、車で30分ほどの場所に1人暮らしをしています。

俊夫さんには、これまでの堅実な生活で築いた3,000万円の貯蓄があるほか、定年時には1,000万円の退職金を受け取る予定です。しかし、俊夫さんは会社側からの打診もあり、定年後もリタイアするのではなく、嘱託職員として仕事を継続するつもりでした。

収入は減るものの、生活費をまかなうには十分な見通しが立っており、表面的には「安心できる老後」が約束されているように思えます。

しかし、それでも俊夫さんは、ふとした瞬間にこう漏らします。

「定年後がこわい……」

悩みのタネは84歳義父との「同居生活」

俊夫さんの不安の背景にあるのは、約1年前から始まった義父との同居生活です。

妻・陽子さんの父親である義父は、現在84歳。数年前に最愛の妻を亡くしてからというもの、心にぽっかりと穴が空いたような状態が続いていたといいます。

そんな義父の様子を見かねた陽子さんが「引き取って面倒を見たい」と言い出しました。

当初、本心では乗り気でなかった俊夫さん。しかし、義父の様子をみに妻の実家を訪ねると、元気だった義父はみるからに弱っている様子。このまま義父を見捨てることはできないと感じた俊夫さんは最終的に同居を了承。夫婦の住まいで同居することになりました。

ところが、実際に同居が始まってみると、俊夫さんは想像していた以上の精神的な負担に苛まれることとなったのでした。

思わず口からこぼれた「いつまでいるんだろう…」

義父は日中、そのほとんどをリビングで過ごします。穏やかな表情でテレビを見ている姿は一見平和ですが、俊夫さんにはその空間が徐々に「自分の居場所ではない」と感じられるようになっていきました。

食事や休憩、妻との談笑を行っていたリビングに、義父がずっといるというのは、俊夫さんにとっては「プライバシーの欠如」と感じられるものです。また、高齢の義父はテレビの音量が大きく、耳障りに感じることもしばしば。

さらに、夜型の俊夫さんに対し、義父は早寝早起きが習慣づいているため、俊夫さんがようやく寝ついたころ義父が起き出し、大音量でテレビをつけます。

(いつまでいるんだろう……)

俊夫さんは寝室で舌打ちしながら思わずそうつぶやきました。

しかし、妻の陽子さんに遠回しに伝えても「わかるけど、もうお父さんもいい歳でしょ。大切にしてあげたいの」と主張し、義父との同居を見直す気配はありません。

義父には年金もあり、同居によって家計が圧迫されることはないものの、中田さんが求めていた「定年後の静かな時間」や「自分だけの空間」は、少しずつ遠のいていきました。

「定年後もずっといるってことだよな……俺の居場所って、どこにあるんだろう」

俊夫さんが抱える不安とストレスは、徐々に限界値へ近づいていきました。

高齢世帯の4組に1組が「親と同居」

俊夫さんの悩みは、プライバシーが確保できない点にあります。

現状のままではリビングが義父の居場所となり、自宅にいても落ち着くことができません。ストレスが積み重なり、精神面への影響も気になるところです。

高齢夫婦とその親の同居に関する日本の現状

60代の夫婦が高齢の親と同居しているケースは、珍しいものではありません。少し古いデータになりますが、国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、65歳以上の高齢夫婦のうち、親と同居している割合は23.4%となっています。つまり、高齢夫婦の約4組に1組が、さらに年上の親と同居しているということです。

「人生100年時代」といわれる現代、今後もこうしたケースが増加する可能性があります。そのため、将来を見据えたライフプランには「親との同居」を想定しておくことが重要です。

中田家の「その後」

義父との同居生活が続くなかで、ストレスが限界に近づいていた俊夫さん。ある日、意を決した俊夫さんは、これまで抱えてきた不満や心のうちを改めて陽子さんに打ち明けることにしました。

努めて冷静に、不満に感じることとその改善策を述べる俊夫さん。静かに語る夫の様子に、陽子さんはハッとしました。父のことばかり気にかけ、夫がここまで我慢を重ねていたことに気づいていなかったのです。

「そんなに辛かったなんて……ごめんなさい」

陽子さんは素直に謝り、その日2人は今後の暮らしについて建設的に話し合いました。

「ルール作り」がストレスを減らす

親との同居にあたりトラブルを避けるためには、事前対策が欠かせません。なかでも重要なのが「家庭内でのルール決め」です。

たとえば次のようなルールを決めておくと、同居によるトラブルを避けやすくなるでしょう。

  • 金銭面の負担割合や支出に関するルール
  • リビングや浴室など、共有スペースの使用時間や優先順位に関するルール
  • 食事の準備・片づけなど、家事分担に関するルール
  • 生活音への配慮など、日常生活における注意事項

義父を交えた話し合いの結果

中田夫婦は、義父も交えて3人で話し合う場を設けました。義父もまた、リビングに長居していることで気を遣わせていると感じていたようです。誤解やコミュニケーション不足が解消され、話し合いは穏やかに進みました。

そして中田家は、家全体の暮らしやすさを見直すことにしました。義父にはすでに個室がありましたが、これを機に義父の部屋のリフォームを行いより快適な空間に。さらに、小さいながらテレビを設置することで、義父が自室で過ごす時間も自然と増えていきました。

義父のリビング占有時間が減ったことで、俊夫さんも自分の居場所を感じられるようになり、精神的な負担も少しずつ和らいでいきました。

また、金銭面のルールづくりも行い、光熱費などの生活費は夫婦で按分したうえで、義父の年金からも一部負担してもらう形で合意しました。

精神面だけでなく、経済的なモヤモヤもクリアになったことで、中田さんの表情にも少しずつ穏やかさが戻っていきます。

「いつまでいるんだろう」

そんな言葉がふと浮かぶことも、いまではほとんどなくなりました。それは、きちんと話し合い、お互いを理解し合えたからこそ得られた変化です。

辻本 剛士 神戸・辻本FP合同会社 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)