
世界ラリー選手権を制覇するために生まれたスバルのスーパーウエポン
毎月2回のペースで開催されるイギリスの老舗オークションハウス「アイコニック・オークショネアズ」が主催するオンラインオークションは、クラシックカーから現行車に至るまで、さまざまな車種が出展されることで知られています。2025年5月29日の催しには、WRC(世界ラリー選手権)の輝かしい戦績を背景に、ヨーロッパでスバルの知名度向上に貢献したスーパーウェポン、初代スバル「インプレッサWRX」のエントリーがありました。今回はその歴史を振り返るとともに、オークション結果についても紹介しましょう。
新生スバルの第2弾はブランドイメージの若返りも開発のテーマだった
1980年代後半、富士重工業(現・スバル)は深刻な経営難に直面していました。その危機を救った初代レガシィの成功です。そのレガシィの新世代プラットフォームをベースに、よりコンパクトなCセグメントモデルとして登場したのが初代インプレッサです。
とくに1992年にデビューを果たした初代インプレッサは大ヒットしたレガシィに続く、新世代スバルの第2作で、購入層とブランドイメージの若返りも開発テーマのひとつでした。丸みを帯びた柔らかなスタイルは、セダンとしての基本性能を兼ね備えながら、従来のスバル車よりも若々しく、親しみやすい雰囲気を醸し出していました。
発売当初はセダンとスポーツワゴンの2タイプで、EJ20、EJ18、EJ16、EJ15の4種類のエンジンを設定。多様なニーズに応えるワイドバリエーション体制が整っています。さらに1995年には、アメリカでセレクタリーカーとして用意していた2ドアクーペ「リトナ」や、車高をやや高め、流行のSUVスタイルに仕立てた「グラベルEX」、レトロな外観を持つ「カサブランカ」などを次々と投入し、鮮度をキープ。これらの派生モデルは、従来のスバルユーザーとは異なる層に強くアピールしました。
WRCマニファクチャラーズタイトルを1995〜1997年で3連覇
イメージ戦略のもうひとつの核となったのがWRC(世界ラリー選手権)で勝つために用意されたトップスポーツモデルのWRXの存在でした。もともとはレガシィで戦っていましたが、シリーズ制覇のためにはよりコンパクトなボディにハイパワーエンジンを搭載する必要があるとの判断から、インプレッサが投入されることは既定路線でした。
レガシィより約80kg軽量なボディに、熟成されたEJ20ターボエンジンと独自のシンメトリカルAWDを組み合わせたパッケージにより、運動性は格段に向上。戦闘能力を高めたWRXは1993年のデビュー戦でいきなり2位に入り、素性のよさを証明しました。さらに1994年には初勝利を含む2勝を挙げると、1995年から1997年にかけてはマニファクチャラーズ(メーカー)タイトル3連覇を達成。スバルの名前はヨーロッパ中に知れ渡ることとなりました。
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