
2018年2月8日に1期生がデビューしたことではじまったにじさんじは、2025年5月時点で日本・韓国・インドネシア・英語圏・中国などさまざまな国々を跨いで200名以上のメンバーが活動しており、日本のみならず世界の中でも随一なVTuberプロダクションとして知られている。
(関連:【画像】月ノ美兎「てんやわんや、夏。」のMV撮影オフショット)
YouTubeでの配信に端を発した彼らの動きは、徐々にさまざまなシーンを飛び越えた活動へと変化し、いつしか"YouTube"という枠を飛び越え、インスタグラムやTikTokなどの他のインターネットサービスをはじめとし、テレビ・雑誌・ラジオといったメディアでの活動、さらに音楽・ゲームを中心にしたエンタメ領域、さらに食品・コスメ・ファッションを中心にしたPR活動などインフルエンサーらしい役回りを担うようになった。
その姿や活動内容は、YouTuberという枠組みを超え、一介のタレントとして見なすことができよう。先週から数回に渡り、以前に取り上げたにじさんじのメンバーが、その後どのような存在へと変わっていったのかを書いている。今回は、にじさんじの大黒柱であり顔役ともいえよう月ノ美兎についてだ。
■それまでとは配信スタイルが大いに変化 キッカケはぽんぽこさん会話から
月ノ美兎は2025年6月30日現在、YouTubeチャンネル登録者数が142万人を数えており、にじさんじの中では葛葉、壱百満天原サロメ、叶に次いで4番目(※1)。前回の記事を執筆した2021年8月頃は70万人を突破したタイミングで、約4年のあいだでさらに約70万人の登録者を獲得、約2倍にも増加させたことになる。デビュー当時から衰えることのない支持を集めている証左といえよう。
だがその実、活動内容に目を向けてみるとすこしずつマイナーチェンジを続けており、彼女が現在も注目を浴び続けている要因となっている。
月ノは、2022年6月に突如SNSに配信休止について投稿し、その後数カ月ほどPR案件以外ではライブ配信をしない時期があった。
2022年9月23日に数カ月ぶりとなるライブ配信を行なった際には、「月ノ美兎が復帰する!」という一報を受けたリスナーが詰めかけた。ここで彼女は「今後、『路線変更した?』と思う瞬間が来るかもしれないんだけど、配信がほとんど企画か雑談になる」「動画と配信の半々になるかもしれない」と、活動内容の変更を口にしたのだ。
きっかけとなったのは、甲賀流忍者!ぽんぽこと通話をしたことだと話した。彼女から動画制作についてさまざまな情報を教えてもらった月ノは「いい刺激を受けさせてもらった。めっちゃ尊敬してる」とぽんぽこへの感謝を述べた。そして実際に彼女の活動は、まるっと変化することになった。
2025年現在の月ノ美兎は、ライブ配信を行なう頻度がグッと下がり、外での収録動画や自身のミュージックビデオの投稿頻度が増えており、言葉通りに「動画と配信が半々ほど」となっている。
2022年5月頃まではひと月に10回前後のライブ配信を行なっていたが現在では月に2~3回程度と、2022年中頃から2023年にかけてペースが下がっている。月によっては1度も行われないこともあるほどだ。
逆に、動画投稿は彼女の宣言通り投稿ペースが早くなっており、ショート動画を含めるとひと月に4本~5本前後の動画を投稿するようになった。
「ゲーム配信をする人たち(≒ストリーマー)」という認識でVTuberを知った人からすると、月ノ美兎の活動はもしかすると自身の興味範囲には入ってこず、あまり関わりがないように感じられるかもしれないが、「動画投稿をする人たち(≒YouTuber)」という視点で見れば、彼女の活動もネットクリエイターとしての在り方として捉えられるはずだ。
数少ないライブ配信についても、時たま流行りのゲームをピックアップしてプレイすることはあれど、おおよその配信は雑談がメインとなっており、自身と仲の良いメンバーからゲーム配信に誘われて参加する際にも、ゲームよりもおしゃべりが中心になっている。
反面、投稿動画の内容は多彩で、外での収録/スタジオ収録、ゲストの有無など、属性はさまざま。じつにバラエティ豊かな企画を形にし続けている。彼女の言葉を借りれば、企画・動画・雑談という3つのコンテンツを主として発信する活動が、現在の活動を表しているといえる。
ゲームのリアルタイム配信をするのみでも、歌を歌い続けるのみでも、収録・編集した動画を投稿するのみでもない、オールマイティな活動者へと変貌を遂げたのだ。
■こだわりや面白さを追求し続ける いまだ“先駆者”である月ノ美兎
もう一つ注目すべきは、彼女の音楽活動だろう。
アルバム『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』を2021年8月11日にリリースし、同年11月には初のワンマンライブを開催するなど順調な形で進んでいるかと思われていたが、その後は「歌ってみた」などカバー動画の投稿が中心となり、自身の音楽活動についてはほとんど音沙汰ない時期が続いていた。
そんななか、2024年8月28日に所属していたソニーミュージック/SACRA MUSICからのレーベル脱退を発表すると、その後はセルフプロデュースでの活動を宣言。直後に舞台俳優をミュージックビデオに起用した「てんやわんや、夏。」をリリースすると、シーンを飛び越えて注目を集めることになった。
さらに2024年12月には自身にとって初となるミニアルバムのリリースを告知、2025年2月19日に晴れてミニアルバム『310PHz』をリリースした。
同アルバムは作詞・作曲を行なうクリエイター選びから、楽曲イメージ、構想そのものに至るまで月ノ自身が担ったセルフプロデュース作品となっており、2025年7月現在までに収録された7曲のうち6曲分のミュージックビデオが公開されている。
月ノは「7曲すべてにミュージックビデオを制作しようとしており、同時進行で進めている」とも語っており、現段階でMVが公開されていない「恋星ペリコ」に関してもどこかのタイミングで投稿されるだろう。
こうした精力的な活動のなか、彼女のクリエイター気質をより強くファンに感じさせたのは、ゲーム『アルクマルチバース』を制作したことだろう。
このゲームは楽曲「アルクマルチバース」のミュージックビデオにあわせ、プレイヤーが選択肢をいくつか選ぶことで映像の内容が変わっていき、様々なエンディングへと到達・楽しむことができるマルチシナリオ形式のゲームとなっている。
イラスト、動画、ゲームシステム構築といった実制作はプロに依頼し、月ノ自身は企画とディレクションを担当。にじさんじオフィシャルストアにてミニアルバム『310PHz』を購入した際の有償特典として付属する形となったが、制作にあたっては「かなりの予算をつぎこんだ」ことを明かしている。
さらに、4月18日には3年半ぶりとなる2ndソロライブ『Paper Rabbit』を開催し、樋口楓・静凛・椎名唯華・笹木咲・弦月藤士郎といったにじさんじの豪華メンバーが出演した(※2)。
シークレットゲストとしてぽんぽこ&ピーナッツくんが出演した際には月ノ美兎もきぐるみ姿となってコラボ歌唱をおこない、他にも“大量の謎ノ美兎”や「てんやわんや、夏。」ミュージックビデオに出演した俳優ら、さらにVTuberの先輩である電脳少女シロも登場するなど、事前に告知されていた/いないに関わらず総勢8名以上のゲストが出演するユニークなライブとなった。
またこの頃には観客とのコール&レスポンスが解禁されており、ミニアルバム『310PHz』に収録されていた楽曲だけでなく、2018~19年頃に制作されたファンメイドの楽曲も披露するなど、選曲された楽曲群と内容の濃さも相まり、非常にボリューミーな内容であった。月ノ美兎を長く応援してきたファンから、最近ファンになったリスナーまで含めて「全員を納得させよう」という野心すら感じさせる一夜となったのだ。
そもそもVTuber~バーチャルタレントの多くはネットカルチャーから様々な影響を受けた存在でありつつ、同時に「前例のないタレント業」でもあることはより知られるべきだ。
筆者はこの原稿の中で、月ノがライブ配信を休止し、一時期活動がローペースになり、ふたたびライブ配信を再開したタイミングを「月ノ美兎が“復帰”する」と書いた。実際、当時もそのように捉えたファンは多く、その時点で「VTuberはライブ配信をするもの」というイメージが一定程度広がっていたといえる。
月ノはそのような固定化したイメージから離れるようにして、動画投稿に重きを置くようになった。だがライブ配信が少なくなった彼女に対して「活動していない」と見なす声はほとんどない。
活動内容を変え、周知し、行動で納得させる。月ノが持つそのパワーは計り知れず、「月ノ美兎を追うフォロワー」が途絶えないのも納得だ。にじさんじのなかだけでも、ここ数年でデビューしているバーチャル・タレント・アカデミー出身の面々から「デビューするきっかけになった」「憧れ・原点」として名前があがっており、いまだ大きな影響力を持っている。
シーンに漂うある種のトレンドや定番戦略からは一定の距離をおき、自身の中から湧き上がってくる「やりたいこと」を留めることなく、推し進める。音楽メジャーレーベルとの契約を破棄してまでセルフプロデュースを志し、自身のフィーリングを奥深くまで追求していく。そういったスタンスが、ここ数年における月ノ美兎の大きな変化、そしてオリジナリティの発揮へとつながっている。
月ノ美兎のマルチタレント性やアイデアには底が見えない。彼女はどこへ向かい、どこまで行ってしまうのだろうか? 今後も彼女の活躍を楽しみにしたい。
最後に、にじさんじを中心に取り扱ってきた本連載は月ノ美兎の現況について触れる今回までとなる。
本連載をスタートさせた2021年7月末から約4年ほどで、ここで主に取り上げたにじさんじを中心にしたVTuber~バーチャルタレントという新たな存在は、インターネットカルチャーを彩り、拡大し、深みを増していった。
もはや彼らの存在はネットカルチャーにおける傍流ではなく、無視することができないセンター役を担うまでとなり、新たなシーンやカルチャーを作り上げたのは間違いない。今後どのような変化が訪れていくのかは、筆者だけでなく読者ひとりひとりが注視し、さまざまなアクションに一喜一憂しながら楽しんでいくことになるだろう。
※1:https://www.nijisanji.jp/talents?filter=nijisanji&orderKey=subscriber_count&order=desc
※2:https://magazine.anycolor.co.jp/articles/177182587
(文=草野虹)

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