
Netflixは、世界的な「ストリーミング戦争」の最前線で、その投資規模と、コンテンツとテクノロジーとの高い融合を武器に業界を牽(けん)引している。2025年のコンテンツ投資額は約180億ドル(約2兆7000億円)に達する見通しで、2024年の162億ドルから11%増加した。これは動画配信サービスの中でも最大級で、オリジナル作品への積極投資によって競合他社との差別化を図っている。
こうした中で日本から生まれた大ヒット作品が、2024年7月に公開した『地面師たち』だ。Netflixの国内TV番組TOP10で5週連続トップを獲得し、グローバルでも、15の国・地域でトップ10入りを果たした。
Netflixでは他にも『全裸監督』や『新幹線大爆破』など日本発の作品が世界的ヒットにつながっており、日本のクリエイターを世界に広める役割も果たしている。アニメばかりが話題になる昨今、日本の実写ドラマ制作の実力はどうなのか。その未来は?
前編【Netflix『地面師たち』プロデューサーに聞く 「次が気になって仕方ない」の作り方】に引き続き、同社で『地面師たち』を担当した髙橋信一プロデューサーに聞いた。
●日本の現場力とクリエイティブ 世界で戦える?
――髙橋プロデューサーから見て、日本のコンテンツ制作にはまだまだ世界的な作品を生む可能性があると感じていますか。
日本のコンテンツ制作にはまだまだ世界的な可能性があると強く感じています。まず前提として、日本のクリエイターやスタッフのクリエイティブのレベルは、オリジナル作品でも原作ものでも、本当に世界有数の高さだと思っています。
日本の現場は、限られた予算やタイトなスケジュールの中でも、クオリティの高いものを効率よく作り上げるノウハウがありますし、細部にまでこだわる職人気質や現場力が強みです。これは他国と比べても決して劣るものではなく、むしろ日本独自の文化や現場の柔軟性が大きな武器になっていると感じています。
一方で、制作システムやアプローチは国ごとに違いがあります。韓国や米国と比べても、日本独自のやり方があり、どちらが優れているというより、それぞれに最適化された方法があるだけだと思います。
ただ、世界展開を考えると、やはり言語の壁は大きいです。日本語は日本国内でしか基本的に使われないため、世界的に見るとターゲットの分母は小さくなります。しかし、ビジネスとしては日本国内で十分に成立するモデルがあり、私自身も前職で映画ビジネスに携わってきた経験から、日本市場で完結できる強みも理解しています。
●「日本の視点」を世界に広げる挑戦
――旧来のテレビと、Netflixのようなグローバルな動画配信サービスとでは、制作に対する考え方の違いはありますか。
Netflixのようなグローバルな動画配信サービスが登場したことで、日本の作品が世界中の視聴者に届く環境が整いました。しかし私たちは、「海外向けの作品を作る」というより、まずは日本の視聴者に向けて「見たことのない物語」や「新しい映像体験」を届けたいという思いを大切にしています。
『地面師たち』の大根仁監督が「半径5メートル、10メートルの中で起こる事件」を題材にしたいと話したのも、日本の視聴者のリアリティや共感を大切にしているからです。まず日本の視聴者に「こんな作品があるんだ」「次はどうなるんだろう」とワクワクしてもらえることが、結果的に世界の視聴者にも響くのではないかと考えています。
その上で、Netflixを通じて世界のより多くの方に見ていただきたい思いも当然あります。ですから、作品のコアや本質を損なわない範囲で、「ここはもう少し分かりやすくしたほうがいいのでは」といった工夫は、常に意識しています。
ただ、無理に海外向けに合わせることはしません。例えば『地面師たち』のような日本独自の不動産詐欺や商慣習、商取引の書類などは、海外の方には分かりにくい部分もありますが、そこを細かく説明しすぎると物語が破綻してしまいます。そこで、「土地取引を巡る何かの駆け引きが行われている」ということが伝わるような演出や、キャラクターの感情を通じて普遍的なテーマを感じてもらえるような工夫をしています。
――配信サービス各社の「ストリーミング戦争」とも呼ばれる現在の状況について、Netflixはオリジナル作品で勝負している印象があります。その方針について教えてください。
大根監督とは2024年に、当社と5年契約を締結しました。私たちは「作品で勝負する」方針を大切にしています。各社ごとにさまざまな戦略があるとは思いますが、私たちのチームとしては、日本でいかに面白いオリジナル作品を生み出していくかに注力しています。
『地面師たち』もそうですし、過去には『全裸監督』のような作品もありました。日本の視聴者に「こんな作品が作れるんだ」と驚いていただきたい、という思いが根底にあります。それが口コミとなって広がり、「次はNetflixでどんな作品が観(み)られるんだろう」という期待につながっているのだと思います。
●多様なアプローチで視聴者に訴求
――『地面師たち』や『全裸監督』のように、Netflixではいわゆる“アウトロー”な題材も扱っていますが、結果的にはそこがヒットにもつながっています。こうした作品を扱う上でのコンプライアンス面などの判断をどのように考えていますか。
『地面師たち』では一つ一つの表現について、大根監督と「なぜこの表現が必要なのか」を徹底的に議論し、ハラスメントや暴力表現も含めて物語としての必要性をしっかりと確認しながら、どこまで描くかを丁寧に決めていきました。もちろん、それが視聴者にどう伝わるかは常に気にしていますが、だからこそ今回も大きな炎上は起きなかったのではないかと思っています。クリエイティブへの思いが、きちんと伝わった結果だと感じています。
また、Netflixの日本発コンテンツは、確かにエッジの効いた作品も多いですが、それだけではありません。例えば『シティーハンター』や『幽☆遊☆白書』のように、人気漫画の映像化や、王道のラブロマンスである『First Love 初恋』のような作品も手掛けています。視聴者が本当に見たいものは何かを常に考え、王道からエッジの効いたものまで、さまざまなアプローチで企画提案をしています。
――髙橋プロデューサーの判断が作品の行方を大きく左右する、とても責任のあるお仕事だと思います。
そう言っていただけるのはありがたいですが、やはり一番大きいのはクリエイターの力です。『地面師たち』で言えば大根監督、『極悪女王』で言えば白石和彌監督など、クリエイターの皆さんがやりたいことを、私たちがいかに視聴者に伝わる形で最大化できるか、映像化をサポートできるかが私の役割であり、喜びでもあります。その結果として大きな反響が生まれることが、今は何よりもうれしいですね。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)

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