日本でも民間企業に加え、国でも大型のデジタル活用プロジェクトが増えている。デジタルガバメント、半導体開発支援、AI開発などだ。背景には、デジタル技術が、あらゆる産業や社会基盤を「創造的に破壊」する力を持つことを、多くの日本人が「実感」したことがある。デジタル変革(DX)が日常となり、基本的な活用法は教養となりつつある状況だ。

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 そんな中、日本の義務教育過程は、5年前からDXに踏み出している。代表的なのが「GIGAスクール構想」だ。コロナ禍にあった2020年度以降、全国の小中学生に一人1台の端末とクラウド環境を配備し、全ての学校がインターネットに接続できる環境を整えている。当時の文部科学大臣は、その狙いを以下のように伝えている。

 「(中略)公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものとし、(中略)授業準備や成績処理などの負担軽減にも資するものであり、学校における働き方改革にもつなげる」(GIGAスクール構想について 文部科学大臣からのメッセージより抜粋)

 教育現場は、コロナ禍対策の緊急避難ではなく、日常的なデジタル活用をめざしている。では、現時点の歩みはどうか。われわれは独自に市場調査で定点観測を続けている。その実感からいえば、デジタルの日常活用はまだまだ道半ばというのが本音だ。環境整備も課題が残るが、特に教員の活用習熟度が「ばらついていること」に課題を感じる。教員の負担を軽減する狙いに対して、実際うまく活用できない、手応えがない、活用する自信がないと感じる教員が多い。

 しかし、これらが教育DXを止める理由になるだろうか。学力低下を理由に、スウェーデンでは最近、デジタル教科書を廃止する政策に変更した。その動きに焦点を当て、子どもの健康や発育への懸念も交えて学校のアナログ回帰を支持するような論調が増えている。筆者は、その傾向に強い懸念を覚える。

 ツールには必ずメリットとデメリットがある。議論や点検は必要で、特に子どもの健康や発育へのリスクは注視しなければならない。しかし、教育デジタル先進国といわれたスウェーデンの政策展開の背景を良く理解せず、性急に教育をアナログ回帰させるという主張は、短絡的すぎるのではないか。

 新連載「日本のデジタル教育を止めるな」では、MM総研が実施した海外を含む取材や調査を通じ「教育アナログ回帰論」は日本の子どもたちにとって妥当なのか検証していきたい。まず民間ITの視点からGIGAスクール構想には子どもたちや教育の現場にどのようなメリットがあるのか、一つの可能性を検証する。

タブレット活用で学習意欲は高まった?

 日本の子どもは、学力は高いものの、学びへのモチベーションが低いという課題を長年抱えていると指摘される。OECD(経済協力開発機構)が実施するPISA(生徒の国際学習到達度調査)においても、こうした傾向は他の東アジア諸国とともに指摘されている。

 こうした中、MM総研が実施した調査により、教育におけるICTの活用が学びへのモチベーション向上につながる可能性が示唆された。同調査では、中学3年生から大学生を対象にWebアンケートを実施。中学生時代のPCやタブレットの学校での利用状況について尋ねた。

 現在、授業で端末を活用している中学3年生および高校1年生を「GIGA世代」と定義。一方、GIGAスクール構想が本格導入される前の2020年度以前に中学時代を過ごし、現在大学生となっている回答者を「非GIGA世代」として分析した。その結果「PCやタブレットを使った学習の方が楽しい」と回答した割合は、GIGA世代が非GIGA世代を8ポイント上回った。「グループワークやペアワークが増えた」と答えた割合も、GIGA世代の方が14ポイント高かった(データ1)。

 GIGAスクール構想では「主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善」を施策の目的として掲げている。従来、日本の学校では、教師が一方的に生徒に話す一斉授業が一般的な授業形態だった。しかしICTの導入により、グループワークやペアワークといった対話的な学習の機会が増え、従来の「当たり前」だった授業スタイルが変化しつつある。こうした変化が、生徒自身の楽しいという実感につながっていると考えられる。

 ICTに関連した課題として、国内の産業界では年々IT人材の不足が深刻化している。経済産業省は、2030年には約79万人のIT人材が不足すると推計している。社会全体でデジタル化が進む一方で、人材不足がボトルネックとなっているのが現状だ。

 教育ICTの長期的な効果の一つとして、IT人材不足への対応が挙げられる。今回の調査では、新しい技術を積極的に取り入れる企業で働きたいかを尋ねたところ、「働きたい」と回答した割合はGIGA世代で55%、非GIGA世代では48%となり、7ポイントの差にとどまった(データ2)。

 一方で「PCやタブレットを使った学習の方が楽しい」と答えた回答者では、デジタル職種に興味のある割合が61%と高く、「楽しいと思わない」と答えた回答者と比較すると、25ポイントの差が開いた(データ3)。世代間の比較ではわずかな差にとどまったものの、PCやタブレットを活用することで学習意欲が高まった子どもほど、IT関連の職業への関心も高い傾向がみられた。授業におけるICTの効果的な活用が、将来的にデジタル職種への興味を高める可能性が示唆される。

 このように教育ICTは、日本が長年抱えてきた課題に対して一定の効果を示している可能性がある。確かに、現状では国内の教育ICTはまだ発展途上であり、全ての学校で「理想的な」活用が実現しているわけではない。導入の現場では混乱や反発が生じることもあるだろう。

 また、先述のように、教育ICTに対して懐疑的な論調もある。こうした背景を踏まえ、連載「日本のデジタル教育を止めるな」では「教育アナログ回帰論」は日本にとって妥当なのか、海外教育関係者への取材やデータ収集を通じて客観的に再検証をしたい。

 ツール導入を促す前提ではなく、教育現場のキーパーソンである教員の目線を重視した国際比較調査などを通じて、活用時の課題解決の糸口を提示したい。

(MM総研中村成希、MM総研正置彩花)

日本の義務教育過程は、5年前からDXに踏み出している