
高品質で尖った映画群を世に送りだすスタジオ、NEON(ネオン)が北米配給を手掛け、全米興収トップ10に4週連続でランクイン。修道院を舞台にした狂気のオカルトホラー『IMMACULATE 聖なる胎動』がいよいよ7月18日(金)より全国公開となる。
【写真を見る】オカルト現象と宗教的儀式をいち早く取り入れた修道院ホラーの原点『尼僧ヨアンナ』
キリスト教に仕える者たちが共同生活を送る神聖な場所でありながら、世俗から隔絶された閉鎖空間でもある修道院。映画の世界では、同所を静謐さと不気味さの絶妙なコントラストで描き、我々観客に深い心理的緊張と特別な戦慄を与えてきた。独特の儀式や慣習が登場し、「信仰」「禁忌」「純潔」「悪魔」といった宗教的モチーフが恐怖に絡んでいく。
本稿では『IMMACULATE』の公開にちなんで、数多い“修道院もの”のホラー&スリラー映画のなかから選りすぐりの必見作を、最近の話題作からクラシックな名作まで幅広く紹介したい。
■悪魔のシスター、ヴァラクのルーツに迫る『死霊館のシスター』(18)
俊才ヒットメーカー、ジェームズ・ワンが製作を務める「死霊館」ユニバースの第5作。『死霊館 エンフィールド事件』(16)に登場した悪魔のシスター、ヴァラクのルーツに迫るスピンオフな前日譚だ。
物語は1952年、ルーマニアの聖カルタ修道院で一人のシスターが自ら命を絶った事件が発端となる。この真相を調査するため、バーク神父(デミアン・ビチル)と見習い修道女アイリーン(タイッサ・ファーミガ)がバチカンから派遣。2人はやがて、決して関わってはならない最恐の元凶的存在、ヴァラクの強大で邪悪な力と対決することになる。
修道院という舞台がホラーハウスと化し、悪魔的な攻撃性が露わになるアクションホラーとしての魅力が「死霊館」ユニバースの醍醐味。本作では東欧ルーマニアの暗い歴史と共に不気味な宗教的テーマを探究しながら、恐怖と冒険が調和したパワフルなエンタテインメントを実現させた。続編『死霊館のシスター 呪いの秘密』(23)も同様にハイボルテージでコワおもしろい!
■若い修道女が教会内の陰謀や権力争い、恐ろしい試みに巻き込まれる『オーメン:ザ・ファースト』(24)
ホラー映画史上に燦然と輝く1976年の名作『オーメン』の前日譚として、悪魔の子ダミアンの誕生とその背後に潜む教会の陰謀を描いたシリーズ最新作。『オーメン』のフランチャイズ映画としては、2006年の第1作のリメイク版以来となる18年ぶりの新作となった。
時代背景は反体制的な若者たちによるデモ活動など“政治の季節”が燃え上がり、教会や信仰の影響力が弱まっていた1971年。イタリア・ローマのカトリック教会内の施設に若いアメリカ人女性のマーガレット(ネル・タイガー・フリー)がやって来て、修道女としての新たな人生を始める。ところがこの修道院では陰湿な監禁やシスターの焼身&首吊り自殺など、次々と不可解な事件や厄災が勃発。マーガレットは教会内の反キリスト派による暗い陰謀や権力争い、悪魔の力を具現化しようとする恐ろしい試みに巻き込まれていく。
2024年4月5日に全米公開された本作は、ちょうど近い時期に公開された『IMMACULATE』(同年3月22日)と頻繁に比較された。キリスト教の新約聖書に記された「処女懐胎」をモチーフとする性的抑圧や暴力、悪魔憑きといった要素や、アメリカからイタリアにやって来た修道女を主人公とする基本のストーリーラインもよく似ている。共に「ナンスプロイテーション映画」と呼ばれる、修道女や女子修道院を主題としたセンセーショナルなジャンル映画の最新ヒット作として双璧の存在となったのだ。
もちろん本作は「オーメン」シリーズならではのゴシックな映像や音楽の重厚感、悪魔の数字「666」の象徴性など禍々しい魅力も横溢。『IMMACULATE』とあわせて観るにはうってつけの1本である。
■聖女として崇められる修道女が絶大な権力を手にした実話を描く『ベネデッタ』(21)
『ロボコップ』(87)や『氷の微笑』(92)、『エル ELLE』(16)などの鬼才監督、ポール・ヴァーホーベンが84歳にして放った衝撃作。17世紀イタリアの修道院を舞台に、実在した伝説の修道女ベネデッタ・カルリーニの数奇な半生を基にした伝記映画にして異色スリラーだ。
聖母マリアと対話し、奇蹟を起こすとされていたベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)は、6歳で出家してテアティノ修道院に入る。やがて成人した彼女は修道院に逃げ込んできた若い女性バルトロメア(ダフネ・パタキア)を助け、秘密の愛の関係を深めていく。そんななか、「私はイエス・キリストの花嫁」だと主張し始めたベネデッタは新たな修道院長に就任。民衆から聖女と崇められ、強大な権力を手にしていく。
とにかく目を引くのはベネデッタの強烈なキャラクターだ。本当か嘘かわからぬ幻視の力を発揮し、禁忌とされていた同性愛に耽り、粗野で荒々しいカリスマ性を発揮。パワータイプの世界変革者とも、一種のトリックスターと言えるが、結果的にカトリック教会の男性優位や欺瞞を糾弾していく。核にあるのは制度的な抑圧をぶっ壊すアナーキズム。実にヴァーホーベンらしい“修道院もの”だ。2021年の第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも出品されて、賛否両論の大反響を巻き起こした。
■「尼僧が悪魔に取り憑かれる」という設定をいち早く扱った『尼僧ヨアンナ』(60)
偉大なアート映画にして修道院ホラーの原点の一つ。ポーランドの巨匠、イェジー・カワレロウィッチ監督(1922年生~2007年没)が、「尼僧が悪魔に取り憑かれる」という驚愕のオカルト現象と宗教的儀式をいち早く濃厚に扱った名作だ。人間の矛盾や信仰の試練などが主題となり、光と影のコントラストが利いたモノクローム映像と前衛的な演出スタイルで描かれる。
舞台となるのは17世紀半ばのポーランドの修道院。悪魔に憑かれた、若く美しい修道院長ヨアンナ(ルチーナ・ヴィニエツカ)と、それを祓おうとするスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)の関係が物語の軸となる。2人は苦行を通じてしだいに親密さを増し、信仰と欲望の間で揺れる心理的葛藤が浮き彫りになっていく。
「ナンスプロイテーション映画」(『オーメン:ザ・ファースト』の項参照)の先駆的な1本と見做されているほか、悪魔憑きや悪魔祓いというモチーフは『エクソシスト』(73)にも先駆けている。1961年の第14回カンヌ国際映画祭では審査員特別賞を受賞。また、日本では尖鋭的な作品群を世に送りだしていた映画会社、ATG(日本アート・シアター・ギルド)の第1回配給作品としても知られている。
■聖母マリアとして崇められた修道女が恐怖の迷路へと陥ってしまう『IMMACULATE 聖なる胎動』(24)
主演は『恋するプリテンダー』(23)やドラマシリーズ「ユーフォリア/EUPHORIA」などで人気絶頂のシドニー・スウィーニー。聖母マリアが純潔のまま聖霊によってイエス・キリストを身ごもったという「処女懐胎」をモチーフに、敬虔な修道女を襲う恐怖を描く。監督は『観察者』(21)でもスウィーニーとタッグを組んだ新鋭マイケル・モーハンが務める。
舞台はイタリアの田園地帯に佇む修道院。アメリカのデトロイト郊外の教区から遥々やって来た修道女セシリア(スウィーニー)は、処女でありながら妊娠していることが判明。周囲の人々は彼女を次の聖母マリアとして崇め祝福する。だがやがて修道院の中では次々と不気味な出来事が発生し、祝福は呪いへと姿を変えていく…。
修道女の自殺や拷問、そして赤いフードを纏った謎の集団の出現。まるで修道院全体が一つの生ける悪夢へと変貌していくかのような展開がショッキングだ。閉ざされた空間である修道院は恐怖の迷路として機能する。
モーハン監督は、神聖でありながら人間の欲望と狂気が交錯する修道院の二面性をエンタテインメントとして鮮烈に描きだした。美しい田園風景とそのなかに潜む暗黒、聖なるものと冒涜的なものが交わる場面のコントラストが、観客に忘れられない印象を残す。
修道院という特別な場所を舞台に、敬虔な信仰と恐怖がぶつかり合うホラー&スリラーの真髄。『IMMACULATE 聖なる胎動』ほか、悪夢のような戦慄の体験に身を委ねてみるのはいかがだろう。
文/森直人

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