中国で、静かに、しかし確実にある言葉が広まっている。「潤(ルン)」――それは「国外脱出」を意味するネットスラングだ。その背景にあるのは、若者の不安や社会への不満。激化する競争、そして言論統制の強化など、中国社会の「現状」から抜け出そうとする「潤」の波は、一般市民だけでなく、富裕層にも及んでいる。では、実際に日本へ「潤」を実現した人々は、どのような生活を築いているのだろうか――。舛友雄大氏の著書『潤日(ルンリィー):日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)より、中央区のタワマンに住まう李氏へのインタビューから、その実態に迫る。

知られざるタワマン生活の実態

李氏は取材で知り合ったある新華僑の男性に紹介してもらった。初めて会った日、彼は自身の住むタワマンの部屋に私を招き入れてくれた。小柄な李氏の顔は岩のようにゴツゴツした質感があり、目鼻立ちがくっきりしている。玄関に入ると、まずは新品の簡易スリッパバリバリと音をたてながら袋から出してくれ、それを床ではなくなぜか土間に置いた。日本に来て日が浅いことを感じさせ、私は目を丸くした。

すぐ近くの公立小に通う小学2年生の一人息子と2人で住んでいるそうで、部屋の中は雑然としている。座ったリビングのテーブルにも2人分の日本語の教科書が積み上がっていた。3LDKで、専有面積は75平米(中国の基準だと102平米との補足説明があった)。

大きな窓の外はシティビューでそれなりに見晴らしがいい。2023年7月に来日したばかりだという。

──なぜ、この場所を選んだんですか?

中央区は静かですから。港区を含めてたくさん下見に行きましたが、ここは景色が魅力的でした。学校も近いし。あと、内覧に来たときに、日本人や中国人だけでなく、イタリア人やドイツ人もいて国際的だったので、ここに決めました。文京区で一戸建も見たんですが、一戸建ての中は雰囲気が重苦しいです。

日本のタワマンは共有スペースが充実していると評価する。1階のラウンジが特にお気に入りだそうだ。お邪魔してみると、スタバのような心地よい雰囲気が漂っていた。テーブル間は十分なスペースが取られており、実に快適そうだった。ここは賃貸で、今ちょうど新築マンション物件の購入に向けて準備を進めているのだという。

申込中のタワマン

千代田区、皇居のあたりですね。あとは(新宿区高田馬場のタワマン。その2軒を今申し込んでいます。価格は3億円くらいです。

──けっこう高いですね?

いえいえ、3億円だったら北京だと何も買えません。この部屋のような物件ですらね。

李氏はハルビン出身で、来日するまでの十数年間は西安に身を置いていた。石油化学会社に長く勤めてきたのだという。エネルギー関係と聞いて、政府と何らかのコネがあるのだろうと想像したが、初対面なので流石にそこまでは突っ込んでは聞けない。

──そもそもなぜ来日を決めたんですか?

「養老(ヤンラオ)」(老後を過ごすこと)したかったんですよ。空気がきれいじゃないですか。医療も整ってますよね。シンガポールと日本が2トップですよ。友人がここ(日本)で手術してうまくいったんです。日本は長寿国です。食品安全もしっかりしている。りんごを買うとちゃんと腐りますよね。中国だと腐らないんです。農薬を使いまくってますから。

その他の理由として、子供の教育や、日本での投資会社設立を挙げる。

舛友 雄大 中国・東南アジア専門ジャーナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)