6月24日に発表された韓国企業による広告代理店大手ADKグループ(旧アサツー ディ・ケイ)の買収が、広告・メディア業界に衝撃を与えている。

【画像を見る】当初ADK(旧アサツー ディ・ケイ)が公開したプレスリリース

 ADKは2010年代後半まで電通・博報堂につぐ業界3位の位置にあり、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」などのテレビアニメ事業に参画、「サザエさん」などを制作するエイケンもグループに擁するなど、テレビアニメ関連事業にも強いとされてきた。それがPUBGを運営する韓国KRAFTONにわずか750億円で買収されたのだ。

 ADKをはじめとした大手広告代理店がテレビアニメとどのように関わり、現在そのIP(著作権)によってどのようなビジネスの可能性があるのか、その詳細は紹介される機会が少ない(広告代理店もその名の通りクライアント企業の「代理」という立場を取っているので自ら吹聴しない)。

 結果として「テレビアニメ制作現場におカネが落ちてこないのは、代理店が中抜きをしているからだ」といった誤った俗説がまことしやかにネット上で流布されることもある。今回の買収がどんなインパクトを持っているのかを理解するには、まず広告代理店がメディアに対してどんな仕事をしているのかを把握する必要があるだろう。

 そもそも広告代理店の事業の根幹は、テレビ、新聞、雑誌、ネット、屋外看板などの「広告枠」を確保し、そこにクライアント企業が広告を掲載し、商品・サービスが売れることを多角的に支援するというものだ。

 広告代理店は、多種多様な広告枠をその効果も含めて管理し、メディア企業と広告掲載に向けた調整を図るだけでなく、その広告枠がより魅力的になるよう、CM制作を通じて構築したタレント事務所などとのネットワークを通じて、番組への出演者のキャスティングや、番組企画そのものにも関与している。

 テレビアニメとの関わりもそういった業務とのなかから生まれ、玩具・文具メーカーなどのスポンサー企業とアニメ制作会社、テレビ局との間を取り持つ役割を広告代理店は担ってきた。その歴史は長く、日本におけるテレビシリーズアニメの始祖である1963年放送開始の「鉄腕アトム」の萬年社までさかのぼることができる。

 かつて「東の電通、西の萬年」とまで称されたこの広告代理店1999年に自己破産)によって、虫プロのようなアニメ制作会社への制作費を、テレビ局からだけでなくスポンサー料から捻出するというビジネスモデルが確立したとされている。

 ADKもこれに倣い、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」などの企画製作にグループ会社ADKエモーションズとして関わり、国民的人気作から生まれる著作権収入や、さまざまなタイアップビジネスによる収益を確保してきた。

 2017年のベインキャピタルによるTOB(株式公開買い付け)発表時点の時価総額は約1300億円。もちろんここにはアニメ事業以外の価値も含まれるが、そこから約8年を経て買収価格だけをみればそれが半減したともいえる。なぜこうなったのだろうか?

●変わるアニメビジネス――存在意義を模索する広告代理店

 アニメビジネスは短い周期で変化にさらされ、常に対応を迫られてきた。

 例えば2005年のピーク時には全体で3700億円ほどの規模があったDVD市場が、わずか4年後の2009年には約4割減少し、アニメ関連企業も多くが苦境に陥っている。2007年にYouTubeが日本でのサービスを開始したのを皮切りに、アニメの視聴スタイルが配信に移行したのが主な要因だが、当初、視聴されていたのは無許諾で投稿されたいわゆる海賊版が中心だった。

 これが2015年にNetflixAmazon Prime Videoが日本上陸を果たすと、ほとんどのテレビアニメが公式に配信サービスで視聴可能になっていく。都度課金ではなくサブスクリプション(定額)モデルを武器に世界規模でユーザーを増やしていた外資大手が、カタログが充実しており、かつ毎クール大量に(年間200~300タイトル)新作が生まれる日本のアニメの調達に積極的に取り組んだからだ。

 もちろん国内でテレビ放送されることには引き続き価値はある。Netflixがアニメのオリジナルタイトルを積極的に、しかも直接に、有力スタジオから調達をはじめた際には「テレビ放送や製作委員会方式に取って代わるのではないか」と見る向きもあったがそうはなっていない。特別な契約がなくても無料で視聴が可能な毎週のテレビ放送、そして1週間のインターバルの間にSNSでの話題と注目を喚起し、ほぼサイマル(同時)に海外配信されるというテレビ放送を起点としたルーティンはアニメビジネスの成功モデルとして現在も盤石なものだ。

 ただし、広告代理店に目を移すと事情は変わってくる。そもそも深夜帯の放送枠のアニメの多くは、放送枠を確保している広告代理店が中心となってスポンサーを獲得し企画・製作を進めるという「スポンサーモデル」を採用していない。視聴率が低く、スポンサー企業が集めにくいこの時間帯の放送枠をアニメ関連企業が組成する製作委員会が購入し、30分間の間に流すCMも含めて番組コンテンツを納品するという形を取ることがほとんどで、広告代理店がそこに加わる必然性は薄い。

 ADKに長年利益をもたらしてきた「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」といった作品は、ゴールデンタイム帯、学校から帰ってきた子どもたちと親が夕食を取りながら視聴する=比較的視聴率が高い放送枠での展開を前提に、スポンサーモデルの優等生として存在感を放っていた。ADKグループであるエイケン社が制作する「サザエさん」は1997年まで週二回、「ドラえもん」は2019年まで金曜日のゴールデンタイムに放送されていたことからも、広告代理店にとってもドル箱であったことが分かる。

 しかし少子高齢化と、配信サービスの台頭によって、子ども向けテレビアニメの国内での黄金時代は終わりを迎えた。もちろんアジア圏ではかつての日本のベビーブームのような状態にある国も幾つかあるが、国や地域毎にビジネスドメインが区分されている放送やそこに付随する広告ビジネスにおいて、国内の広告代理店が直接参入することは難しい。電通、博報堂、ADKといった広告代理店大手は、この分野での事業の在り方の転換を模索してきたというのがここ10年ほどの動きだった。

 テレビアニメに強い関わりを持つ広告代理店の在り方が転換したことを象徴する出来事が、2019年のバンダイナムコホールディングス(BNH)による老舗広告代理店「創通」の買収だ。

 1979年放送の「機動戦士ガンダム」の企画・製作に携わり、放送後もシリーズ作も含め版権管理、特にガンプラの権利をサンライズと保有していた創通は、その資本をもとに深夜アニメも含めたアニメビジネスにも積極的に参加してきたが、ついに巨大なIPホルダーであるBNHによって買収されたことに時代の潮目が変わったことを感じた関係者は多い。

 なおガンダム関連の著作権の機動的な運用を目指すBNHは、2022年には子会社サンライズバンダイナムコフィルムワークスとして別の子会社と統合した。機動戦士ガンダムGQuuuuuuXのようないわゆるファーストガンダムのさまざまな要素=版権がかなり自由に引用される作品展開が可能になったのもこれらの動きあってこそともいえる。

●シナジーが生まれなかったアニメ制作会社の買収

 ADKももちろん環境の変化への対応を試みてきた。子ども向けアニメだけでなく、深夜帯の作品製作に関わるべく2016年にはアニメ制作会社ゴンゾを約62億円で買収している。

 ただ「青の6号」「戦闘妖精雪風」などCGアニメ黎明期の名作を擁するゴンゾだが、2009年のマザーズ市場からの上場廃止の前後に、制作ラインのほとんどを手放しており(ADK傘下のスタジオKAIはその係累の1つにあたる)、新作を制作する能力は保持しておらずADKのもくろみは結果から見れば外れてしまった。

 この他にも傘下のエイケンは2013年まで「サザエさん」をセル・フィルムで制作を続けていた老舗であり、「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」など人気作を擁する日本アドシステムズNAS)も、海外配信大手から求められるようなカッティングエッジな作品を作ることは得意としていない。ベインキャピタルによって得られた資本をアニメ事業の転換に充てたくても、なかなかそのためのカードが揃わないという時期が続いていた。

 ADKは2019年には本業の広告売上高でインターネット広告大手サイバーエージェントに逆転されている。虎の子のアニメ事業の展望が描ききれないなか、本業の今後の成長の可能性もなかなか見えない、という状況で、今回のKRAFTONによる買収を迎えたということになる。

KRAFTONの買収でADKは再起を図れるか?

 「PUBG」を展開するゲーム会社韓国KRAFTONが広告代理店大手のADKを買収したということで、「なぜ?」と感じた関係者も多かったはずだが、ここまで見てきた流れを押さえるとKRAFTONの狙いや、「協業」によるシナジーの方向性も見えてくる。彼らが目指す成功モデルの1つは順位を逆転させたサイバーエージェントにあるはずだ。

 サイバーエージェントは現在、拡大を続けてきたインターネット広告市場からの売り上げを原資に、傘下にゲーム・アニメの関連企業も多数擁している。

 比較的安定した売り上げが期待できる広告事業から得られた原資を、ボラティリティ(変動)が大きいが、ヒットすれば長くIP(著作権)からの収益が期待できるアニメ・ゲームなどのエンタメ事業に投資するという成功モデルを、KRAFTON配下となったADKもなぞろうとするはずだ。

 従来のテレビ・ラジオ・新聞といったマスメディアに対する広告事業が重視されてきた老舗広告代理店では、このボラティリティを嫌って思い切ったエンタメ関連事業への投資に踏み切れない傾向にある(もう少し踏み込んで言えば「リスクはクライアント企業が取るのものでわれわれはその支援に徹する」という企業文化があると言い換えても良いだろう)。事業全体の主導権を、エンタメ、それも外資が持つことで、海外も含めた思い切った投資、さらには組織文化の改革が図れるかが、ADKが今度こそ再び存在感を示せるかの鍵を握ることになる。