
苦労の多い子育てがひと段落すると、子どもは進学や就職をきっかけにその多くが親元を離れ、自立していきます。ただ、自立したあとも苦労は続くようで……。67歳の中山さん(仮名)は、大事に育てた“自慢の息子”に唖然。いったいなにがあったのでしょうか。株式会社FAMOREの山原美起子CFPが中山家の事例をもとに、老後資金の活用方法と贈与の注意点を解説します。
国立大卒の国家公務員…“自慢の息子”のはずが
「見損なったよ。自慢の息子だと思ってたのに……」
ため息交じりにそう漏らしたのは、中山吉雄さん(仮名・67歳)。64歳の妻と2人で暮らす吉雄さんは、年金は月26万円、預貯金も約4,000万円あり、定年後も暮らしに不自由はありません。
そんなある日のこと。息子の聡志さん(35歳)から、夫婦が住む家へ着信がありました。出てみると、「資金援助をお願いできないか」とのこと。
聡志さんは旧帝大を卒業後、国家公務員として都内で働いています。世帯年収は680万円で、専業主婦の妻と2人の子どもと4人で暮らしています。
吉雄さんは、優秀な聡志さんのことを誇りに思い、周囲に「自慢の息子です」と得意げに話すこともありました。そんな息子からの突然の“おねだり”に、吉雄さんは驚きを隠せません。
聡志さん「そろそろ家を買おうと思ってさ。子どもの教育費の準備もあるし。節約生活とかみじめだし、家族に我慢はさせたくないだろ? 頭金だけでも出してもらえないかな?」 吉雄さん「ちょっと待て。それなりの給料をもらってるんだろ? 生活設計が甘すぎるんじゃないのか?」 聡志さん「いや、贅沢はしてないつもりだけど……。ただ、いずれ相続するならいまのうちに贈与してもらったほうが助かるなって。ほら、『住宅取得資金の贈与』って知ってる? これなら、最大1,000万円まで非課税になるんだ。1,000万円くれとはいわないけどさ、こういう国の制度もあることだし……検討してもらえないかな?」息子の“おねだり”に失望…父がとった行動は
これまでも、孫の誕生や入園・入学などの折に、祝い金としてこまめに金銭的援助をしてきた吉雄さん。
「ゆくゆくは息子に少しでも多く財産を残せてやれたら」とは考えていたものの、まさか息子のほうから無心されるとは思っておらず、裏切られたような思いです。
吉雄さん「見損なったよ。自慢の息子だと思ってたのに……もう少し考え直せ」吉雄さんはそう言って、電話を切ってしまいました。
(息子を助けたい気持ちはあるが、頭金を負担してほしいだと!?……乱暴にもほどがある。俺たちは働いてるわけでもあるまいし、貯金から切り崩したら老後資金がなくなってしまう……)
息子を思う気持ちと息子の態度、そして要求金額の大きさに板挟みになり、吉雄さんは困り果ててしまいました。
そこで、資産形成を行うべきか、行う場合は金銭的に問題ないかどうか、ファイナンシャルプランナー(FP)に相談することにしました。
老後資金は“最後の砦”
聡志さんの「節約したくない」「相続よりいまもらいたい」といった発言には、親からの援助を当然視する無自覚な甘えや依存が見受けられます。
しかし、税制上の優遇措置を知っていた息子さんが、「計画的に資産を移転できれば親にとっても損な話ではない」と考えたこと自体は、見方を変えれば合理的な判断といえるかもしれません。
近年は国としても、高齢者の資産を若い世代へ移転するよう勧めています。諸条件はあるものの、親族間の贈与には以下のような制度が整備されています。
・住宅取得資金の贈与 ……最大1,000万円が非課税、省エネ住宅等が対象 ・教育資金の一括贈与 ……最大1,500万円が非課税 ・暦年贈与の非課税枠 ……年間110万円までが非課税実際、不動産流通推進センターの調査によると、マイホーム購入者の1割強が親から贈与を受けており、そのうち約4割が「1,000万円超」という高額の贈与となっています。
とはいえ、親御さんにとって老後資金は「人生の安心を支える最後の砦」です。制度を盾にそこへ踏み込まれるとなれば、抵抗感が生まれるのも無理はありません。節税の視点も大切ですが、親子それぞれの経済的自立を出発点にしなければ、健全な資産承継は叶わないでしょう。
また、PGF生命の調査では、2人に1人が「親から金銭支援を受けたことがある」にも関わらず、7割強の子どもは親の資産状況を把握していないことが明らかになっています。
お金に関する十分なコミュニケーションがなく、親の資産を譲り受けることを単なる金銭授受と考えてしまうと、たとえ普段から良好な親子関係が築けていても、お互いの認識に大きなズレが生じ、不仲やわだかまりの原因となる可能性があるため要注意です。
吉雄さんはどうすればいい?
吉雄さんから相談を受けたFPは、今回のトラブルを解決に導く方法として、下記の3つを提案しました。
1.親自身の老後資金の確保
現時点で夫婦に十分な貯蓄があるとはいえ、将来的には医療費や介護費など、突発的にまとまった支出が必要となるかもしれません。したがって、予備費を考慮したうえで、生涯にわたって資金繰りに問題がないか冷静に判断する必要があります。息子への援助の可否は、自分たちの老後資金が確保できることがわかってから判断するようにしましょう。
2.資産承継に関する親子間の話し合い
中山夫婦と聡志さんは、これまで相続や生前贈与について具体的な話し合いをしていませんでした。自分たちの「老後の暮らし方や介護の希望、資産の使い道」などを率直に伝える機会を設け、価値観を共有することから始めましょう。
3.援助の目的と条件の明確化
援助する際は「住宅購入資金として〇円を援助するが、これを最後に今後援助は行わない」など、目的や条件を明確にすることも重要です。
また、資金援助は贈与だけでなく「貸付契約」という方法もあります。この方法の場合、子に返済義務が発生することにより、「お金の重み」や「責任」を認識させ、自立を促すことができます。
中山家の「その後」
FPの助言をもとに、夫婦は後日、息子を呼んで話し合いの場を設けることに。そして、資金援助について、下記のように考えを述べました。
吉雄さん「助けたい気持ちはあるが、俺たちの老後資金にも限りがあり、慎重に使いたい。資金援助はしてやってもいいが、どうかお前たちも、身の丈にあった生活をしてお金を大事にしてもらいたい」これに対し聡志さんは素直に謝罪したうえで、次のように言いました。
聡志さん「あの日『見損なった』って言われてハッとしたんだ。あれから家計と生活設計を見直して、妻もパートを始めるって言ってる。これからは頼るばかりじゃなく、父さんたちを支える側になれるように頑張るから安心して。こないだ言ってたマイホームの頭金はいらないよ。ほんとにごめん」腹を割って話したことで、息子の心情にも変化が見られたようです。吉雄さん夫婦と聡志さんは、お互いに清々しい気持ちで話し合いを終えました。
吉雄さん「まとまった額の援助は行いませんが、これからも無理のない範囲で子や孫の助けになりたいと思います」
「年を重ねた親子関係」のあり方
消費者庁の「令和5年版 消費者白書」によると、65歳以上の約7割が「家族や友人・知人の役に立ちたい」と回答しており、年齢を重ねてもなお「家族の役に立ちたい」という思いは、多くの高齢者に共通する心情といえるでしょう。
しかし、こうした思いと「お金の話」を混同してしまうと、かえって親子の関係にひずみを生む恐れもあります。
子どもが困っていれば助けたい……そう思うのは、親としてごく自然な気持ちです。特にお金の援助は手っ取り早く、子どもにも感謝されやすいため、つい手を差し伸べたくなります。
しかし、そうした支援が常にいい結果をもたらすとは限りません。人生100年時代、老後を堅実に生きる姿を見せることも、長い人生を通じた資産形成の大切さを伝える方法のひとつといえます。年を重ねたからこそ果たせる親としての役割というのもあるはずです。
山原 美起子 株式会社FAMORE ファイナンシャル・プランナー

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