
経団連が「コンテンツ省」の設置を提言するなど、漫画・アニメ・ゲームといったエンタテインメント産業に注目が集まっている。実際、日本発のキャラクターはグローバル市場でも高い人気を誇り、IP(知的財産)としての収益は急増中だ。そうした中、コンテンツビジネスの最前線では「キャラクター経済圏」を巡る熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられている。本稿では、『キャラクター大国ニッポン 世界を食らう日本IPの力』(中山淳雄著/中央公論新社)から内容を一部抜粋・再編集。大ヒットコンテンツを生んだ2社にフォーカスし、そのIP戦略を読み解く。
世界で最も愛されるゲームキャラクター、マリオ。ファミコンソフトから生まれた“ドル箱スター”を、任天堂はいかに育て、IP化してきたのか?
映画でも世界を獲った
ゲーム業界の金字塔 スーパーマリオ
『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の興行収入約13億6000万ドル、観客動員数1億2600万人という数字はどれほどの規模なのだろうか。
これは、国内映画史上最高額の『鬼滅の刃 無限列車編』(国内404億円、海外7000万ドル)はもとより、海外市場へ展開した作品の最高額となった『すずめの戸締まり』(国内148億円、海外1億7000万ドル)と比べても、桁違いにグローバルで成功した数字と言える。
もちろん、日本に縁を持つハリウッド化映画作品と比較してもダントツ1位である。たとえば、『Godzilla』(5億2500万ドル)、『ラストサムライ』(4億5500万ドル)など、日本由来のIPやモチーフを使ったハリウッド映画も好業績を上げてきたが、それら作品と比べてもトリプルスコアの差を付けるほど記録的な数字である。
これまで、ハリウッド映画の原作はオリジナルや小説脚本をベースにしたものが多く、マーベルなどのコミックスを原作にした作品は5%にも及ばず、ゲーム原作の作品となれば1%未満という状況であった。だが、1980年代以降、人気を博したゲーム出身のIPは立派な大衆向けキャラクターとしてポジションを確立しており、近年ゲーム原作の映画作品は徐々に増えてきている。
たとえば、ゲーム原作映画のランキングを見ると、『Warcraft』(4億3900万ドル)や『名探偵ピカチュウ』(4億3100万ドル)、『Sonic the Hedgehog2』(3億9800万ドル)などが並ぶ(次ページ図表3-1)。これらと比較しても、今回のマリオ新作で約13億6000万ドルという興行収入がいかに米国映画史上においても桁が外れたものであるかが窺い知れる。
ちなみに興行収入13億6000万ドルの国別の内訳を見ると、米国は4割強(5億7000万ドル)、日本は1割弱(約1億ドル)で半分、残りは欧州からアジアまでかなり幅広い視聴地域で視聴されており、それこそ『Godzilla』や『アナと雪の女王』などと遜色ない。まるでディズニー映画のように、幅広く世界中で観客を集めたのだ。
そんなマリオ映画にも苦い記憶がある。30年前、米国でマリオが絶頂期にあった時期に実写版1作目『Super Mario Bros.』がハリウッドで作られ、制作費4200万ドル、興行収入3900万ドルという厳しい結果に終わっている01。なぜ今、生まれ変わったマリオ映画がこれほどの成功を収めているのだろうか。
■ ゲーム業界の金字塔、ダントツ1位シリーズ
言わずと知れたゲーム業界の金字塔「マリオシリーズ」は、ゲーム業界でもテトリスやポケモンの約5億本を抑え、累計7億6000万本と世界で最も売れたゲームシリーズとなっている(図表3-2)。累計7億6000万本という数字は、世界25億人のモバイルゲーム人口から見れば1/3程度だが、約8億人の家庭用ゲーム機のプレイヤー人口から見れば、ほぼ100%と言えるような数字だ。
1983年7月、任天堂から『ファミリーコンピュータ』が1万4800円で発売され、そこからマリオの歴史が始まるが、実はすぐに爆発的なヒットになったわけではなかった。
マリオは、もともとアーケードゲーム『ドンキーコング』(1981年)に登場するJumpmanというキャラクターである。最初に発売されたファミコン版『ドンキーコング』は113万本とヒット作ではあったが、肝心のファミコン本体は在庫がダブついた。
01 映画の興行成績等はBox Office Mojo参照
最初の1年は苦戦しており、むしろ、ファミコンがブームになるのは、ディスカウントストアを通じて9800円程度の価格で販売されるようになってから。その頃になると、『ゴルフ』『テニス』『麻雀』などのスポーツシリーズのゲームソフトも販売されたほか、『ゼビウス』など100万本売れるヒット作を経て1984年末頃から数字が動き、200万台に到達する02。
ハードはソフトがあってこそ動くのだ。“最も売れたファミコンソフト”となる『スーパーマリオブラザーズ』が出たのは1985年9月、本体登場から2年遅れで発売された本作はダッシュからジャンプ、ピタッと止まる精度まで含めてファミコンの持ちうるポテンシャルを生かし、「家庭用ゲームのインターフェース」を体現したソフトであった。
結果681万本も売る大ヒット作になり(社会現象となった1988年のドラクエⅢですら380万本)、ファミコン本体は1985年で約600万台、1986年で約1000万台となり、まさにこの発売後3~5年目が最も伸びる結果となった。
ちなみに週刊少年ジャンプが『ファミコン神拳』の連載を開始するのも1985年。マリオに魅了されていた編集者・鳥嶋和彦氏は、『ドラゴンボール』『北斗の拳』『シティーハンター』など人気作品が連なるジャンプで、「ファミコンの裏技解説を行う、マンガでもない連載」が人気投票3位になったとき、子供たちのトレンドがマンガからゲームに移ったことを実感している03。
ここからは、そんな大ヒットコンテンツを生み出した任天堂が、マリオシリーズ全体でどれだけ収益を上げたのか、各種公表データから試算してみたい。
02 土屋新太郎『キャラクタービジネス─その構造と戦略』、キネマ旬報社、1995年
03 中山淳雄『エンタの巨匠』日経BP、2023年
■「IP」に興味を示さなかった任天堂、ビジネス化は2015年以降
えてしてその業界のトップは他産業に興味を示さないものだ。ゲーム業界のトップ街道をひた走っていた任天堂は、マリオを「IP」化して、さまざまなメディアミックスに展開するといったことに強い興味は示してこなかった。1982年の「ドンキーコングJR.」ではマリオが悪役に変わってパパを檻に閉じ込めるボスになっていたくらいだ。当時はマリオを長く愛され、親しまれるキャラクターにしようなんて考えはほぼなかったはずだ。
かたや、ポケモンが世界最大のキャラクターになった背景には、開発会社ゲームフリークが国内向けのシリーズ作品に集中する中で、ハル研究所が海外展開ローカライズを一切手間をかけさせずに「別で」展開してきた歴史があり、またアニメ展開も任天堂自身が入らずに小学館が中心となって「別で」展開してきたことに起因する。
本来大ヒット作を生み出したチームは、その領域の中での最適化・最大化を求めて邁進(まいしん)し、当然ながら脇目もふらない。その高速なファーストパーティチームと歩調を合わせて海外展開やアニメ化・商品化を「共に」やっていける希少なるパートナーなしには、キャラクターの持つポテンシャルの十全な開花など望むべくもない。
ポケモンと違ってマリオは任天堂が生み出すIPの一丁目一番地だ。当然ながらゲーム作品としての秀作を生み出すために全精力が傾けられる中、任天堂のIRで初めて「IP関連収入」という項目が生まれるのは2016年3月期になってからの話だ。その経済圏を紐解いて見ると図表3-3のようになる。
こうして見ると、ここまで「家庭用ゲーム」のみに特化したIPというのはかなり珍しい。全体で累計5兆円のマリオ経済圏の9割は当然ながら家庭用ゲームであり、日本向けが7000億、海外向けが3兆8000億円となっている。モバイルゲームは累計で500億足らず、商品化でようやく2000億円といった規模である。
このあと取り上げるポケモンの場合は、「商品化」や「トレーディングカード」といったゲーム以外ジャンルの売上割合が大部分を占めている。ポケモンとの比較だけで見ても、その収益構造の特殊性が分かるだろう。
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