
ここ数年、多くの企業にとって重要な経営課題となっているDX(デジタルトランスフォーメーション)。企業内だけでなく、今や生活や社会にも広く深く浸透しつつあるデジタル技術を活用して、新たな価値を生み出そうという取り組みだ。しかし、DXに成功しているという企業は決して多くない。コンサルティング会社での経験を基にその原因を分析し、成功への道筋を解説しているのが、『Digital Impact』(田中一生著/プレジデント社)だ。同書の内容の一部を抜粋・再編集し、著者が提唱する「DXフレームワーク」の考え方と合わせて紹介する。
DXフレームワークの初期段階である「戦略フェーズ」では、組織・事業を構成する10の要素の検討が欠かせない。その第一歩となる「ビジョン/KPI・KGI」では、それらをDXとどのようにつなげていくかが問われる。社員の意識を一つにし、経営の指針となるミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の役割とは?
DX戦略の要諦は、すべての打ち手を“同時進行”すること
■ 戦略フェーズでは、事業を構成する10の要素を検討
サービスやソリューション、システムだけを刷新するプロジェクトをDXと呼ぶ企業がありますが、それは特定領域に限定した考え方であって、真のDXではありません。
DXの本質は「事業構造改革」です。従ってDXに取り組む際には、全社が一丸となって挑む一大事業としての認識が欠かせません。事業とその基盤となる組織のあり方を網羅的に押さえないと、事業改革はもちろん企業価値の向上にもつながらないのです。
そこで重要となるのが、DXフレームワークの「戦略フェーズ」です。ここでDXの方向性を決めるわけですが、「5年後、10年後を見据えているか」「市場や競合他社の動向を踏まえているか」「事業環境の変化に対応できるようガバナンスをどう機能させるか」といった大局的な視点が問われます。
一方、細部への配慮も欠かせません。システムを刷新するのであれば、それが事業戦略に合致しているかどうか、オペレーションや使いこなす人のことまで考えているかどうかまで考慮する必要があるでしょう。
システムの要件や機能面についても、関連するアプリケーションやデータ、インフラとどう連携させるかも課題となります。システム同士が密結合して特定の機能だけを切り離して改修することができない、さらにはブラックボックス化して手が出せないといったケースもよく見聞きするからです。
また、求める要件を満たすシステムを誰が開発するのかを考える上で、組織や人材、パートナーも検討しなければなりません。DX要員の評価・報酬制度を適切に設計しなければ、人材を確保できないという事態に陥ります。
こうした体制の構築がずさんだと、次の開発・実行フェーズがうまく進まないばかりか、DXを実現できたとしても的外れな結果に終わります。
このように、DXのビジョンや戦略を考えるには、オペレーションや組織体制まで含めた全体を一気通貫で考えていかなければならないのです。
戦略フェーズで検討すべき要素は、事業・組織を構成するすべての要素、すなわち次の10点となります。
ビジョン/KGI・KPI DX戦略 ガバナンス サービス オペレーション IT・デジタルアーキテクチャ 組織・人材 評価・報酬制度 パートナー 社風・文化図4 戦略フェーズの考え方
次から、要素ごとにそれぞれを詳しく説明していきましょう。
最終目標は何か? 自社を飛躍させる圧倒的な「ビジョン」を
■ 経営の拠りどころとなるMVV
戦略フェーズの第一歩は、「ビジョン」およびDX推進における目標達成の指標として「KGI(重要目標達成指標)」や「KPI(重要業績評価指標)」を設定することです。
まずはビジョンの策定ですが、ここでミッションとバリューもセットで検討しましょう。ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)は、社員の目線を一つの方向に合わせるための経営の拠りどころとなるものです。
ミッションは企業の「存在意義や使命」、ビジョンは中長期で何を目指すかという「目標、理想像、方向性」、バリューは社員の行動や判断が拠って立つべき「価値観や行動指針」を指します。
ミッションとバリューは両輪で企業の存在価値を体現し、ビジョンは時代の変化に合わせて柔軟に変えるという違いはあるものの、これら3つは企業の原点というべきものです。会社が何のためにビジネスを行っているか、どんな目的を果たすために存在しているかを内外に示すと同時に、MVVが組織に浸透することで社員のあいだに共通認識ができ、行動の一貫性も期待できます。
多くの企業の経営を支援する中で、また私自身が会社を経営する立場として実感するのは、MVVこそが経営の要であり、社長のリーダーシップの源泉でもあるということ。経営トップとして、事業の最終目標=未来を指し示す力強いMVVを掲げてほしいと思います。
とはいえ、社長の独りよがりでもいけません。一気通貫のDXを実現するには社員や関係各社を巻き込まねばならず、それぞれに共感を持ってもらえるストーリーをつくる必要がありますが、MVVはDX戦略とともにその下地となるものです。
スタート地点であるMVVが会社の本質や現場の思いとずれていると、DXが頓挫する可能性が高まります。
全社一体でDXに取り組むためにも、経営陣、DX部門、一般社員はもちろん、顧客やサプライチェーンも含めた幅広いステークホルダーから応援されるMVVを打ち出すことが望まれます。
MVVの具体例をいくつか紹介しましょう。
図5 各社のMVV
Googleは「世界の情報を整理して誰もが便利に利用できるようにすること」というミッションの下、「ワンクリックで世界の情報へのアクセスを提供すること」というビジョンを具現するため、従業員やステークホルダーに対して10のバリューを示しています。同社の世界的成功は、まさにこのMVVに沿っていることがおわかりいただけると思います。
ソフトバンクは、「情報革命で人々を幸せに」というミッションを事業として展開しています。
バリューには「No.1」「挑戦」「スピード」などを掲げており、多角的かつ積極的に事業を拡大しているところからも、それが社員にしっかり浸透していることがうかがえます。
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