
住宅ローンの返済、子どもたちの教育費の支払い、その次に待ち受けるのは老後資金です。人生100年時代。思っていたよりも老後資金を用意できなかった、退職後が不安という人は多いでしょう。一方で、計画的に貯められたら貯められたで新たな悩みが出てくる人もいるようです。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、川原さん(仮名)の事例とともに、老後の子どもへの生活支援について解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「余裕ある老後」のはずだったが…夫婦の静かな後悔
「こんなはずじゃなかったのに……」
兵庫県に暮らす川原健一さん(仮名/73歳)と妻の律子さん(仮名/70歳)は、定年後の生活を穏やかに楽しむはずでした。健一さんは元地方公務員で、年金は月額22万円ほど。律子さんの厚生年金も含めると、世帯年金額はおおよそ月30万円。さらに、退職金と長年の貯蓄を合わせた金融資産は約3,200万円あります。
「これだけあれば、慎ましくも困らない老後が送れると思っていたんです」と律子さんは語ります。
二人は都心近郊の一軒家に住んでおり、住宅ローンも数年前に完済済み。子どもたちも独立し、ようやく肩の荷が下りたはずでした。
しかし、そんな平穏な暮らしは、ある日を境に一変します。
長女の真理子さん(仮名/43歳)が離婚を機に、娘を連れて戻ってきたのです。そして、間を置かずして今度は長男の昭二さん(仮名/51歳)が「仕事を辞めた。しばらく世話になりたい」といって同居を申し出てきました。
「2階は完全に“子ども部屋”状態になってしまいました。まるで、老後の『第2子育て』ですよ」と、健一さんは力なく笑います。
「出戻り依存」時代…“家族”がリスクになるという現実
高齢夫婦のもとに、働き盛りを過ぎた子どもたちが戻ってくる。このような現象は近年珍しいことではなくなっています。
内閣府の調査(2023年版「高齢社会白書」)によれば、50歳以上の独身者のうち、親と同居している人の割合は男性で36%、女性で27%にのぼります。また、40代以上の「出戻り」経験者も全体の約3人に1人とされ、「老後の家」がセーフティネット代わりになっている実情が見えてきます。
しかし、健一さん夫妻にとって問題なのは、帰ってきた子どもたちが「一時的な同居」ではなく、「依存型の寄生」になっている点でした。
真理子さんは「しばらく子育てに専念したい」といい、働く意思を示していません。元夫との間の養育費もあまりあてにならず、実質的に川原家が孫の養育まで担うことに。
一方の昭二さんは、かつての仕事のストレスを引きずっており、「ちょっと休みたい」というだけで再就職活動も進まず、昼夜逆転の生活を送っています。
健一さんは「終活の意味も込めて子どもたちに老後に向けて貯めてきたから迷惑は掛けない、という話をした矢先でした。『資産があるなら少しぐらい援助してもいいでしょ』という顔で暮らされているようで……。老後資金が、子どもたちを堕落させてしまったのではないかと自問しています」と語ります。
「老後資金の守り方」…伝え方と仕組みが家族を救う
このような状況に陥らないために、ファイナンシャルプランナーの立場から、以下の3つの対策を提案します。
1.資産情報の出し方を慎重に
「うちは老後も安心」などと口にしてしまうと、子どもたちの“生活防衛本能”を過度に刺激する場合があります。資産情報をオープンにする際には、「将来的な介護費や医療費、夫婦どちらかが施設入居となった場合の備えに充てるため」といった具体的な使途を伝え、親世代自身の生活がいかにギリギリの計算で成り立っているかを丁寧に説明することが重要です。
2.同居前の条件整理と契約書の作成
子どもが実家に戻る際は、必ずルールを設けましょう。たとえば、家事や生活費の分担、滞在の期限、就労に向けた行動計画などです。可能であれば、これらを「家族内契約書」という形で書面化し、双方の合意を明確にすることが望ましいです。弁護士や行政書士に相談すれば、形式的な文書作成も可能です。
3.信託やリバースモーゲージの活用
もし資産額が多く、相続や資産保全が気になる場合、「家族信託」や「リバースモーゲージ」などの制度も有効です。特にリバースモーゲージは、自宅を担保に生活資金を得る制度であり、子どもの依存を抑止する一手にもなります。
「まさか子どもたちに“資産があるから大丈夫だろう”と思われるなんて……」と健一さんは肩を落とします。
老後資金は安心材料であると同時に、伝え方次第で依存の誘因にもなり得ます。大切なのは「備えた資産を、どう守り、どう活かすか」という視点です。そして、“家族だからこそ”あえて距離をとる勇気も必要なのかもしれません。「老後は静かに暮らしたい」その願いを守るには、家族との向き合い方こそが最大のファイナンシャルプランといえるでしょう。
波多 勇気
波多FP事務所

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