米議会で可決された「トランプ減税法」は、所得税率の引下げや相続税の非課税枠拡大などの減税措置に注目が集まる一方、法案に含まれていた“報復税”条項(内国歳入法第899条)の行方が国際社会を揺るがしました。背景には、米IT企業に対するデジタル課税をめぐる欧州やカナダとの対立があり、米国はこれに対抗する税制上の武器を準備。しかし最終的には、G7による歩み寄りと米財務長官の介入により、報復税は撤回されました。「一件落着」と言えるには、なお時間がかかりそうです。

トランプ減税法の成立

米議会では、減税・歳出法案、いわゆるトランプ減税法(以下「減税法」)が可決され、大統領の署名を経て成立する見通しとなりました。下院では5月に賛成215、反対214という僅差で最初の法案が可決され、上院の修正法案が7月1日に可決されました。さらに、下院は7月3日にこの修正案を再可決しました。いずれの採決も僅差での成立でした。 報道によれば、減税法には所得税率の引下げ、基礎控除の拡大、連邦相続税の非課税枠の2倍への引上げなどが含まれており、今後その内容の詳細な検討が求められています。

税法に含まれていた「報復税」(Revenge Tax)の動向

今回の減税法には、内国歳入法典第899条、いわゆる「報復税」の新設が当初盛り込まれており、米国外の国々から大きな関心を集めました。 この問題は、第2次トランプ政権で始まったものではなく、第1次政権時代の議論の延長線上にあります。もともとの発端は、米国の大手IT企業が欧州などの市場国において、収益に見合った税金を納付していないという不満から始まりました。これを受けて市場国側は、IT企業の現地収益に数%の税率を課す「デジタルサービス税(DST)」を導入しました。 これに対し、当時のトランプ大統領は、フランスがDSTを導入したことへの報復として、フランス産ワインの関税引上げを宣言。フランスはDSTの執行を一時停止する代わりに関税の猶予を申し出たことで、ひとまず対立は回避されました。今回も、カナダのDST導入をめぐり米国と対立が起きています。

第899条の意図と撤回

減税法の当初案に規定されていた第899条は、米国が「不当なDSTを課している」と判断した国に対し、同国の企業や投資家に対して報復的な課税を行うという内容でした。 第1次トランプ政権では、こうした不当課税に対する報復手段は関税でしたが、今回は関税が別の外交戦略に用いられているため、代わりに税法上の対応として第899条が設けられたものと見られます。 しかし2025年6月26日、ベッセント米財務長官が連邦議会に対し、この報復税の創設を見送るよう正式に要請。議会指導部は同日にこれを受け入れました。これは、国際的な最低法人税率の枠組みにおいて主要7カ国(G7)が米国の意向に沿った合意に達したことが背景にあるとされています。

マッチ・ポンプ外交と今後の課題

日本では「マッチ・ポンプ」という言葉がありますが、今回の報復税はまさにその構図でした。すなわち、米国が「報復税」という“マッチ”をかざすことで、G7各国が米国の意向に歩調を合わせるという“ポンプ”が働き、最終的に報復税は火種を消して姿を消しました。 ただし、これで完全に問題が解決したわけではありません。OECDでは、米国の大手IT企業が市場国に対して収益に応じた課税を行うことを定めた多国間租税条約(MLC)の策定が進められており、これには市場国がDSTを廃止することも盛り込まれています。このMLCは条約として米国上院の批准を要します。 一方で、OECDの枠組みに懐疑的なアフリカ諸国を中心に、国連は独自に「税務枠組条約」の策定に着手しており、2027年頃の完成を目指しています。これは、自国に税収がもたらされるような公平な制度設計を目的とした動きです。

報復税は米国の国内法として一旦は退けられたものの、国際課税の舞台では、依然として大手IT企業の課税権を巡る攻防が続いています。今後のMLCの批准や国連の動向によっては、再び米国が「マッチ」を取り出す可能性も否定できません。国際税務の行方には引き続き注視が必要です。

矢内一好

国際課税研究所首席研究員

(※写真はイメージです/PIXTA)