学歴詐称の疑いが持たれている静岡県伊東市の田久保眞紀市長が7月7日、記者会見にて「速やかに辞任したい」として、辞職する考えを示しました。

田久保氏は、東洋大学法学部を卒業したという経歴を公表していたものの、実際には卒業していなかったことが話題になっています。

これまでの報道によれば、さらに田久保氏は、「卒業証書」とされる書類を市議会の議長らに一瞬だけ見せた後、すぐに手元に引っ込めるという行動をとったといいます。

市長が学歴詐称した場合に、どのような問題があるのでしょうか。

また、実際には発行されていない「卒業証書」を本物として示す行為に問題はないのでしょうか。検討してみます。

●学歴の詐称は公職選挙法違反となる可能性がある

学歴の詐称という点で問題となるのが、虚偽事項の公表罪(公職選挙法第235条1項、2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)です。

同罪は、「当選を得る目的」をもって、候補者の身分、職業、経歴その他の事項に関し虚偽の事項を公にした場合に成立します。

まず、本件では、田久保氏が東洋大学を卒業したという経歴が問題となっているところ、実際には、同大学を「除籍」となっており、卒業はしていなかったとのことですから、「虚偽」といえます。

ただし、市長選の際に作成した選挙公報などには、東洋大学卒業という文字はないようです。

選挙公報に記載がなくとも、選挙時に東洋大学卒業という経歴を「公にした」場合には、公表罪は成立し得ます。

本件では、田久保氏の市長選立候補にあたり報道各社から依頼された経歴確認書には「東洋大学卒業」と記載されていたといいます。そこで、報道各社に伝えたことで、卒業という経歴が選挙時に公にされていたといえるかが問題となりそうです。

つぎに、報道によれば、田久保氏は、選挙公報や法定ビラには東洋大学卒業という記載はしていないことから、公職選挙法違反の要件にはあてはまらないと述べているようです。

この言葉は色々な意味に捉えられますが、東洋大学卒業ということを自ら公表していないので「公にし」ていないとか、学歴などを重視せずに選挙活動を行っており、東洋大学卒業という事実を「当選を得る目的」をもって公にしていない、といった意味合いと考えられます。

●「卒業したと考えていた」点はどのように影響する?

また、犯罪の成立には故意(犯罪事実の認識・認容)が必要ですが、立候補に際して、「除籍」されていることを認識していたにもかかわらず、東洋大学卒業という経歴を修正せずに公表したとすれば、そのような認識・認容があったといえ、故意が認められるでしょう。

ただし、田久保氏自身は、「6月28日東洋大学の窓口に出向き、除籍であると確認するまで、卒業したと考えていた」と説明しているそうです。

そうすると、公表されている事実が虚偽であるという認識がない、という意味で故意が問題となりそうです。

また、東洋大学卒業という情報を田久保氏自身で公開したわけではなく、広報誌などでそのような情報が公開されていることを認識していなかった、などの主張がなされる可能性もあります。

以上のような事情からすると、「当選を得る」ために、という部分や、故意の部分の立証がなされれば、虚偽事項公表罪が成立する可能性があります。

●私文書偽造罪・同行使罪の可能性

次に問題となるのが、田久保氏が「卒業証書」として書類を示した点についてです。市議会の議長・副議長が、田久保氏から同証書を見せられたものの、「チラッとだけですぐに引っ込められた」といいます(スポニチアネックス、7月7日など)。

この「卒業証書」とされるものが、東洋大学の名義で、田久保氏の卒業を証する、という内容のものであれば、私文書偽造罪、同行使罪(刑法159条1項、161条。3カ月以上5年以下の拘禁刑)が成立する可能性があります。

私文書偽造罪は、行使の目的で、他人の印章等を使用し、権利義務または事実証明に関する文書などを、偽造した場合に成立します。

卒業証書は卒業という事実の証明に関する文書といえます。また、東洋大学私立大学であり、その名義で発行される卒業証書は「私文書」に該当します。

さらに、偽造とは作成者と名義人の人格の同一性を偽ることをいいます。この判断は細かく考えると難しいのですが、本件に即しておおざっぱにいえば、東洋大学名義の卒業証書という文章を、権限がない人(たとえば田久保氏自身)が作成した場合には、偽造にあたるといえます。

文書偽造罪は「行使の目的」がなければ成立しません。行使の目的とは、偽造した文書を真正な文書として誤信させようという目的のことです。

今回のケースでは、「卒業証書」を、実際に東洋大学が発行した、田久保氏の卒業を証明する文書として誤信させようとしたといえそうですから、行使の目的は認められるでしょう。

なお、田久保氏が提示した文書が、たとえば「卒業証書」というタイトルだけで大学の名義などが記載されていないとか、内容が卒業と関係ないなどの事情があれば、そもそも名義を偽ったことにならず、私文書偽造罪は成立しない(※したがって、次に検討する行使罪も成立しない)ことになります。

●偽造私文書行使罪(刑法第161条)

さらに、偽造した文書を使用した場合は、偽造私文書行使罪も問題となります。同罪は、偽造の私文書を「行使した者」は、その文書を偽造した者と「同一の刑に処する」と定めています。

「行使」とは、偽造した文書を、真正な文書として、その内容を他人に認識させ、または認識しうる状態におくことをいいます。

報道によれば、田久保氏は議会で「卒業証書」を示したということです。

見せたのは一瞬だったようで、どのくらい「一瞬」だったのかは一応問題となり得ますが、卒業を証明する真正な文書であると誤信させる目的で提示したのであれば、「行使」にあたる可能性はありそうですから、同罪が成立する可能性があります。

なお、私文書偽造罪と同行使罪とは、両方成立しても一罪として処理されます(牽連犯(けんれんぱん)、54条1項後段)。

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