
水の都、ベネチア(ヴェネツィア)は、縦横に張り巡らされた運河を、のんびりとゴンドラが行き交い、ルネサンスの時代にタイムスリップしたかのような風景が魅力的な街だ。
大小177の島々と、それを結ぶ150以上もの運河、そしてそこにかかる400もの橋。地上には中世を思わせる建物が建ち並び、細い路地は迷路のように入り組んでいる。
このベネチアの街は、いったいどのように築かれたのだろう?実はこの都市の地面の下には、無数のアルプスの木の杭が打ち込まれているのだ逆さにすると「森が現れる」と言われるほどに。
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ラグーナの上に作られた都市
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かつてベネチア(ヴェネツィア)と同じように、世界に誇る「水の都」であった江戸は、大川(隅田川)や利根川、荒川、多摩川といった河川に囲まれた湿地帯だった。
それを江戸幕府が大規模な治水工事を重ね、堀を巡らせ、橋を架けて、多くの人口を支えられるまでに形成していったのだ。
ベネチアも江戸と同様に、陸地を流れる川を中心にしてできた街だと誤解している人もいるだろう。

ベネチアの歴史は、5~6世紀にはじまったと言われている。
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当初衰退の一途にあった東ローマ帝国の人々が、ゲルマン人に追われて行き場を失い、452年にこの場所に住み着いたのが始まりだそうだ。
当時のベネチアは、海に浮かぶ「ラグーナ(潟)」、つまり潮の満ち引きによって現れたり消えたりする、頼りない陸地未満の場所だったという。
そのため、堅牢な建築物を建てることができなかった。今のベネチアには石やレンガ造りの建物がひしめいているが、当初は木で作った軽い建物を建てるのがやっとだったのだ。
そこで人々はここに街を作るために、まず基礎から工事を始めることに。内陸から運んできた長さ30m以上の木材をラグーナの砂地に打ち込み、さらに石を積み重ねて土台を作り、その上に重厚な建物を建設していったのである。

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1500年間、街を支え続ける大量の木杭
木材の多くはハンノキやオーク材、アルプスから運ばれて来た針葉樹で、特に水に強いカラマツの仲間が選ばれたそうだ。その数、数百万本とも言われている。
そのため、今でも「ベネチアを逆さにすると森が現れる」と言われているほど。
サンマルコ広場の下だけで10万本、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の下には、百万本もの杭が使われているのだそうだ。

ラグーナの砂の層の下には粘土層と岩盤があり、杭は3mの深さまで埋め込まれている。杭と杭の間は約50cm間隔で、杭の直径は20cm程度である。
こうして作られた木の杭による土台は、1,500年経った今もベネチアの街をしっかりと支えて続けている。
木材が腐らないか心配になってしまうかもしれないが、木材は海水に浸かることで腐敗せず、かえって石のように硬化していったのだとか。
日本の安芸の宮島にある厳島神社の社殿や鳥居の土台も海の中にあるが、数百年の時を経ても建ち続けている。

海中では空気に触れることがなく、雑菌の繁殖や白アリの被害もないため、意外と木材が長持ちするのだそうだ。
またオランダのアムステルダムにある王宮も、建造時に13,659本の木の杭が地中に埋め込む基礎工事が行われたという。
こうしてみると、ベネチア以外にも木を土台に使った歴史的な建造物はけっこうありそうだが、やはり規模で言えばベネチアは段違いだと言えるだろう。
Dat realiseer je je niet als je erlangs loopt, maar het Paleis op de Dam is gebouwd op 13659 houten palen. Gemaakt van Noorse sparren. In de jaren 90 zijn er 2 uitgehaald om te kijken of ze nog goed waren. Het zijn er nu nog 13657 dus. pic.twitter.com/9n57d7AsZq[https://t.co/9n57d7AsZq]
— Meitje 🕊️ (@meitje01) June 14, 2025[https://twitter.com/meitje01/status/1933885416995762593?ref_src=twsrc%5Etfw]
沈みゆく世界遺産を守るには
この人工の「水底の森」がなければ、ベネチアは存在しない。古代の驚くべき土木技術が、今なお現役のものとしてその役割を果たし続けているという事実は、驚くべきことである。
気候変動に伴う海面上昇、異常気象による高潮や浸水被害、そしてオーバーツーリズム。ヴェネツィアを取り巻く現実は、決して穏やかではない。
イタリア政府は防波堤を建設するなど、対策に乗り出しているほか、街を丸ごと30cm持ち上げようという計画も提案されているそうだ。

だがこういった対策がすべて成功したとしても、ベネチアの水没を半世紀遅らせるだけに過ぎないとも言われている。
このままではこの美しい水の都が、存続が危ぶまれる「危機遺産リスト」の仲間入りをしてしまう恐れもある。
パドバ大学で水文学・水力工学を教えるピエトロ・テアティーニ准教授は、次のように語っている。
ベネチアは唯一無二の街です。世界にどこにも、同じような場所はありません。だからこそベネチアは本来の環境、つまりラグーナの中で保たれるべきだと考えます。
丘の上にあるベネチアは、それはもうベネチアとは言えず、湖の真ん中にあるベネチアもまた同じことです。
可能な限りラグーナや湿地、ゴンドラやヴァポレット(水上バス)のある環境の中で維持されるべきです。
ここに住むイタリア人として、私たちは毎日この美しい街を眺められる幸せを味わっています。そしてできるだけ長く、この街を守っていく努力をするべきだと思っています
References: Venice: A City Built on an Underwater Forest[https://www.vintag.es/2025/05/venice.html#google_vignette]
本記事は、海外の記事を参考にし、日本の読者向けに独自の考察を加えて再構成しています。

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