トランプ大統領が署名した新たな減税法により、アメリカの遺産税および贈与税制度が大きく見直されました。注目すべきは、生涯控除額が法令上で1,500万ドルに引き上げられた点です。これは米国に資産を持つ日本居住者にも影響を及ぼします。ブッシュ政権からオバマ政権、そして第一次トランプ政権を経て今回の改正に至るまでの経緯を振り返りながら、新制度の内容とその実務上のインパクトを解説します。

トランプ減税法が成立

2025年7月、トランプ米大統領は、大型減税を含む「一つの大きな美しい法」に署名し、同法が成立しました。 当初は、米国の大手IT企業に対して「デジタルサービス税(DST)」を課す国に対して、報復的な「報復税」の導入案もありましたが、G7などの国際協議により、この案は撤回されました。 今回の減税法は所得税などの減税項目が注目されていますが、遺産税および贈与税に関する改正も盛り込まれており、日本の居住者で米国に資産を保有する者にとっても重要な検討事項となります。

ブッシュ・オバマ政権時代の遺産税の変遷

ブッシュ大統領の税制改正

共和党ブッシュ大統領は、遺産税および世代跳び越し税(Generation-Skipping Transfer Tax)の廃止を目指し、2001年6月7日に「経済成長・減税調整法(Economic Growth and Tax Relief Reconciliation Act of 2001、以下「2001年法」)」を成立させました。 しかし、第501条において遺産税等の恒久的な廃止は見送られ、2010暦年に限り1年間のみ遺産税等が廃止される「サンセット方式」が採用されました。 これにより、2010年に限っては遺産税等の課税は行われないことになりました。2011年以降についての規定が2001年法には存在しなかったため、仮に、新たな立法措置が取られなければ、2001年以前の税制に戻ることが想定されていました。しかし、オバマ大統領が改正法を成立させたことから、2010年も課税になりました。

オバマ大統領による改正

2010年12月17日オバマ政権下で2001年法の改正法として、「2010年税制救済法(Tax Relief, Unemployment Insurance Reauthorization, and Job Creation Act of 2010、以下「2010年法」)」が成立し、遺産税・贈与税の生涯控除額は500万ドルに設定されました。 その後、2017年に第一次トランプ政権下で「減税および雇用法(Tax Cuts and Jobs Act)」が成立し、控除額は大幅に引き上げられ、2024年には1361万ドルまで増加しています。 この制度は2025年末に失効する時限立法であったため、第2期トランプ政権ではその見直しが急務となっていました。

トランプ減税法による改正内容

現行法上では遺産税・贈与税の生涯控除額は500万ドルですが、実際の控除額は調整により2024年時点で1361万ドルまで引き上げられています。 今回の減税法では、第110006条にて「増額された生涯控除額の延長」が掲げられ、法令上の控除額が500万ドルから1500万ドルへと改正されました。これにより、2025年末に時限措置が失効した場合でも、2026年以降は法令ベースで控除額が約3倍に拡大されることになります。 ただし、2024年時点ですでに1361万ドルまで控除額が増加しているため、実務上は大幅な増加という印象にはなりません。

日本居住者への影響

日本に居住する者が被相続人となり、米国に資産を保有している場合には、遺産総額に占める米国資産の割合に応じて控除額が適用されます。 この観点から、今回の法改正により控除額が拡大されたことは、日本居住者にとっても遺産税の負担軽減につながる可能性が高いといえます。

矢内一好

国際課税研究所首席研究員

(※写真はイメージです/PIXTA)