将来への不安や生活の厳しさから、つい後回しにされがちな年金保険料の支払い。しかし、後回しにし続けると、とんでもない事態に直面することになります

どうせ将来もらえない…高を括っていた「国民の義務」

Webデザイナーとして独立して3年。田中健太さん(38歳・仮名)の現実は、思い描いていた理想とは程遠いものでした。かつては会社員としてデザイン業務に携わっていましたが、「自分の力で自由に仕事がしたい」と一念発起。しかし、現実は甘くありませんでした。

現在、田中さんの定期的な収入は、古い付き合いの企業から請け負っているウェブサイトの保守管理業務による月10万円のみ。それだけでは一人暮らしの家賃を払うだけで精いっぱい。不定期で入る日雇いバイトのほうが何倍も稼げていたといいます。それでも、本業で暮らしていけないことに悔しさを感じていたようです。

「いつかは大きな仕事が舞い込んでくるはずだ」

そう自分に言い聞かせていたある日、アパートの集合ポストに青い封筒が届いていました。差出人は「日本年金機構」。開封すると、「特別催告状」という物々しい文字が目に飛び込んできました。国民年金保険料を滞納している、という事実を突きつける内容です。

会社員時代は給与から天引きされていたため、たまに「高いなぁ」と愚痴をこぼすくらいで、年金保険料のことを意識したことはありませんでした。独立後、国民年金への切り替え手続きはしたものの、日々の生活に追われ、正直なところ、すっかりその存在を忘れていたのです。

「なんだよ今さら。将来、どうせ年金なんてあてにならないって言うじゃないか。それなのに保険料だけはきっちり払えなんて、都合が良すぎるだろう」

仕事がうまくいっていない現実を前にイライラしていたからでしょう。田中さんは、誰に言うでもなく悪態をつき、青い封筒ごとゴミ箱に投げ捨てたといいます。

この時の田中さんのように、将来の年金受給に懐疑的な見方を持つ人は少なくないかもしれません。しかし、日本の公的年金制度は、現役世代が納める保険料で高齢者世代の年金を支給する「世代間扶養」の仕組みで成り立っています。保険料を納めることは、将来の自分のためだけではなく、今の高齢者の生活を支えるための社会的な義務でもあるのです。

厚生労働省令和5年度の国民年金の加入・保険料納付状況』によると、2022年、年金保険料の最終納付率は84.5%。昨今の徴収体制強化により、納付率は右肩上がりで、10年で10ポイント以上改善しています。田中さん宛に届いた封筒も、徴収強化の一環。無視して捨ててしまいましたが、そのままだととんでもないことが起こります。

財産を差し押さえます…無視し続けた男を襲った「眠れない夜」

青い封筒を無視し続けていると、今度は「黄色い封筒」で、再び特別催告状が届きました。文面は以前よりも強い調子で、納付を促す内容です。それでも田中さんは、「どうせ脅しだろう」と真に受けず、支払いに応じることはありませんでした。

やがて、封筒の色は「赤」に変わりました。赤い封筒で届いた特別催告状には、最終通告を意味する言葉が並び、いよいよ「差押」の可能性が具体的に示唆されていました。さすがに田中さんの心にも、じわりと不安が広がります。「もしかしたら、本当にまずいのかもしれない」。しかし、それでも「自分だけは大丈夫」という根拠のない自信が、行動を鈍らせていました。

そしてある日、ポストに入っていたのは、これまでとは明らかに違う空気を放つ「最終催告状」と書かれた通知でした。そこには、「指定期限までに納付の意思が確認できない場合、国税滞納処分の例により、あなたの財産を差し押さえます」と、明確に記載されていました。

その夜、田中さんは憑かれたようにパソコンにかじりつき、「年金」「最終催告状」「無視」といったキーワード打ち込み続けました。検索結果として表示されたのは、銀行口座が凍結された、売掛金が差し押さえられた、といった絶望的な体験談の数々でした。

特に田中さんを恐怖させたのは、「売掛金の差し押さえ」です。フリーランスにとって、クライアントからの信用は生命線。もし、唯一の定期収入源である取引先に、日本年金機構から「田中氏への報酬を差し押さえる」という通知が届けば、契約を打ち切られることは火を見るより明らかでした。それは、社会的な信用を失い、フリーランスとして完全に「終わる」ことを意味します。

「もう、終わりだ……」

気づけば、田中さんはパソコンデスクの前で膝から崩れ落ちていました。

国民年金保険料の滞納を続けると、最終的には財産の差し押さえに至ることがあります。厚生労働省の発表によると、2024年度、168,456件に最終催告状、99,962件に督促状を送付。さらに26,797件の財産差押えを実施しました。差押えの対象となるのは、「控除後所得300万円以上で7ヵ月以上保険料未納」。この条件は年々厳しくなり、いずれ無条件になる可能性もあります。

日本年金機構のウェブサイトには、納付が困難な場合の「保険料免除・納付猶予制度」について案内がされています。経済的な理由で納付が難しい場合でも、決して放置せず、所定の手続きを踏むことで、未納期間として扱われず、将来の年金額にも(一部)反映される道が残されています。

[参考資料] 厚生労働省令和5年度の国民年金の加入・保険料納付状況』 日本年金機構日本年金機構の取り組み(国民年金保険料の強制徴収)』

写真はイメージです/PIXTA