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ルーマニアで辣腕を振るうCEO

電動テールゲートが熱狂的な話題になるなんて、99.9%の確率で考えられないだろう。

【画像】力強い外観の中型SUV、シンプルながら走りも良好【ダチア・ビッグスターを詳しく見る】 全24枚

しかし、デニス・ル・ヴォット氏の話を聞いていると、まるでヴァルター・ロール(世界チャンピオンのラリードライバー)が次期ポルシェ911V12エンジンを搭載すると説明しているかのように思えてくる。

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新型ビッグスターを発表するダチアのデニス・ル・ヴォットCEO

ル・ヴォット氏は技術畑の出身で、ルノー・グループ傘下のルーマニアの自動車メーカー、ダチアのCEOだ。業界を熟知した興味深い経営者の1人である。

トルコロシアベルギー、米国などで、ルノー・日産関連企業を中心に活動。アフトワズ(旧ソ連の国営自動車メーカーで、1990年代に民営化され、ルノーに買収された後、2022年にロシア政府に返還された)の取締役を務めたこともある。

自動車業界の中でも華やかさとは程遠い場所で、利益を上げにくい状況でも利益を上げ続けてきた。ルノー・グループのCEO、ルカ・デ・メオ氏が彼をダチアに最適な人物だと考えた理由は容易に理解できる。ダチアは、ピストンリングがきしむまでクルマから利益を絞り出すブランドだ。

ル・ヴォット氏は、そのようなコスト削減を得意とする。筆者(英国人)は、フランス南東部プロヴァンスで最近開催された新型SUVビッグスター』の発表会で、その乗り心地やハンドリング(十分良い)についてではなく、同社がなぜこれほど安い価格でこのクルマを販売できるのかを尋ねた。

ビッグスターの価格は2万5000ポンド(約500万円)からで、その装備内容を考えると、アストン マーティンBMW M4と同じ価格で新型ヴァンテージを販売しているのと同じようなものだ。特に見た目もいいだけに、ライバルたちがこのクルマにどうやって打ち勝とうとするのか、想像するのは難しい。市場はこれまで以上に熾烈な競争になりそうだ。

ダチアの戦略は3本の柱で構成されている。まずはモジュール性。これは当然のことだが(フェラーリなどの一部の自動車メーカーを除いて、皆が皆、この方法に頼っている)、ルーマニアの同社は他のメーカーよりもさらに一歩進んでいる。

小型EVのスプリングを除き、同社のクルマはすべてBピラーまで同じだ。ル・ヴォット氏は、ルノークリオをベースにダチア・サンデロ(小型ハッチバック車)を作るのに2年と3000人のエンジニアを要したが、サンデロからジョガー(ミニバン)を作るのにかかった費用はたった5ポンドだったと冗談を飛ばす。

小型SUVダスターでは、主にサイドシルの強化と車高の調整で少しコストがかかったが、中型SUVビッグスターではそこからさらにAピラーを50mm延長しただけで、それ以外に大きな変更はないという。

重量は1kg単位で厳しく管理されている。ビッグスターに7人乗り仕様がないのは、このセグメントの購入者の25%しか7人乗りを希望していないと判断したためだ。7人乗り仕様にする場合、リアアクスルを強化する必要があり、全グレードでコストが上昇してしまう。そのため、ビッグスターは5人乗り仕様のみとなり、主要なターゲット層だけに徹底して焦点を絞っている。

焦点を絞りつつ、人気装備は外さない

ここで、ル・ヴォット氏は2本目の柱、つまりターゲット層が求めているものを把握し、USB-Cポートなどのニーズを決して見逃さないことの重要性を指摘する。

「正直に言うと、当社はドイツ人を研究してきました」とニヤリと笑う。ドイツは、ビッグスターのようなクルマにとって大きな市場なのだが、気難しいという特徴もある。ドイツ人がC-SUVに「必要としている」ものがあるなら、提供すべきだ。必要としていないなら、欲しがる人は他にいないだろうから、調達の手間も省ける。

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チア・ッグスターのテールゲート(英国仕様)    AUTOCAR

「クルマにエアコンが付いていないと、失格です。しかし、助手席のパワーシートやシートベンチレーターはどうでしょう? 必要なものではないので、失格にはなりません。だからビッグスターには、初採用のデュアルゾーンエアコン、ツートーン塗装、電動テールゲートを用意しました。もし、これらを提供しなければ、大勢の人々が『買わない』と言うでしょう。ここは当社にとって複雑な、新しい領域です」

3本目の柱はサプライヤーとの交渉だ。この点では、厳しいロシアでの経験が、ル・ヴォット氏の決意を揺るぎないものにしている。各方面から聞こえてくる話では、彼と同社の経理担当者はかなり悪名高いようだ。

ル・ヴォット氏はこう語る。「ダチアは、このクルマを2万5000ユーロ、ハイブリッド車を3万ユーロで売ると決めたら、この金額を分割し、各部品に割り当てていきます。当然のことのように思えるかもしれませんが、ほとんどのメーカーはそうしません」

「他社は、自分たちが欲しいクルマを設計し、その部品をサプライヤーに頼み、最良の価格を得るために必死の交渉を行います。しかし、結果は予想外のものになります。100ユーロを想定していても、95ユーロではなく110ユーロになることが多い」

「それをすべて合わせると、予想よりも10%高くなってしまいます。わたし達はコストを考慮して設計します。車両価格を2万5000ユーロと決めたら、部品に切り分けて、この部品は45ユーロでなければならない、と伝えます。45ユーロで作れないなら、作りません。もちろん、少し時間はかかりますが、サプライヤーは改めて解決策を提案してくれます」

電動テールゲートもそういうことだ。要するに、ドイツ人がビッグスターに必要だと主張したので、ダチアのサプライヤーはコスト要件を満たすように開発したのだ。

1本のストラット電動式、もう1本は油圧式だ。安価だが、ちゃんと機能するし、絶対に必要なものだ。これぞダチアの真骨頂と言えるだろう。


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