老後資金のために、早くから資産運用に取り組み、コツコツと資産を増やしてきた人も少なくないでしょう。ところが、いざ老後を迎えても、その資産をなかなか切り崩せないという人も多く見受けられます。とはいえ、貯めた資産は使ってこそ意味があるもの。リタイア後は、適切に資産を取り崩していくことが大切です。今回は、トータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が、老後生活における資産の切り崩し方について解説します。

資産7,000万円達成も「現金化に抵抗がある」ワケ

山田孝典さん(仮名・70歳)は65歳まで働き、その後リタイアして同じ年の妻とともに年金生活を送っています。

孝典さんはもともと資産運用に興味があったこともあり、ネット証券などない時代から証券会社の口座を持ち、株式や投資信託などで資産運用を行っていました。その結果、65歳の時点で約6,000万円の資産を築くことができたのです。当時の内訳は、銀行口座の預金が約1,000万円、証券口座の資産が約5,000万円です。

孝典さん夫婦の年金額は月額25万円。生活費としては毎月2~3万円程度不足するため、銀行預金の1,000万円から切り崩しながら生活しています。贅沢といえば、年に1度の温泉旅行ぐらい。その費用(1回につき20万円程度)も預金口座から引き出しています。

毎月2~3万円の不足だと年間24万円~36万円を貯蓄口座から引き落とすことに。65歳からその状態を続けており、旅行費用もかかったため、1,000万円あった預金額は70歳までの5年間で約700万円まで減っていました。

一方で、孝典さんの証券口座には資産が手つかずのまま置いてありました。65歳以降は新たな購入や積立はしていませんでしたが、順調に運用できていたこともあり、資産は5年で6,400万円ほどに増加していました。

孝典さんは、このままの銀行残高では心もとない。何かあったときに備え、預金口座に1,000万円は最低でも確保しておき、それ以外はこれまで築いた資産を切り崩しながら生活しなければと考え始めました。

しかし、せっかく運用で増やした資金。証券口座から銀行預金口座に移し、現金化することに抵抗を感じていました。すでに十分な資産があることはわかっているのに、長年投資をしていたため、そのまま保有していればまだ増えるかもしれないという欲がどうしても拭えないのです。

「現金化するにしても、今でいいのか。そんなことを考えているうちに70歳になってしまいました。証券口座にはたくさん資金があるのに、銀行残高は不安な状態。投資の出口を見失ってしまったんです」

悩んだ孝典さんは、築き上げた資産をどのように切り崩したらいいのか、ファイナンシャルプランナーに相談することにしました。

「100歳まで生きる」と仮定して必要な生活費と余裕資金に分ける

ファイナンシャルプランナーは、まず孝典さんに今後100歳まで生きると仮定して、生活に必要な費用を計算してみましょうと提案しました。

毎月2~3万円の不足があるなら、100歳までの30年間に必要な金額は約1,000万円です。今後の物価上昇を考慮し、余裕を持ったとしても、100歳までに必要な生活費は1,500万円程度と捉えておいていいでしょう。

現在の資産(7,100万円)から1,500万円を差し引いた残りの5,600万円は余剰資金です。余剰資金が5,600万円あるなら、そのうちの半分である2,800万円はこれから30年間の間に使い切ることを提案された孝典さん。

お金があれば安心という考えだけではありません。せっかく自分で築いた財産なら、自分の好きなように使う考え方も有効です。

実は孝典さんには海外旅行に行きたいという夢があり、また、死ぬまでにオーロラをみてみたいという夢もありました。海外旅行はヨーロッパを中心に考えています。ただ、ツアーだと行動が制限されるため、自分たちだけのプランを考えてもらい、ガイドをつけながら観光したいと考えていました。

そうなると費用が高くなるため踏ん切りがつかなかった孝典さんでしたが、ファイナンシャルプランナーと具体的に話したことで、近いうちに実現しようという気持ちになったといいます。

旅行だけではなく、食通の妻と定期的に外食するなど、使い切れるお金は夢の実現に積極的に使い、残りの2,800万円は生活費といざという時の費用として置いておくことに決めたという孝典さん。

いざという時の費用は、そのまま証券口座で運用を続けてもいいですし、家のリフォームや介護など、まとまった資金が必要な時に引き出して利用するのもいいでしょう。子どもや孫に資産を残すという方法もあります。

ただ、孝典さんは海外に投資する商品を多く保有しており、価格変動のリスクが高い状態でした。そこで、株式を売却して債券を購入するなど、できるだけ値動きの幅が抑えられる商品に預け替えることに。そうすれば、必要な時に大きく保有資産額が下がる不安を取り除けます。

ただお金を持っていても意味がないことはわかっていたんですが、引き出す踏ん切りがつきませんでした。でも、いくらまで使っていいのか具体的にわかってスッキリしました。私も妻ももう70歳。旅行や外食を楽しめる時間はそう長くないかもしれません。お金を増やすのではなく使うことを優先して、残りの人生を楽しみたいと思います」

お金は持って死ねない…築いた資産を使う覚悟も大切

孝典さんのように、老後資金をしっかりと貯めたにもかかわらず、できるだけ使わないようにと考えてしまう人は少なくありません。

しかし、お金は持って死ねないのです。リタイア直後から、それまでに貯めたお金を「今後必要な生活費」と「余剰資金」に分け、余剰資金の半分を計画的に使い切る考え方に切り替えることで、人生をより満喫することができ、後悔することもなくなるでしょう。

計画的に使い切ることを覚えれば、残りの余剰資金も効果的に使えるようになる可能性が高まります。築き上げた資産を守ることは大切ですが、使い切るお金を把握し、そのうえで自分たちの趣味や健康のために利用することが、より今後の人生を楽しめる方法だと考えましょう。

新井智美 トータルマネーコンサルタント CFP®

(※写真はイメージです/PIXTA)