
多額の税金を納める高所得者にとって、節税は重要なテーマです。なかでも「ふるさと納税」は、実質2,000円の負担で地域の特産品が手に入るお得な制度として広く認知されています。しかし、賢く利用しているつもりが、思わぬ落とし穴にはまってしまうケースがあることをご存じでしょうか。ふるさと納税は税務署も目を光らせるポイントの一つで……。本記事では事例とともに、ふるさと納税の注意点について、独立系資産運用アドバイザー(IFA)の亀井岬氏が解説します。
「賢く稼ぎ、賢く使う」はずが…
都心からほど近い閑静な住宅街に邸宅を構える、50代の経営者。祖父の代から続く製造業を堅実に引き継ぎ、誰もが知る大手企業の重要なパートナーとして会社を成長させた、いわゆる成功者です。月収は400万円を超え、潤沢なキャッシュフローを背景に、その暮らしは豊かでした。
「稼ぐ才覚と同じくらい、使い方のセンスも重要だ」
それが彼の信条でした。日々の暮らしではポイントやマイルを巧みに活用し、実利を得ることに長けています。そんな彼が数年前から情熱を注いでいたのが「ふるさと納税」でした。
「わずかな負担で、日本中の美食や逸品が手に入る。これほど合理的な制度はない」
彼の書斎には、全国の自治体から送られてくる分厚いカタログが並んでいます。妻や子供たちも、毎月のように届く豪華な返礼品にすっかり慣れ、週末の食卓が華やぐのを楽しみにしていました。
寄付上限額が大きい高所得者
高所得者である彼にとって、ふるさと納税の寄付上限額は大きく、そのメリットを最大限に享受しようとしていました。
「よし、今年は北海道のウニとイクラは絶対に確保だ。宮崎のマンゴーも最高等級のものを狙うぞ。そうだ、佐賀牛のシャトーブリアンは去年も絶品だったが、今年は倍の量でいってみるか……。サイトを見れば、まだまだ掘り出し物があるはずだ!」
欲望の赴くまま高級ECサイトで商品を漁るかのように、次々と魅力的な返礼品を提供する自治体への寄付を繰り返していきます。還元率を計算し、いかに上限額内で最高の「戦利品」を獲得するかに没頭する作業は、もはや経営戦略を練るのにも似た興奮を彼に与えていました。
「パパ、すごいね! いつも美味しいものをありがとう」
「喜んでくれて嬉しいよ。これもお得に賢く買い物する、パパの手腕というわけさ」
家族からの感謝の言葉が、賢くお金を使っているという彼の高揚感をさらに加速させます。もちろん、返礼品が税法上の「一時所得」に分類される可能性があることは、知識として持っていました。
(一時所得には特別控除の枠がある。それに、返礼品の価値など厳密に計算されるはずがない。多少枠を超えたところで、税務署が個人の買い物まで把握しているわけがないだろう……)
この“知っているつもり”の知識と楽観的な思い込みが、彼を深い落とし穴へと誘っているとは、夢にも思っていなかったのです。
税務署からの突然の通知…落とし穴への転落
ある日の午後、会社のデスクで郵便物に目を通していた彼の手が止まります。見慣れない税務署の印が押された一通の封筒。一抹の不安を覚えながら封を切ると、そこには「所得税及び復興特別所得税についてのお尋ね」という、冷たい活字が並んでいました。
(一体なんだ……? 税金の申告漏れなど、あるはずがない。確定申告はすべて先生に任せているんだぞ)
しかし、文面を読み進めるにつれ、顔から余裕が消えていきます。書面には、彼が行ったふるさと納税の寄付履歴が正確に記されていたのです。そして、問題の核心は次の文章に集約されていました。
「貴殿が受け取られた返礼品について、その経済的利益の年間合計額が、所得税法に定める一時所得の特別控除額を超えている可能性が認められます。つきましては、当該所得の申告内容について確認したく、ご回答をお願いいたします」
全身の血の気が引くのを感じました。税務署はすべてを把握していたのです。彼は慌てて過去の記録を引っ張りだし、受け取った返礼品の価値を頭の中で積み上げました。
高級腕時計型デバイス、有名ブランドのキャンプ用品、最新のデジタルカメラ、そして年間を通じて何度も届いた高級和牛や海産物の詰め合わせ……。それらの経済的利益の合計は、どう考えても特別控除の枠を大幅に超えており、申告漏れはもはや疑いようのない事実。
その夜、重い口を開いて妻に事情を打ち明けました。
「すまない……。ふるさと納税の件で、税務署から連絡が来てしまった。どうやら、やりすぎてしまったようだ」
いつもは彼の「お得術」を褒めていた妻は、静かに、しかし厳しい眼差しで彼を見つめました。
「少し夢中になりすぎじゃないかと、心配していました。どんなに得をしたように見えても、ルールを外れてしまっては意味がないでしょう?」
返す言葉もありません。家族を喜ばせたい、賢くありたいというプライドが、結果として最も基本的なルールを踏み外させ、家族に要らぬ心配をかけてしまったようです。
「専門家任せ」に潜む本当のリスク
翌日、彼は血相を変えて顧問税理士の事務所に駆け込みました。お尋ねの書面をテーブルに置き、興奮気味に説明する彼に対し、長年の付き合いである税理士は冷静でした。
「社長、落ち着いてください。確定申告の際にお預かりした資料を拝見しましたが、寄付金控除に必要な証明書は確かにありました。しかし、これほど多岐にわたる返礼品を受け取られていたというお話は、今日初めて伺いましたよ」
税理士の言葉に、彼はハッとしました。ふるさと納税を、あくまで「プライベートな楽しみ」「少しお得な買い物」と捉えていた彼は、事業の帳簿や正式な資産とは関係ないと考え、その詳細を税理士に報告するという発想自体がなかったのです。
「いや、それは……。先生にお渡しするような事業の経費や資産ではないと、勝手に……」
力なく答える彼に、税理士は諭すように続けます。
「社長のお気持ちはわかります。ですが我々専門家も、いただいた情報がすべてです。ご自身の資産やお金の動きに関わることは、それがプライベートなものであっても、税金に関わる可能性があればすべてお話ししていただかないと、正しい判断はできません。特に近年のふるさと納税は、税務署が注目しているポイントの一つでしたから……」
「専門家に任せていれば安心だ」という彼の考えは、根底から覆されました。専門家は万能ではなく、正しい情報を共有して初めてその能力を発揮できるパートナーです。その当然の事実を、彼は見過ごしていました。税理士のサポートのもと修正申告を行い、追徴課税を納めた「勉強代」は、彼の心に重くのしかかったのです。
この一件は、彼に大きな気づきを与えてくれました。魅力的な節税や資産運用の話は、私たちの周りに溢れています。しかし、本当の意味での資産を防り、心からの豊かさを享受するためには、そのメリットの裏側にあるルールを正しく理解し、信頼できる専門家と正確な情報を共有しながら実践しなければならないのです。
「お金のプロ」からの3つのアドバイス
アドバイス1:税務署と税理士の「視点の違い」を理解する
まず最も重要な点として、本事例のような申告漏れが起こる背景には、税務署と税理士の「視点の違い」への理解不足があります。
確定申告で「寄付金控除証明書」を提出することで、税務署は「あなたが、どの自治体に、いくら寄付したか」を完全に把握しています。そして、「課税漏れがないか」という網羅的な視点でデータを見る税務署は、その高額な寄付に見合う「一時所得」の申告があるかどうかを確認します。
もし申告がなければ、「これだけの寄付をしているなら、相応の経済的利益を得ているはず。申告がないのは不自然だ」と判断するのです。「お尋ね」は、この申告状況の不自然さを納税者本人に確認するために送られてきます。
一方で、あなたの顧問税理士はどうでしょうか。多くの場合、税理士は「寄付金控除を正しく適用する」というクライアントからの依頼目的でその証明書に目を通します。もちろん経験豊富な税理士は付随するリスクにも気を配りますが、その注目ポイントは、税務署の網羅的な視点とは自ずと異なります。
あなたが「返礼品がこれくらい豪華で……」といった具体的な情報を共有しない限り、寄付金控除というメインの業務の裏に潜む、一時所得のリスクにまで考えが及ばない可能性も十分に考えられるのです。
この「税務署は不自然さに気づくが、税理士は(役割や視点の違いから)気づきにくい」という状況こそが、意図せぬ申告漏れの温床となります。専門家を信頼するからこそ、自らの行動に関する情報は、些細なことと思っても正確に共有し、同じ視点に立ってもらう努力をすること。その姿勢が、あなたの資産を守る最後の砦となるのです。
アドバイス2:ふるさと納税の寄付額が少ない方も要注意
次に、「自分は寄付上限額がそれほど高くないから関係ない」と思われている方も、注意が必要です。なぜなら、ふるさと納税の返礼品による経済的利益は、ほかの「一時所得」と合算して計算されるからです。
一時所得には、生命保険の一時金や満期金、損害保険の満期返戻金、懸賞や福引の賞金品、法人から贈与された金品などが含まれます。
たとえば、ふるさと納税による利益自体はさほど大きくなかったとしても、その年にたまたま満期を迎えた保険金など、ほかに高額な一時所得があれば、それらを合算した結果、特別控除額を大きく超えてしまうケースがあります。「ふるさと納税だけ」で考えるのではなく、年間の所得全体を俯瞰する視点が不可欠です。
アドバイス3:ふるさと納税を“お得なショッピング”として扱っていませんか?
最後に、事例の経営者は、返礼品の魅力や還元率に夢中になるあまり、本質を見失っていました。ふるさと納税の本来の意義は、自分が生まれた故郷、お世話になった地域、あるいは純粋に応援したい地域など、寄付先を自らの意思で選択できることにあります。
これは買い物にたとえるならば、「なにを買うか(返礼品)」の前に、まず「どこで買うか(どの地域を応援するか)」を考えるべきだという話です。返礼品は、あくまで地域を応援した結果として得られる感謝のしるし。この原点に立ち返れば、過度な「返礼品ハント」に陥ることもなく、より健全に制度と付き合えるのではないでしょうか。
本記事が、皆さまの税務管理の見直しにつながれば幸いです。
亀井 岬
株式会社アイ・パートナーズフィナンシャル
独立系資産運用アドバイザー(IFA)
※株式会社 アイ・パートナーズフィナンシャル 金融商品仲介業者 関東財務局長 (金仲) 第314号
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