
2025年に入ってから、金は1オンス=3,000ドルを超える異例の高値をつけています。背景には、トランプ政権の復活による先行きの不透明感や、各国の「金の現物」を求める動きがあるようです。実際に、ロンドン市場では金の現物の引き出しに時間がかかり、需給がひっ迫しているという声も。本記事では、エコノミストのエミン・ユルマズ氏の著書『高金利・高インフレ時代の到来!エブリシング・クラッシュと新秩序』(集英社)から一部を抜粋・再編集し、「なぜ金だけが買われているのか?」という疑問に迫ります。
見極められないゴールド価格上昇の真因
改めて2025年の明けから3月にかけてのゴールド価格の推移を見ると、すでに1トロイオンス=3,000ドルを超えており、半端ではない上げっぷりなのが分かる。
では、ゴールドの強さの真の背景は何なのか? 1月20日からトランプ政権がスタートしたことによる、先行きの“不透明感”によるものもあるではないか。私が一番強く感じるのは、そこであった。
さっそくトランプ政権は鉄鋼とアルミ製品に対する25%の関税をスタートさせ、今後の貿易戦争への口火を切った。知ってのとおり、最大の標的とされる中国は、かねてより米ドル依存を軽減させるため、ゴールドを買い増してきた。
他方、ゴールドをめぐって奇妙な動きが見られる。
世界のゴールド取引のメインであるバンク・オブ・イングランド(BOE:英国中央銀行)を介するゴールド現物取引のデリバリーにことのほか時間がかかっているのだ。
ここでのBOEの役割とは、各国のゴールドリザーブを預かり、それをロンドンに拠点を持つゴールドディーラーに貸し出して運用することにある。
ここにきてBOEにゴールドを預けた側が現物で引き出そうとすると、1~2ヵ月もかかってしまう。なぜそれほど時間を要するのか。自分のところから現物ゴールドが出払っており、調達するのに手間取っているからと思われる。要は、それだけ現物需要が高まり、供給がことさらタイトになっているわけである。
だから、現場ではこんなことが起きているとされる。通常ならば現物ゴールドはスポットプライスに数セントのプレミアムが付くはずなのに、逆にディスカウントされて売られている。それも少々のディスカウントではなく、1オンスに対して5ドルものディスカウントがなされていると。
市場の懸念を生むトランプ2.0の不確実性
現在、そこまで物理的に現物ゴールドがなかなか手に入らない事態に陥っていることで、デリバリー対応が大幅に遅れている。それが単なる需給のミスマッチというテクニカルな問題であり、そのうちに解決されるようならば、やがてゴールド相場も調整されるかもしれない。
しかしながら、今後、多少の調整が入ったとしても、おそらくゴールドの強い展開は続くはずだ。ピークを打った株の勢いが失速するなか、ゴールドのみが勢いづく展開は十分に考えられる。
ただし、こうした動きが世界構造的な転換点、時代の節目のような意味合いを備えているのであれば、ゴールド相場は“青天井”へとまっしぐらに向かうのだろう。
もう一つゴールドの動向を予測する判断材料として挙げたいのが「ゴールド/カッパー(金/銅)レシオ(比率)」。ゴールド価格をカッパー価格で割ったものだ。図19を見ると、2022年から大きく上昇し始めているのが見て取れる。
コロナ・ショックが起きる直前の水準までは到達していないものの、かなり上がってきている。これには二つの意味合いがあって、一つにはゴールドの需要が強いことと、もう一つはカッパー需要がそんなに上向いてはいないことだ。カッパーは景気を計るうえでの代表的な先行指標として知られる。そのカッパーが伸び悩むということは、世界の景気が芳しくないことをわれわれに告げている。
他方、今回のゴールド需給問題を受けて、シルバーとプラチナが恩恵を受ける可能性があることに注目しておいたほうがいい。これまではゴールド一強だったのが、メタル相場全体が押し上げられている様相が強まっているからだ。
市場が目先の大きなインフレを期待しているのか。もしくは、何らかのリスク要因を察知しているのか。それは貿易戦争だったり、リアルな米中戦争やそれに近い米中衝突に対する疑念が首をもたげたのかもしれない。これらの世界の懸念はやはり大摑みに捉えれば、「トランプ2.0の不確実性」に起因するものといえよう。私自身、トランプ政権は他国とは戦争をしたがらない政権という認識を抱いてはいる。とはいうものの、トランプ政権がどこかで追い込まれてしまう状況が訪れないとも限らない。
いずれにしても、トランプが仕掛けた貿易戦争自体が各相場に対する不安定要因をもたらしているのは間違いない。その結果、貴金属相場には強い追い風が吹いている。翻って、その他のリスク資産に関しては、そうとう慎重な展開を余儀なくされている。少なくともしばらくの間は、こうした展開が続くのだろう。
エコノミスト エミン・ユルマズ

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