
セイコーエプソンは、2025年度の事業戦略について説明した。
セイコーエプソン 代表取締役社長CEOの𠮷田潤吉氏は、「2025年は、長期ビジョンであるEpson 25 Renewedの最終年度であるとともに、EPSONブランドの制定から、50周年の節目を迎えている。企業価値の着実な成長に向けて、今後の飛躍を考える1年でもあり、ブランドに込めた意味を再び深く考えている」と切り出し、「エプソンの歩みは、誠実努力」、創造と挑戦の歴史である。ウォッチの製造からはじまり、省・小・精の技術を磨くことで、液晶パネルやプリンタヘッドなどのコアデバイスを作り上げ、世界中のお客様のニーズに寄り添ったモノづくりによって、事業を拡大してきた。イノベーションを通じて、よりよい価値を届ける営みを磨き上げ、家庭からオフィス、商業・産業分野まで幅広いお客様ら製品、サービスを提供していく」と述べた。
Epson 25 Renewedの進捗について、事業ごとに説明した。
オフィス・ホームプリンティングイノベーションでは、大容量インクタンク搭載プリンタが、2010年の発売以降、世界累計販売台数が1億台を達成し、プリンティング用途に加えて、家庭におけるIoT機器としての役割を果たしながら普及していることを示した。「スマートデバイスとの連携、リモート印刷、スキャンなどの機能を活用して、教育、医療、物流、小売などの様々なサービスの利用も可能にしている」と語る。
オフィス向けプリンタでは、レーザープリンタからインクジェットプリンタへのテクノロジーシフトを推進。「消費電力が低く、部品の定期交換が少なく、さらにインクタンクの大容量化によって、一層の環境負荷低減が図れるのがインクジェットの特徴である。レーザープリンタと明確な差別化が図れる」としたほか、「エプソンのオープンプラットフォーム戦略により、各種ソリューションやサービスとの親和性が高め、顧客のネットワーク環境における管理工数や印刷コストの削減に貢献している」という。
セイコーエプソンは、2026年までに、同社が新規に販売するオフィス向けプリンタを、すべてインクジェット方式とし、レーザープリンタの本体販売を終了する方針を打ち出していたが、高速印刷に優れたモノクロレーザープリンタに対する根強いニーズがあることから、中速機に限定して、A3およびA4モノクロレーザープリンタの複数機種を、当面、継続的に販売する考えを示している。同社によると、現在、A3カラーレーザープリンタ3機種、A3モノクロレーザープリンタ4機種、A4モノクロレーザープリンタ4機種の合計11機種を販売しているが、継続販売を予定しているのは、A3モノクロレーザープリンタ3機種、A4モノクロレーザープリンタ2機種の合計5機種。「レーザープリンタをインクジェットプリンタに置き換えることで、環境に貢献していくという方針および戦略には変更はない」としている。
商業・産業プリンティングイノベーションでは、幅広いユーザーニーズにあわせて新製品を発売。UVインク、溶剤系インク、昇華転写インクを搭載したプリンタによって、様々な素材に、オンデマンド印刷が可能なプリンタを揃えて、オリジナルグッズやスポーツウェア、ポスター、壁紙などの需要に応えているという。「プリンタが持つ画質と性能に加えて、プリンタの稼働と印刷の進捗が見えるスマホアプリのEpson Cloud Solution PORTによるデジタル印刷業務の効率化、カラーマネジメントによる品質、生産性向上を実現している」という。
また、デジタルラベル印刷機のSurePress L-5034は、新開発の1200dpiプリントヘッドを搭載し、高速化と高画質化を実現。「国内外の展示会で参考展示をしたところ、反響が高く、多くの期待が集まっていることを感じた」と手応えを示した。
さらにデジタル捺染技術では、持続可能なファッションの進化に貢献できることを強調。顔料インクや機能性インクの搭載によって、プリント前後の処理加工が不要になるモデルも発売し、生産設備の柔軟性や水使用量の大幅削減に貢献できるという。「インクジェットの特徴である高精細を生かし、デザインの多様性や発色性を生かせる領域をターゲットにしている。市場そのもののデジタル化はこれからである」と語った。
買収したFieryについては、「印刷業界向けワークフローおよびDFEソリューションを提供し、200万台以上の導入実績を持つ企業である。エプソンのプリントヘッドや完成品と組み合わせることで提案力を強化し、世界中のデジタル印刷の成長を加速させる」と意気込みをみせた。
一方で、インクジェット技術の活用提案を拡大しており、外販用プリントヘッドが他社製プリンタにも採用されている。紙や布へのインク吐出に留まらず、ペロブスカイト太陽電池の製造や、プリンテッドエレクトロニクス分野への応用も進んでいるとした。
また、今後は、エフソンブランドのプリンタ、複合機への搭載や、外販の強化などにより、Precision Coreプリントヘッドの搭載増加を見込んでおり、プリントヘッドの生産能力の拡大に向けて生産投資を加速。2025年9月には、約51億円を投資し、東北エプソンにプリントヘッド製造の新棟を竣工する予定だ。
インクジェットイノベーションと、エコシステム構築によるソリューションカンパニーへの進化に向けた取り組みについても説明した。
中心となる柱は、プリントヘッドコアテクノロジープラットフォームで、グローバルに広く展開しているデバイス、完成品、ソフトウェアなどのソリューションを有機的に結合し、様々な顧客価値を創出することになるという。「短期的には、完成品ソリューション、プリントヘッド、Fieryのソフトウェアソリューションによるシナジーの早期創出に加えて、完成品ソリューションとプリントヘッドへの組織的対応によるポートフォリオ改革を加速する。中長期的にはパートナーとの共創によって、新規ドメインへの事業拡大を図る」とした。
マニュファクチャリングイノベーションでは、ライフサイエンス、製薬業界などで求められる高精度な作業の自動化ニーズに対応するため、人協働ロボットを開発。これまで製造現場を中心に利用されていた同社の産業用ロボットが、新たな領域にも進出したことに触れた。2025年内には販売を開始するという。
また、カスタムカラーマニキュアの製造プラットフォームを持つ米スタートアップ企業のBlank Beautyに出資し、エプソンが持つコンパクト、高精度、高生産性を実現するロボット技術を生かすことになるという。
ビジュアルイノベーションでは、「学び」、「働き」、「暮らし」の3点から説明。「学び」では、JICAとの包括連携協定により、新興国における教育分野でのデジタル活用を支援。電気や通信環境が厳しい環境においても、どこでも、誰でも使えるプロジェクターを試作したという。「働き」では、遠隔地のオフィスをつなぎ、仮想的に同じ空間で働くことで、コミュニケーションを活発化するなど、プロジェクターを活用した新たな働き方の提案をしているという。「暮らし」では、コンパクトで、手軽なモデルから、高画質の本格モデルまで、ホームプロジェクターのラインアップを強化している。
ライフスタイルイノベーションにおいては、オリエントスターブランドで、インクジェット技術を応用し、金属ナノ粒子積層技術を駆使した文字盤を採用した時計を世界で初めて投入。「セイコーエプソンの祖業であるウォッチの加工技術と、最先端のインクジェット技術を融合させたものである」と自信をみせた。
マイクロデバイスでは、地震観測、常時微動計測、システム老朽化監視向けのセンサーを提供して、デジタル化を加速。橋梁やトンネル、鉄道などの大型社会インフラの保守に活用しているという。
新領域への取り組みとして、環境技術開発についても説明。青森県八戸市のエプソンアトミックスでは、使用済みの金属や廃棄される金属を原料として資源化する新工場を2025年6月から稼働。「金属の資源循環を実現する金属粉末製造サイクルを確立する」という。
また、香港のHKRITAと共同で、新たなプロセスを用いることで、廃棄されるコットンから、光沢のある再生繊維を開発することに成功しており、「事業化には時間がかかるが、世界的な課題である衣類のリサイクルを推進し、再生繊維の普及を加速させることにも貢献したい」と述べた。
また、「エプソンが持つ省・小・精の技術は、小さくでき、無駄を省き、省エネを実現でき、精度が高い。この技術を使うことで、お客様のもとでの環境負荷低減に大きく貢献できる。事業成長と環境貢献は両立できる」とした。
サプライチェーン構築の取り組みについても言及した。
2024年度は、フィリピン、マレーシア、インドネシア、タイの生産拠点において、RBAプラチナ認証を取得してCSRを推進する一方で、トランプ関税については、「コロナ禍で分散生産を進めてきた経緯があり、米国の関税政策に対しても、米国向け製品については、最も関税率が低いとされるフィリピンに生産を集中させ、フィリピンで生産していた他の地域向けの製品を別の生産拠点に振り替えることにいち早く着手した。中国から米国への出荷比率は約10%であり、この影響を極小化するための努力を続けている。グローバルオペレーションのフレキシビリティを生かし、気を緩めずに対処したい」と述べた。
さらに、「エプソンは、世界中のお客様に価値を届けるため、製造、販売、サービスの各拠点をグローバルに展開している。今後も地域に根ざした活動を通じて、より多くのお客様に寄り添い、信頼されるブランドを目指す」とした。
知的財産戦略では、Clarivate Top 100グローバルイノベータ2025において、世界ランキング6位となり、今回で12回目の選出になったことを報告。「特許の出願数と保有数だけでなく、影響力や成功率、人的投資、希少性の観点から評価されているものである」と胸を張った。
2026年度からスタートする次期ビジョンについては、「Epson 25 Renewedの最終成果を踏まえることになるが、2026年度以降のさらなる成長を前提とした検討を進めている。インクジェット技術を核とした応用領域の拡大を検討している。新興国においては、既存製品による成長の維持に加えて、環境負荷低減に貢献するとともに、電力事情が厳しい状況でも、ビジネスに使ってもらえるというメリットを訴求する。プリントヘッドの外販を含めた商業・産業分野においても、応用範囲の広さを生かした成長戦略を推進する。さらに、これまでの技術を強化、発展させながら、新たなパートナーとの共創によって応用範囲を広げていくことにも取り組む。次ビジョンの詳細は2026年度早々に発表する」と述べた。
(大河原克行)

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