
「高齢者の生活破綻」は、もはや遠い世界の出来事ではありません。特に近年、都心に高額な不動産を所有しながらも、手元の資金が底をつき、生活に困窮する「不動産貧困」に陥るケースが増えています。特に、管理費や修繕積立金など高額な維持費がかかるタワーマンションでは、そのリスクがより顕著です。一見すると裕福に見える彼らが、なぜこのような状況に追い込まれるのか。本記事では、オフィスツクル代表の内田英子氏がAさんの事例とともに、老後の持ち家リスクについて解説します。
一代で成功を収め、高級タワマンから下界を見下ろす73歳男性
Aさんは73歳の男性です。都心の閑静な住宅街にそびえるタワーマンションの最上階暮らし。部屋にはアンティーク家具が並び、白髪をきれいに整えブランド品を身にまとって外出します。誰もがAさんのことを裕福な老後生活を送る「成功者」と思っていました。
しかし実際のAさんの家計は、自転車操業状態に陥っていました。理由の1つとして挙げられるのが、数年前に経験した妻との離婚。長年連れ添った夫婦関係の終わりは、精神的な打撃だけでなく、財産分与と年金分割という形でAさんの資産を大きく目減りさせたのです。築き上げてきた金融資産は半分になり、予定していた年金受給額も減少しました。月換算した受給額は約18万円です。
加えて、現役時代に会社経営をしていたAさんは、社会保険料の負担を軽くするため、自身の報酬を低めに設定していたこともあり、残った年金額では、以前の生活水準とのギャップがますます広がってしまいました。
一方、Aさんの住むマンションには月10万円以上の維持費がかかります。管理費、修繕積立金、固定資産税といった支出が重くのしかかっていました。老後生活に入るときにはある程度の金融資産もありましたが、金銭感覚を変えないまま暮らすなかで、あっという間に底をつきました。
そして最近は物価高が加わり、ついに年金だけでは生活がままならない状態に。Aさんは手持ちのブランド品を質に入れてお金を確保するようになりました。
そんなある日、Aさんのもとにマンションの管理組合から通知が届きます。手紙には「修繕積立金の引き上げを検討したい」ということが書かれていました。
「もう、これ以上は払えない。どうすればいいんだ……」
Aさんは膝から崩れ落ち、頭を抱えました。
持ち家がリスクになる時代
「持ち家があれば安心」という考えには根強いものがありますが、いまはそういった考えを見直さなければならないタイミングにあるのかもしれません。
家は将来、暮らしのリスクになる可能性があります。
まず、不動産はたしかに資産ではありますが、現金のように自由に使えるわけではありません。「売って初めてお金になる」ものであり、所有しているだけでは生活費の足しにすることはできません。
3倍以上に?特に注意すべきマンションの修繕積立金
特にタワーマンションのような物件では、管理費・修繕積立金・固定資産税などが継続的に発生し、年金生活においては負担が重くなりがちです。マンションの修繕積立金の徴収方法はマンションによって異なりますが、国土交通省の調査結果によると、近年段階的に金額を引き上げる「段階増額方式」が増加しています。直近10年以内に完成したものでは、7割を超えるマンションで採用しています。
段階的に引き上げられることに加え、最近では物価上昇などの変化に伴い、当初の計画よりも修繕積立金額を増やす事例も増加しているようです。国土交通省の調査結果※1によると、一月あたりの修繕積立金額の平均額は当初単棟型で74.4万円、団地型で248.2万円でしたが、最終的には単棟型128.8万円、団地型で343.4万円と、3割から7割程度増加しています。
また、国土交通省の資料※2によれば「段階増額積立方式」を採用しているマンションの長期修繕計画では、計画の終期に大きく積立金の水準が上昇するマンションも存在するとのこと。近年分譲されたマンションをみると、長期修繕計画の計画当初から最終計画年までの増額幅の平均は約3.6倍となっており、なかには10倍を超えるものもあるようです。
マンションを終の棲家とする場合、見逃せないリスクといえるでしょう。
高齢者がタワマンに住まうリスク
さらに、家が晩年の暮らしの見えにくいリスクとなる可能性も無視できません。
・迷子になるリスク
高層マンションの共用部分や複雑な構造は、認知能力が低下した際自身で部屋まで辿りつけなくなるかもしれないという問題があります。タワーマンションのように「均質な空間」が確保された家であるほど、視覚的な手がかりが少なく、記憶や認知機能が低下した高齢者には不向きな住環境になる可能性も考えられます。
・緊急時の孤立リスク
一人暮らしという点では、万が一のときに助けを呼べない、あるいは呼べても対応できないかもしれない、というリスクを孕んでいます。たとえば、倒れて動けなくなってしまったとき、自身で救急車を呼ぶことができても、カギを開けることができなければ、救急隊が速やかに室内へ入れない可能性もあります。この点はタワーマンションでも一戸建てでも同様です。
このように、「持ち家だから安心」ではなく、むしろ家が晩年の暮らしのリスクマネジメントを難しくさせるリスクとなりうる可能性があります。
大切なのは「いかに守るか」という視点
Aさんのように、見た目には裕福でも、生活の土台が不安定なケースでは、かえって支援の手が届きにくくなってしまう可能性があります。
人生の晩年における安心を左右するのは、どれだけ周囲の手を借りやすい環境にいられるかどうか、です。そのために重要なことは、自身が晩年にどのようなタイミングでどのような人から手を借りたいのかというライフプランであり、それをかたちにできることです。持ち家を維持することにとらわれず、「自分の暮らしをいかに守るか」という視点で考えることが、大切なのではないでしょうか。
〈参考〉
※1 総務省統計局 マンション総合調査
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00600890&tstat=000001077995&cycle=0&tclass1=000001219040&tclass2val=0
※2 国土交通省 管理計画認定制度のあり方について https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001706962.pdf
内田 英子
FPオフィスツクル代表

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