老後の安心は、思い描いた通りにはいかないこともあります。十分な資金と穏やかな毎日を手に入れたはずの人でも、家族との関わり方ひとつで、人生の景色が大きく変わってしまうことがあるようです。

まさか…エリート会社員だった俺の老後がこんな地獄絵図に

年金生活を送っている田中健介さん(67歳・仮名)。元々都内の大手建設会社で働き、60歳で定年。その後は65歳まで子会社の役員を務めてキャリアを終えた、いわばエリートサラリーマンでした。60歳定年では退職金として4,500万円を受け取り、現役時代から堅実に貯めてきた貯金は4,000万円。十分な老後資金に加え、月21万円と平均を大きく超える年金を受け取っています。30歳を前に結婚した妻は5年前に他界。2人の子どもはすでに独立し、1人住むには広すぎる戸建てが残りました。

「終活も考えて、売却することにしました」

終の棲家として購入したのは、バリアフリーもバッチリな都心のマンション。キャッシュで一括購入し、家の維持という煩わしさから解放されました。たまに趣味のゴルフに行ったり、気の置けない旧友たちとの旅行に行ったり。穏やかな日々を過ごす――多くの人が羨むような理想の老後を過ごしていました。

しかし、そんな日々が狂い始めたのは、仕事を辞めてから2年ほど経ったときのこと。次女の佐藤美咲さん(38歳・仮名)が、泣きそうな顔で健介さんのマンションを訪ねてきました。

「お父さん、ごめんなさい。私、離婚することになったの」

聞けば、結婚して10年になる夫の浮気が原因とのこと。一人息子の翔太君(9歳・仮名)を連れて家を出て、実家の近くにマンションを借りて新しい生活を始めるといいます。健介さんにとって、翔太君は目に入れても痛くないほど可愛い孫です。娘の離婚はショックでしたが、近くに住んでくれることで、これからはいつでも孫に会えるという喜びもありました。

「生活のことは心配するな。何かあったら、いつでもこの父を頼れ」

健介さんは、不安げな美咲さんと翔太君を力強く励ましました。しかし美咲さん親子が近くに越してきてから、健介さんの生活は一変します。週末は翔太君を預かり、平日の夜も「残業で学童の迎えに間に合わない」という美咲さんからの電話で、慌ててマンションに向かうこともしばしば。美咲さんと翔太君を第一に考える生活のため、趣味のゴルフも旅行も、めっきり行けなくなりました。しかし翔太君の「じいじ、大好き!」という言葉を聞くと、疲れも吹き飛ぶような気がしていました。

孫の笑顔が「悪魔」に見えた日

しかし、次女親子との関係性は徐々に金銭的なものへと姿を変えていきます。最初は「新しい生活を始めるのにお金がかかって」という美咲さんの言葉に、健介さんは「これで色々整えなさい」と快く50万円を渡しました。それがすべての始まりでした。

「お父さん、パートのお給料だけじゃ厳しくて……でも、翔太にみじめな思いはさせたくないの」

そう言ってうつむく娘を前に、健介さんは「分かった」と頷くしかありません。金銭面でのサポートが始まりました。

厚生労働省『2021年度 全国ひとり親世帯等調査』によると、母子世帯の平均年間就労収入は236万円。児童手当などを含めても、余裕のある生活には程遠いというのが実情です。美咲さん親子も同じだったのでしょう。次第に「翔太が塾に行きたいって言い出して」「周りの子はみんな英語の学童に通っているの」と、要求はエスカレートしていきました。そして健介さんの口座から毎月、年金以上の金額が消えていくのが当たり前に。マンションを購入した時には、5,000万円以上あった貯金は、いつの間にか4,000万円前半まで減り、ふと、「どこまで減っていくんだろう」と焦りと不安を感じることも。

そんなある日、事件が起きました。いつものように翔太君を預かっていた時、何気なく美咲さんのSNSを開いてみると、そこには健介さんの知らない娘の姿があったのです。

「自分へのご褒美!」

「友達と箱根でリフレッシュ旅行!」

投稿には、高級ブランドのバッグを片手に微笑む美咲さんや、温泉旅館の豪華な食事を楽しむ写真が並んでいました。健介さんには「生活が苦しい」と訴えながら、裏ではこんな贅沢をしていたのかと、裏切られた気持ちでいっぱいになったのです。

その夜、帰宅した美咲さんを問い詰めると、「息抜きよ。私だって大変なんだから。ママ友の付き合い」とさらりと言ってのけます。開いた口が塞がりませんでした。その隣で、ゲームに夢中の翔太君が「じいじ、新しいゲームソフト買ってよ」と無邪気にねだってきます。つい数時間前まで、天使のように見えていた孫の笑顔が、その瞬間、自分の老後資金を食い潰す悪魔のように見えました。

さらに、偶然、美咲さんの元夫に会うことがあり、そこで毎月、しっかりと養育費を払っていることが判明。健介さんは「養育費は1円も受け取っていない」と聞いていました。そこで健介さんは決心します。

「来月から、一切のサポートは打ち切る。自分の給与と養育費でやりくりしなさい」

「ひどい、私たちがどうなってもいいのね。もう翔太にも会わせないから!」

泣き叫ぶ美咲さんに胸が張り裂けそうになりましたが、健介さんは心を鬼にしてその場を立ち去りました。あの日から、健介さんのもとに娘や孫が来ることはなくなりました。やっと手に入れたはずの穏やかな老後は、皮肉にも、愛する家族との断絶によってもたらされたのです。

「最初に甘やかしたのが間違いでした。今さらながら後悔しています」

[参考資料]

厚生労働省『2021年度 全国ひとり親世帯等調査』

(※写真はイメージです/PIXTA)