戦地に赴いた人、国に残された人など、さまざまな立場の視点から戦争のリアルを描く、NHK連続テレビ小説あんぱん』(NHK総合・毎週月~土あさ8時~ほか)。終戦80年を迎える節目の年にふさわしいドラマと言える。



NHK『あんぱん』© NHK(以下同じ)



 『あんぱん』のチーフ演出を務め、過去には『鬼太郎が見た玉砕 ~水木しげるの戦争~』や『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』など、戦争を題材にしたスペシャルドラマを手がけた柳川強(やながわ・つよし)氏に、終戦80年という節目だからこその思い入れなどについて話を聞いた。(※本インタビューは2025年6月に実施されました)


◆『あんぱん』を制作するうえでの責任感
 終戦80年にふさわしい内容の本作ではあるが、柳川氏は「制作陣の中には『終戦80年だから』と気合いが入っている人もいますが、私は特に意識していません。戦後80年だからといって、伝える内容が変わるわけではない。私は『伝えなければいけないことを伝えるだけ』という意識で制作しています」と口にする。



あんぱんチーフ演出の柳川強氏



「ただ1つ言えるのは、戦後80年が経過したことで、10年前には戦争を体験した方々に直接取材ができたのですが、現在は存命の方が少なくなってきました。戦争の実態を直接伝えられる人が減っており、戦争ドラマを制作することへの責任感は強く感じています。


あんぱん』を制作するにあたり、参考資料として『拝啓天皇陛下様』をはじめ過去の映画作品を多数観て、フィクションではありますが、戦争の恐ろしさを学びました。あんぱん』も戦争を知らない現役世代や将来世代に向けて、『戦争とはどういうものなのか』を伝える作品にしなければならないと感じています」


 戦争は二度と起こしてはならない。その思いをスタンダードにするため、“いつも通り”『あんぱん』の制作に臨んでいるようだ。


◆無関心な人、異なる考えの人にもどう伝えるか
 戦争の恐ろしさ、戦争がもたらす悲しみなど、さまざまな感情を刺激しながら、戦争という行為の愚かさを突きつけてくる『あんぱん』。SNSでも『あんぱん』を視聴して、戦争は繰り返してはいけないと再確認する声が多く見られる。しかし、柳川氏は作品に込めたメッセージをどう伝えるかについて日々苦慮しているという。



伝えたいことをフィクションの力でどう伝えるかは常に考えています。さまざまな考えを持つ人に広く届けられたら良いのですが、ここ10年ほどで社会の分断が進み、“何を言っても届かない人”も増えた印象を受けます。


 もともと『戦争反対』と日々感じている人だけに届けばいい、というわけではありません。無関心な人や、異なる考えを持つ人にもどう伝えるか、その答えはなかなか見つかりません」


棲み分けが進んだ現代社会
 「戦争反対」という至極当たり前のことを“政治思想”と解釈され、妙なラベリングをされるようになった昨今。柳川氏は「私自身も“リベラル派”だと思われがちです。でも、戦争に右も左もありません。正しいことは正しいし、間違っていることは間違っている。それを伝えたいだけなんですけどね」と語る。



 2024年の「ユーキャン新語・流行語大賞」に「界隈」という言葉がノミネートされたように、社会の“棲み分け”は進行している。今や「戦争反対」という常識でさえ、届かない人には届かない時代になったのかもしれない。


◆「のぶを“他人事”ではなく“自分事”として」
 改めて『あんぱん』を通して伝えたいことを尋ねる。


「やなせさん夫婦の半生を約70年間にわたり描いています。その中で、どのような出来事が起き、どんな考え方を持って生きていたのかを少しでも知ってもらえれば。そして、それが今を生きるうえでの考え方のヒントになれば嬉しいです」


 また、注目ポイントとして「のぶ(今田美桜)は今を生きる私たちが陥りがちな姿を体現しています。のぶをフィクションの中の“他人事”ではなく“自分事”として捉える人が増えれば 、この作品を制作した意味があったのかなと思います」と続けた。



 時代に流され、軍国主義に染まったのぶ。この時点では共感も応援もしにくい存在だが、“空気”を疑うことなくついつい流されてしまう姿は現代を生きる私たちと重なる部分がとても多い。だからこそ、のぶに自分自身を重ねることによって、彼らが生きた時代の温度感がより鮮明に伝わってくるだろう。


 戦争や大切な人の死といった記憶に残る出来事が連続した前半3か月が終わり、後半3か月ではどのような展開が待っているのか、今後の放送も注目したい。


<取材・文/望月悠木>


【望月悠木】フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki



NHK『あんぱん』© NHK(以下同じ)