
糖尿病という診断を受けても、受け入れることに時間がかかる人もいるようです。厳しい食事制限はストレスにもつながるため、できる範囲から始めることが望ましいでしょう。糖尿病専門医である大坂貴史氏大坂氏の著書『血糖値は食べながら下げるのが正解』(KADOKAWA)より、挫折しない糖尿病治療について詳しくみていきましょう。
〈本記事の登場人物〉
横田みずほさん(52歳・女性)
一児の母。糖尿病とサルコペニア肥満※1の可能性があると診断され、治療のため、医師からプレート法※2などの説明を受ける。しかし、自身が糖尿病であることを認められず、教わったことを実行できないまま、薬も途中で止めてしまった。そんななか、2度目の受診日を迎えた横田さん。現状を素直に話すと、医師から改めて食事法を提案される。 ※1…サルコペニア肥満とは……加齢により筋肉量が減少し、筋力や身体能力が低下した状態の「サルコペニア」と、糖尿病をはじめ高血圧や脂質異常症などを悪化させる「肥満」が重なった状態のこと。 ※2…バランスよく栄養素を取るための食事法。直径23cmの皿に野菜・タンパク質・炭水化物を2:1:1の割合で乗せるというもの。
食事はできることを絞ってがんばりすぎない
「食事のことですが、カロリー計算をしようとされたんですね?」
「いいえ、食事改善に取り組もうとしたことはすばらしいですし、できないことを正直に伝えてくだされば、解決の道を探せます」
先生の言葉が、凍りついた心をゆっくり溶かしていくのを感じる。
「そんな風に言ってもらえると思っていなくて。ありがとうございます。治療のことで頭がいっぱいで、それなのにできない自分を責めて。この1か月間、あまり眠れませんでした」
「そうでしたか。でも、安心してください。私も自力でカロリー計算をして食事なんてできませんよ」
「そうなんですか?」
「カロリー計算をしてくれるアプリを使うことはありますが、毎食は難しいです。だから、最初はプレート法で大まかに区切って、食べる量を把握できるようになればいいんです。するとだんだん、皿がなくても量や配分がわかってきますよ」
「直径23㎝の皿は、実は夫の分も含めて購入してあるんです。でも、開封できないままでした……」
「それはもったいない! ぜひ、使ってくださいね」
「はい。プレート法はこれからですが、朝食に卵をつけることと、コーヒーに牛乳を加えることだけは実践できました。あと、パートが休みの日は、夫が出勤してから、ほんの少しですが家のまわりを散歩するようにしました」
「おぉ、すばらしい! 実は、今日の計測で体脂肪率が30.2%と前回よりも下がっています。筋肉量も増えているんですよ。ちょっとの心がけでも体は正直ですね」
「本当ですか? じゃあ、先生のおかげです」
「いいえ、横田さんの行動の結果ですよ」
「でもそれも、朝食時になぜか先生の顔が浮かんだので、卵と牛乳を冷蔵庫から出すことができたんです」
「毎朝、冷蔵庫からそれを選ぶ、そのことがすばらしいです」
「ありがとうございます。先日、パンよりもご飯のほうが脂肪を増やしにくいと聞いたので、“納豆ご飯”の日も作ろうと思います」
「いいですね。ランチはどうしましょうか?」
「冷凍ピザには卵をのせます」
「卵をのせて“ビスマルク風”ですね。ただ、ピザならパスタのほうが血糖値を上げにくいかもしれません。使用している粉が違うんですよ」
「そうなんですか。冷凍うどんも食べたいのですが、どうなんでしょう? あとは、前日の夕飯の残りをおかずに加えてみます」
「そうですね。うどんよりもそばのほうが血糖値を上げにくいので、冷凍そばにする日も入れられるといいかもしれません」
「毎週金曜日が冷凍コーナーの割引日なので、冷凍そばを買ってみます」
「いいですね。試してみてください! 夜はどうしましょうか?」
「“プレート法”で使う皿を開封するところからです(笑)」
「あはは。はい。では、今晩から使えるといいですね」
「はい」
「糖尿病の食事で大切なのは、継続することです。満点でなくていいんです。満点を目指すとどうしたって“減点方式”になりますね。でも、これならできるということを“加点方式”で積み重ねていくことで、次第に食事が整っていくと思いますよ。焦らないでくださいね」
「できることからやればいいんですね」
〈先生からの処方箋〉
満点を目指すと挫折しやすい。 できることを積み重ねる“加点方式”で食事を整えて!
睡眠不足が体に脂肪を増やす
「先ほど睡眠の話がありましたが、寝たいのに眠れないとつらいですね。ちなみに、 深夜まで作業をしたり、動画などを見たりしていることはありませんか?」
「あ、あります。夜、好きな俳優が出演しているドラマや映像を見るのが楽しみです。そのあとはその俳優についてのSNSをつい見てしまったり……」
「そうですか。睡眠不足が原因で、体の脂肪が増えやすくなることもあるんですよ。睡眠時間が不足すると食欲に関するホルモンをアンバランスにして、食事が乱れがちにもなります。深夜まで起きていると、食べ物を欲しくなったりしませんか?」
ギクッ。
「はい。お菓子をつまんだりすることがあります」
「ですよね? ちなみに、睡眠不足だとストレスホルモンのコルチゾールの分泌が増えて、血糖値を上昇させやすくなることも考えられます」
「血糖値も上がるんですか……」
「そうです。どうしたらいいでしょうか?」
「眠れるかどうかは別として、少し早めにベッドに入ることはできます」
「それがよさそうですね。でも、ドラマが見られなくなってしまいませんか?」
「好きなことをする時間は、日中にも確保する自信があるので大丈夫です」
「わかりました。あまりにも寝付けないようなら、相談してくださいね」
「はい。そうします」
「次は、2か月後でいかがでしょうか? では、どうぞお大事に」
「わかりました。お願いします」
帰宅したら、お皿を開けようと心に誓った。
<先生からの処方箋>
睡眠が不足すると食欲やホルモンを暴走させる。 しっかり眠ることも改善に向かう一歩
大坂 貴史 糖尿病専門医・指導医 総合内科専門医

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