長寿化の進行と共に老後不安が広がる日本。「長生きするかもしれないから、老後のためにしっかり備えておかないと」と、若いうちから節約に励む人も少なくありません。しかし、老後資金が十分用意できても、幸せになるどころか後悔するケースもあるようです。

老後資金は年金だけでは足りない…広がる老後不安

老後に向けていくら準備すればいいのか……。多くの人が明確に老後資金を意識するきっかけになったのが「老後2,000万円問題」です。

老後2,000万円問題は、2016年に総務省が調査した家計調査報告書に基づいて算出された数字。「公的年金などの収入」と「老後にかかる生活費」を差し引きすると、夫婦(夫65歳以上・妻60歳以上)の無職世帯では毎月5万5,000円弱の赤字になり、それが老後30年間だと約2,000万円の赤字になるという計算です。

実際には、老後の収入も支出も人それぞれです。とはいえ、多くの場合、年金だけでゆとりのある生活を送るのは難しいのが実情。だからこそ、現役時代から老後資金を自分で作る「自助努力」が求められているのです。

ただし、老後にいくらあればいいのかと考え出すと、目標は青天井になりがちです。2,000万円を貯めても「まだ足りない」と不安に駆られ、結局、いくら持っていても不安から逃れられない人は少なくありません。

もちろん資産がないよりはあるほうがよいのは当然です。ただし、お金を貯めることだけに固執しすぎると、取り返しのつかない後悔につながることもあるのです。

「節約がお金を生む」の信念で老後資金を積み上げたAさん

Aさん(当時65歳)は長年勤めた会社を退職、年金生活が始まりました。60歳のときに受け取った退職金1,500万円は全額投資に回し、5年間で2,700万円に増加。それ以外に、証券口座には2,900万円、銀行口座には1,400万円。合計で7,000万円ほどの資産がありました。

これに加えて、夫婦の年金額は月23万円ほど。子どもは独立済みで、誰が見ても「安泰の老後」です。

どうやってこれほどの資産を築き上げたのか。投資の恩恵もありますが、Aさんは若い時から堅実で、かつ筋金入りの節約家だったのです。

「いざというときにお金がないと大変だからね、特に老後は」

苦労して育ったという母から、そう教えられてきたAさん。その影響からか、大学時代から飲食店でのアルバイトに精を出し、そのほとんどを貯金。周囲が遊びや旅行で大学生活を謳歌していても、通帳の残高が増える方がよほど楽しいと、意に介さなかったといいます。

就職と同時に一人暮らしを始めましたが、倹約ぶりは変わりません。会社から遠く離れた15㎡の古アパートを選び、食費はもやしと鶏肉を中心にした自炊。電車代を惜しみ、移動は自転車が基本。エアコンは夏も冬も使わず、冷暖房費を節約。当時からこんな暮らしをしていたそうです。

そんなAさんも、職場で出会った女性と32歳で結婚。妻は夫の極端な暮らしにも「確かに変わっているけど、使いすぎる人よりよほどいい」と理解を示しました。

子どもが生まれてからは、教育費はきちんと出すと決めた一方で、家族のおでかけは「近所の公園にピクニック+お弁当持参」が定番。マイホームもマイカーも持たず、固定費を抑える生活を貫きました。

その甲斐あって、貯金はいつしか2,000万、3,000万と増え、最終的に7,000万円超えを達成したのです。

お金に換えられない、取り戻せないもの

そして、65歳を迎えたAさん。これまでの苦労はこの「老後」のために頑張ってきたといっても過言ではありません。夫婦で世界一周クルーズに行こうか、高級レストランで贅沢をしようか、そんな話もしていたのです。

しかし、その矢先、Aさんの伴侶であり理解者の妻が病に倒れました。Aさんの祈りもむなしく、妻はしばしの闘病後、息を引き取りました。66歳になってからすぐのことでした。

Aさんは、猛烈な後悔に襲われたといいます。

「もっと早く、お互いが元気なうちにいろんなことを楽しめばよかった。時間だけは取り戻せない。妻に恩返しをすることもできないままで、何のためのお金なのか……」

「貯めながら使う」…バランスが大切

老後資金を蓄えることは間違いなく重要です。しかし、過剰な不安や「貯めること」が目的化してしまうと、結局お金を使わずに人生が終わってしまう可能性もあります。

また、実際に老後になって旅行やグルメを楽しもうとしても、人によっては感性が鈍り、体力も気力も低下し、若い頃のようには楽しめないことも少なくありません。

健康なうちに、元気なうちに、人生を豊かにするためのお金の使い方を考えること。貯めることと使うことのバランスを上手にとることが、老後の本当の幸せにつながるのではないでしょうか。

(※写真はイメージです/PIXTA)