配偶者の死は、老後の生活設計を根底から揺るがします。「遺族年金」への誤解による収入減と、孤独からくる支出増。この“二重苦”にはまり老後破綻した佐野さん(仮名)の事例から、実情とその問題の対策を探ります。

晩婚夫婦、想像より遥かに短かった“共に過ごす時間”

都内の中堅企業を勤め上げた佐野将之さん(仮名/71歳)。長らく独り身でしたが、54歳で5歳年下の芳子さん(仮名)と巡り合い、結婚に至りました。互いに初婚で子供はおらず、夫婦水入らずで第二の人生を謳歌していました。

長年会社を勤め上げた2人には、将之さんが月におよそ15万円、芳子さんも月に13万円ほど、合計で毎月28万円程度の公的年金があります。贅沢などしなければ、老後の経済的不安は少ないはずでした。

すい臓がんステージ4を宣告された妻

しかし、その穏やかな日常は突然終わりを告げます。芳子さんがすい臓がんと診断されたのです。病状は深刻で、判明した時点でステージ4。懸命な治療もむなしく転移が確認され、告知から半年後のこと。闘病生活の末、彼女はこの世を去りました。

妻の闘病に寄り添い続けた将之さんにとって、深い喪失感は当然のことでした。しかし、振り返るとあっという間なものの、妻の苦しむ姿を目の当たりにした介護の日々からの解放という安堵感も胸の内にありました。

亡妻の年金の4分の3がもらえる?

芳子さんの死後、将之さんは手続きを進める過程で、思いもよらない事実に直面します。

懇意にしていた生命保険の外交員から「遺族年金が受け取れますよ」と教えてもらいました。説明の詳細はうろ覚えでしたが、説明の要点として、芳子さんの年金の大部分(4分の3)が引き続き支給されるものと理解し、経済的な不安が少し和らぎました。

ところが現実は非情でした。年金事務所からの通知で明らかになります。将之さんは、通知を開封するなり言葉を失いました。

なんと、芳子さんが受け取っていた公的年金は完全に途絶えたのです。つまり将之さんの手元に残るのは、自身の老齢厚生年金のみで、月に約15万円。この想定外の事態に、将之さんは生活設計の根本が覆されるほどの衝撃を受けました。

亡妻の年金支給が途絶えた理由

このような結果になったのは、遺族厚生年金の支給ルールが関係しています。故人の老齢厚生年金の4分の3がひとつの基準ですが、受給者自身の老齢厚生年金額がそれを超える場合、差額分しか支給されないのです。将之さんの場合、自身の年金額が芳子さんの遺族厚生年金を上回っていたため、結果として受給資格がありませんでした。

保険外交員も、将之さん夫妻の年金状況を正確に把握しないまま、受給可能かのような説明をしてしまっていたようです。加えて、将之さん自身も大きな誤解をしており、芳子さんが受け取っていた年金総額(基礎年金部分も含む)の4分の3が手に入ると考えていました。

遺族年金制度の複雑さは広く知られておらず、社会全体での理解促進が求められています。年金制度に関する厚生労働省の意識調査によれば、遺族年金の受給資格や具体的な支給額に関して、誤った情報や認識を持つ人が少なくない実態が浮き彫りになっています。とりわけ、自身の老齢厚生年金との受給調整ルールは難解とされ、将之さんのような誤解が生じるのは稀なケースではないといえるでしょう。

孤独が生んだ“誤算”

さらに不幸が重なります。芳子さん亡きあと、自分1人のためだけに食事を作ることが億劫になってしまい、食生活を外食や市販の惣菜に全面的に依存するように。人恋しさも手伝って、行きつけの飲食店への足取りも以前より頻繁になりました。

そして、誰もいない自宅へ帰る寂寥感からか、夜更けに煌々と光るコンビニの灯りを見つけると無性に立ち寄りたくなり、不要な酒類や菓子類を買い込むといった行動が習慣化してしまいました。

一つひとつの消費は些細でも、積み重なれば家計を圧迫します。最終的に、2人で生活していた時代よりもかえって支出がかさみ、月々15万円ほどの年金収入ではまったく追いつかず、毎月10万円もの不足が生じるという危機的な状況に陥りました。

将之さんのように、伴侶を失ったあと、生活費が増加するケースは決して少なくありません。総務省の家計調査報告が示すところによると、高齢単身世帯における平均消費支出は、2人以上世帯の一人当たり支出額の単純な半減とはならず、むしろ外食費や娯楽・交際関連費が増える傾向にあります。背景には、家事負担の増加に伴う外部サービスの活用や、孤独感を埋めるための対人交流の活発化などがあると推察されます。

追い打ちをかけるように自宅のリフォーム費用も発生し、芳子さんの死からわずか4年の歳月で、夫婦で懸命に蓄えた財産は完全に枯渇してしまったのです。

5人に1人が直面する死別の現実

厚生労働省が2017年に発表した統計データによると、66歳まで生きる人の割合は約92%、75歳まで生存する割合は約82%です。これは、裏を返せば75歳を迎える前に約18%の人が亡くなっていることを示しており、およそ5人に1人が、いわゆる「老後生活の比較的早い段階」で人生の幕を閉じていることになります。

現実問題として、伴侶を失ったあとの生活にもたらされる変化は、多くの人が想像する以上に甚大です。国立社会保障・人口問題研究所の「高齢者の生活と意識に関する調査」によれば、配偶者との死別を経験した高齢者のうち約3割が、生活費のやりくりや日々の家事、さらには精神的な拠り所の確保といった面で、深刻な困難に直面したと答えています。とりわけ男性の場合、家事スキルが十分でないために食費がかさんだり、孤独感から外部との交流を活発に求めたりする傾向が顕著で、それが結果として支出増につながる事例も少なくありません。

たとえ夫婦共働きで、2人分の年金収入によってゆとりのある老後を想定していたとしても、今回の将之さんのように、夫婦の一方が比較的若い年齢で亡くなった場合、こうした経済的な問題が潜んでいる可能性があるのです。

とりわけ公的年金制度は仕組みが複雑なため、周囲の人々から「遺族年金を受け取っている」といった話を聞きかじっただけで、自分も当然もらえるものと早合点してしまう傾向があります。年金事務所などで正確な情報を知ることが重要です。

自身が将来的に受給できる公的年金の正確な情報を把握し、夫婦のどちらかに不測の事態が発生した場合に家計がどう変動するのか、具体的なシミュレーションを行っておくことが、盤石な老後を送るための重要な備えといえるでしょう。

(※写真はイメージです/PIXTA)