かつての人々は、発掘された謎の骨や石を「伝説の生き物」の証拠と考えていた。グリフィン、サイクロプスユニコーンなど。だが実は、その正体が、恐竜やマンモスの化石だったかもしれないのだ。

 ここでは、現代の研究で明らかになった“伝説と化石の意外な関係”を紹介しよう。

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1. グリフィン

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 古代ギリシャ人は、スキタイの人々が、ゴビ砂漠で鉱山を守っていた、ライオンの身体を持ち、ワシの口を持つ「グリフィン」という伝説上の生物について記録した。

 時は流れ、フォークロア研究者のアドリアンメイヤーは、この古代ギリシャ人たちの文献が、プロトケラトプスの化石によって影響を受けた物だと主張した。

 プロトケラトプスはゴビ砂漠でも化石が発見されている恐竜である。グリフィンのようにプロトケラトプスは4つ足で、尖った口を持ち、肩の骨が出ているため、グリフィンに見間違えられたのではないか、考古学者は主張している。

 しかし、当然の事ながら金属を愛していた訳ではなく、ただの恐竜である。

2. サイクロプス

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 グリフィンのみならず、古代ギリシャ人はシチリア島に一つ目の巨大な生物「サイクロプス」が存在している、とも信じていたようだ。

 1300年代頃、シチリア島と地中海の幾つかの場所で、象の祖先とみられる化石が発掘された。この化石を当時の古代ギリシャ人の話しと照らし合わせてみると、実にサイクロプスに似た姿をしているのだ。

 今でも多くの場所で見る事が出来るこの化石の鼻腔には大きな穴が開いており、象の鼻がしっかりと収まるような構造になっている。しかし、ここにサイクロプスの目が入ったに違い無いと考えてしまう気も分かるきがする。

3. 天狗

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 日本ではサメの歯が狗の爪だと思っていたようだ。天狗の爪はお守りの役割を持ち、悪霊を遠ざける力を持っているため、神社等に飾られている事が多いようだ。

4. 巨人

 ギリシャではマンモスマストドン、ケブカサイ等の巨大な化石が幾つも見つかったが、当時の人々はこれを巨人や古代の英雄だと思っていたようだ。

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 セントオーガスティンとイエズス会の作家アタナシウス・キルヒャーでさえ、当時発見された巨大な化石を巨人の物と思っていたようで、今でもその考えを受け継ぐ人々はいるのだ。

 ジェイムス・L・ヘイワード博士によると、これまで起きた一番の「勘違い」や「誤認識」は、スイス物理学ヨハンジェイコブ・スキュアーズによって引き起こされた物で、ヨハンが1726年に提出した、「Homo diluvia testis(洪水を目撃した者)」という学術論文にあるという。

 全24ページの学術論文には、スイスのオエンジンゲンで見つかった、とある化石について書かれており、ヨハンはその学術論文内でその化石をノアの箱舟が出来る前に存在していた古代人だと語っている。

 彼の主張はノアの箱舟以前の人類を証明するものであり、1787年まで、彼の主張は正当な物として扱われていた。しかし後に古代生物学者のジョージキューバーがこの説を否定し、ただの巨大な両生類であることを証明した。

5. ユニコーン

 中世の頃、デンマークの船乗りがイッカクの角を発見し、それをヨーロッパへ持って帰った。人々はそれを伝説の生物「ユニコーン」の角だと信じ、その角に強力な治癒効果があると信じた。

 実はユニコーンの角はこの頃まで「一体どんな色で、どういう形をしているのか」は全く分かっておらず、数多くの色や形で表現されてきたが、現在の「白く、長い角」という表現はイッカクの角から来ているのだ。

 しかしイッカクのみがユニコーンと間違えられたわけではない。1663年、ドイツの自然学者オットー・ヴォン・ゲーリックは世界で初めて更新世時代の哺乳類の化石を現代によみがえらせた。彼がその哺乳類に初めてつけた名前は二足歩行の「ユニコーン」であった。

 現在では、彼が見つけたユニコーンの角は実際にはマンモスの牙であると考えられている。どちらにせよ彼の発見は現在、ドイツオスナブリュックの動物園で見る事が出来る。

6. ドラゴン

 ケブカサイを含む数多くの生物が過去に「ドラゴン」だとして一般公開された事がある。

 オーストリアのクラーゲンフルトでは、ケブカサイの骨を、町を混乱に陥れた「リントヴルム」というドイツに伝わる伝説の大蛇・ドラゴンが騎士との戦いに敗れ、その時に残された遺体だとして一般公開したことがあった。

 また、リンボクという化石植物もドラゴンの皮膚だとして展示されていた時代があった。

 1851年、ウェールズでリンボクが巨大なドラゴンの化石の一部だとして展示されていたという。リンボクの化石の表面を見ると、まるで鱗のような形をしているため間違ってしまうのも無理はないかも知れない。

 アジア諸国では恐竜の化石がドラゴンの化石として勘違いされていた時代もあった。「ドラゴンの骨」は未だに東・南東アジア諸国に行けば治療薬としての名目で売られている事もある。

 特に気の病、下痢などの症状によく聞くと言われている。薬の中身はいたってシンプルで、ただ恐竜の化石や中国各地で見つかった得体のしれない化石を一緒に混ぜて砕いただけのものだ。

7. ヴィシュヌの輪

 中世ヨーロッパでは、アンモナイトの化石を「蛇が渦を巻いた化石だ」と勘違いしていたようだ。当時の人々は聖ヒルダが蛇を石に変える力があったため、聖ヒルダのもたらした奇跡だと思っていたようだ。

 また、ヒマラヤ方面では、アンモナイトの化石はヴィシュヌ(4つの手を持ち、円盤・もしくは輪を持つ神)の輪だと言う言い伝えがあり、インドヒンドゥー教では、未だにこれが信じられている。

 ネパールチベット方面ではアンモナイトの化石はヴィシュヌの法輪であるという考えがあるようで、八正道という説法を体現しているのだと考えているようである。

8. シーサーペント(大海蛇)

via:mentalfloss.[http://mentalfloss.com/article/64093/8-types-imaginary-creatures-discovered-fossils]・原文翻訳:riki7119

 過去のシーサーペントと呼ばれた証拠の多くはサメの死骸や巨大なワカメが混ざりあったものだったケースが多い。しかし1840年、詐欺師アルバート・コッチは、4千万年前に生息していた大きな鯨のような形をした「バシロサウルス」の化石を探しだし、組み立てた。すると、最終的に出来上がったのは35メートルもの長さの生物だった。

 彼はその生物を「ハイドロアルコス(水の王)」と呼んだ。

 このハイドロアルコスは実際には不完全な二体のバシロサウルスの化石を合わせて作られた物だったが、当時のプロイセンフリードリヒヴィルヘルム4世は、アルバートから化石を買い取り、ロイヤルアナトミカル・ミュージアムに展示した。

 その後、アルバートは全く似た化石を一から作り出し、同じ手法でシカゴ美術館館長に売りつけた。1845年、アルバート・コッチはニューヨークアポロサルーンで「大海蛇展」と題し、ハイドロアルコスを展示し、一人あたり25セント入場料を儲けていたようだ。

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