
Amazonは7月11~14日、プライム会員限定のビッグセール「プライムデー」を開催中だ。
この一大イベントに合わせて、7年ぶりに来日したAmazonプライムのグローバル責任者、ジャミル・ガーニ バイスプレジデント(VP)に、AI活用と顧客体験(CX)向上策の現状、そしてその経営戦略における位置づけについて話を聞いた。
彼の言葉からは、単なるサービス改善にとどまらない、未来を見据えた経営のヒントが垣間見える。
●Amazon事業の中核 サブスクビジネス成功の「3つの要点」とは?
年会費5900円(月会費600円)で提供するAmazonプライムは、単なる配送サービスの枠を超え、Amazonの消費者ビジネスにおける「中心的な存在」とガーニVPは強調する。彼によると、世界中で2億人を超える会員が、配送の迅速性、経済的な節約、そしてPrime Videoなど多様なエンターテインメントという「より多くの価値」を享受しているという。
特に注目すべきは、会員が享受する経済的メリットだ。2024年には数千万人のプライム会員が当日または翌日配送を利用し、日本においては、プライム会員1人当たり平均で年間9500円近くの節約を実現したという。これは年会費の1.5倍を超える額であり、いかに会員にとって「お得なプログラム」として機能しているかを物語る。この高い経済的価値こそが、プライム会員のロイヤリティーと継続率を支える基盤となっているようだ。
●日本市場の特殊性とサービスレベルの向上
ガーニVPは、2007年にプライムを導入した日本市場を「世界の中でも初期の国の一つであり、重要視しています」と語る。その上で「世界では2024年に90億アイテムを当日または翌日に配送しました。配送網を拡充すべく、2024年に250億円以上の投資をし、北海道にも空輸で配送ができる体制を整えました。つまり47都道府県で翌日配送が可能になったのです」と話し、継続して日本へ投資をしている状況だ。
国交省は、置き配を標準サービスに追加する検討を始めた。物流業界の2024年問題など、日本の運送業界ではさまざまな動きがある。
「日本政府がどういった形態を標準化しようとしているのかは、私がそこに通じていないのが正直なところです。ただ、配達指定日のサービスは、日本が世界で最初に導入しました。日本から始まり、他の国で展開された事例です」
日本市場の特徴を聞くと、特にサービスに対する期待感が高い傾向があるという。
「私たちが掲げているサービスレベルは、非常に高いところに基準を設けていますが、日本の期待感はそれを上回ります。それに応えようとすることで、自らのサービスレベルを向上させているといえます」
これは、日本の顧客ニーズに応えることが、グローバル全体のサービスレベル引き上げにつながるという成長機会として捉えられていることを示唆する。
●AIが変革するCXとコスト削減 Rufusに大規模投資
プライムデーが果たす役割を聞くと「最善の形で会員を祝福する場です。世界各国の不安定な経済状況の中、より重要視されているサービスになっています。物価上昇の影響によって、必需品をストックしておこうというのが世界でも強まる傾向にあります」と話す。物価高の中、お得に買えるプライムデーが果たす役割は大きいようだ。
CX向上の中心には、紛れもなくAIの存在がある。
「世界の人々は、1円、1ドル単位で節約しようとしています。高度なAIを使うことによって、一人一人にベストなものをおすすめできます。例えば購入履歴、何がカートに入っているかなどの情報から、お客さまにとってのベストマッチと思われるものをこちらの方から提案することです」
AIによるパーソナライゼーションが、顧客の消費支出削減に貢献している点を強調した。単に商品を提案するだけでなく、顧客の購入履歴やカート情報から最適な商品をレコメンドすることによって、顧客は「欲しいと思っているもの」を効率的に見つけられるようになる。これは、消費者の購買意欲を刺激し、結果として売り上げ向上にも寄与する仕組みとなっているようだ。
Amazonは生成AIを搭載したショッピングアシスタント「Rufus」に多額の投資をしている。
Rufusは、顧客が商品に関する疑問を投げかけると、パーソナライズされた有益な情報を提供し、購入判断を支援する機能だ。「買い物体験が、より一層、パーソナライズ化されたものになる」とガーニVPが語るように、AIが顧客エンゲージメントを飛躍的に高めるツールとなっていることが分かる。
●サブスクビジネス成功の鍵は? 価値提供と選択肢
CXについて気を付けている点は「これまで提供してきたサービスのさらなる充実です」と話す。
「全く新しい特典を提供することも重要です。例えば、関東地域を中心に、くらしの必需品を、最短6時間で届けるエクスプレスマートというサービスがそれです」
プライムがサブスクリプションビジネスとして成功を収める秘訣について、ガーニVPは以下の3つの鍵を挙げた。
「まず、会員制度を価値のあるものにすることです。私たちはどれだけの価値を提供できているのかについて、非常に厳密に分析・測定しています。2つ目は、特典について知ってもらい、利用してもらうことです。考え方としては、会員が享受できる特典を100%、利用してもらうことを目指します。最後は、選択肢の提供です。会員費は、年間払いでも、月額払いでもOKですし、学生向けのプランも提供するなど、それぞれの事情に合わせて選べるようにしています」
顧客への継続的な価値提供がサブスクビジネスの根幹であり、その効果を定量的に把握するデータドリブンな経営が不可欠であることを示す。
●楽天の動向よりも自社サービスに集中
最後に、競合である楽天についても聞いた。重複するサービスも多い上、それぞれ独自の経済圏を形成しているからだ。プライムの年会費は、米国は139米ドル(約2万100円)、英国で95ポンド(約1万8700円)。日本の3倍以上だ。日本市場では健全な競争原理が働き、双方の会員価格が抑えられている面がある。
ガーニVPは「私たちは競合よりも当社のお客さまへのサービスをより高めることに集中しています。実際に、ある顧客の家を訪問しニーズを把握します。そこから、この先どう運営するか? という、顧客起点で考えています」と答えた。
その一方で次のようにも語る。「互いが切磋琢磨することで、自分たちの基準を高めていきます。先ほど、日本のお客さまの期待値は上がっていると言いました。例えば、以前は魔法のようなサービスだったのが、今は当たり前のサービスになっているということです。自社を向上できているという意味で、私たちはお客さまに育てられていますね」
●無限に高まる顧客要求への対応
Amazonプライムのビジネスモデル。それは会員費を高すぎず、低すぎず、心理的に気にならない絶妙な価格に設定して、継続させる。その上で、顧客に「お得感」を感じさせる特典を提供し、継続的に会費を徴収することで、安定した収益を生み出し、それを次の投資に回す。この好循環を確立しているようだ。この好循環の背景には、ガーニVPが語るように、顧客起点で消費者心理を深く把握し、AIなどの先端技術を駆使してサービスを展開する戦略がある。
無料配送を実施することによって数多くの会員獲得につながった。少額ではあるものの確実に会員費を徴収することで、安定的にかつ多大な収益を生むことが可能となり、次の投資に回す循環を生み出したのだ。
ガーニVPは、顧客の要求は常に上がっていると語っていた。現実として顧客の要求はほぼ無限に上がり続けるだろう。企業にとって、この「無限に高まる顧客からの高い要求」を満たし続けるサービスを提供できるかどうかが、今後の持続的成長の鍵となりそうだ。Amazonプライムの事例は、AIとCXを戦略の中心に据え、顧客起点で絶え間ない進化を続けることこそが、デジタル時代における企業の競争力を高める唯一の道であることを示唆している。
(武田信晃、アイティメディア今野大一)

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