「遺族年金」について、なんとなくは知っているものの、実はその仕組みや平均受給額についてよく知らないという人は少なくありません。年金生活者にとって遺族年金は生活費の基盤となるにもかかわらず、「思ったよりも少ない」と驚くケースも多いようです。夫に先立たれた千絵子さん(仮名・65歳)の事例をもとに、「遺族年金」の“落とし穴”をみていきましょう。山﨑裕佳子FPが解説します。

たったこれっぽっち?…年金事務所で判明した「遺族年金額」に絶望

千絵子さん(仮名・67歳)は、先月、4歳年上の夫をくも膜下出血で亡くしました。

夫は現役時代会社員でした。遺産は、自宅と手つかずの退職金を含む預貯金2,000万円です。

千絵子さんは短大卒業後、家事手伝いののち結婚しました。パート勤めをした時期もありましたが、大半は専業主婦として過ごしてきたため、65歳から受給している年金は基礎年金のみ(月額約4万円)です。

夫の年金は15万円あったことから、老後は夫婦あわせて月19万円ほどの年金で生活していました。贅沢はできませんが、持ち家だったこともあり蓄えを取り崩すこともなく慎ましくも穏やかな日々を送っていたといいます。

夫亡きあと、千絵子さんは諸々の手続きを進めるなかで「遺族年金」の申請のために年金事務所を訪れました。

ところが、年金事務所の窓口で告げられた金額に、千絵子さんは絶句。担当者いわく、千絵子さんの年金は遺族年金を合わせて月あたり11万円ほどだというのです。

「……えっ!? 遺族年金は夫の年金の4分の3じゃなかったの!? なにか間違ってませんか?」

千絵子さんは矢継ぎ早に担当者に詰め寄ると、担当者は申し訳なさそうに、次のように説明しました。

「遺族年金」の基本

一家の大黒柱が亡くなったとき、残された遺族の生計の一助となるのが「遺族年金」です。

遺族年金には、「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」の2種類があります。

遺族基礎年金は「子育てのための年金」ともいわれるように、受給対象者は「18歳以下の子を持つ配偶者」と「子」に限られます。

※ 障害のある子は20歳未満まで

遺族厚生年金の対象者とは

一方、遺族厚生年金の受給対象は裾野が広く、次の要件を満たした遺族に支払われます。

〈死亡した人の要件〉

1.厚生年金保険加入中に死亡した人

2.厚生年金の被保険者期間に初診日がある病気や怪我が原因で、初診日から5年以内に死亡した人

3.死亡時に障害厚生年金(1級、2級)を受け取っていた人

4.死亡時に老齢厚生年金を受給していた人

5.死亡時に老齢厚生年金の受給資格があった人 〈遺族厚生年金の受給対象者〉

死亡した人に生計を維持されていた遺族①子のある配偶者→②子→③子のない配偶者→④父母→⑤孫→⑥祖父母の順に優先順位の高い人。

※子や孫……18歳に達した翌3月31日まで(障害等級1級、2級に該当する場合20歳未満)

※子のない30歳未満の妻は、5年間のみ受給可能。

※子のない夫は55歳以上に限る。ただし、受給開始は60歳から(遺族基礎年金が受給できる場合は55歳受給可能)。

※父母または祖父母は55歳以上の場合にのみ受給権が発生。ただし、受給開始は60歳から。

遺族厚生年金の年金額は、死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3です。勘違いしやすいですが、死亡した人の基礎年金にあたる部分は対象外のため、注意が必要です。

また、遺族が65歳以上で自身の老齢厚生年金を受給中である、もしくは受給権がある人の場合、次の計算式で算出した額を比較し、高いほうの金額が年金額となります。

1.「死亡した配偶者の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3」

2.「死亡した配偶者の老齢厚生年金の報酬比例部分の1/2と自身の老齢厚生年金額の1/2を合算した額」

したがって、千絵子さんの場合も、4分の3とは「夫の年金すべて」ではなく「厚生年金の報酬比例部分のみ」が対象になることから、亡き夫の遺族厚生年金額は7万円、千絵子さん自身の年金と合わせると11万円になるとのことでした。

「一生懸命働いた夫の一生が、たったこれっぽっち?……」

千絵子さんは、意気消沈して帰路につきました。

将来に絶望した千絵子さんの「その後」

実は結婚後、お金の管理は夫に一任していた千絵子さん。毎月夫から渡される生活費で家計を切り盛りしていたことから、想定していたより年金が少ないことに不安を拭い切れません。

「なんとか自分で解決しなければ」と決意したものの、なにから手をつけていいかわからず、困り果ててしまいました。

そこで、まずは友人に紹介してもらったファイナンシャルプランナー(FP)に家計運営のアドバイスを受けることにしたのでした。

遺族年金の平均額

総務省の家計調査(2024年)によると、65歳以上の単身無職世帯の平均収入額は12.1万円となっています。つまり、夫亡きあとの千絵子さんの年金収入11万円は“平均的”といえそうです。

一方、同調査によると、1人暮らしの毎月の支出額は14万9,000円と、収支は赤字となっています。そのため、千絵子さんの支出も平均的であれば、預金の取り崩しも視野に入れる必要がありそうです。

※ 主な支出項目……食費、居住費、日用品、被服費、保険医療費、交通費、娯楽費、交際費、その他

とはいえ、お金の使い方は人それぞれ

「まずは自身の生活スタイルを確立し、毎月の支出、年払いの支出を計算して年間の総支出額を把握してみましょう」とFPにアドバイスを受け、早速FPとともに試算を行った結果、毎月の生活費は年金収入内で収まりそうだとわかりました。

家の維持費、税金などは貯蓄から払うことになりそうですが、そこまで心配する必要はなさそうです。

長男の「まさかの申し出」に涙

FPに相談したことでお金の心配からは解放された千絵子さんですが、1人暮らしの寂しさは募るばかりです。そんなある日、夫の死から3ヵ月が経過したころ、葬儀後はじめて長男(41歳)が妻と孫を連れて実家にやってきました。

久しぶりににぎやかな夕食を共にしたあと、長男がさりげなく切り出しました。

長男母さん、どう? 少し落ち着いた?」

千絵子さん「うん、だいぶね、1人暮らしの寂しさにもようやく慣れてきたわ……」

強がる千絵子さんですが、長男はそれを察していたようです。

長男「……母さん、一緒に住もうよ。今日はこれを伝えたくて来たんだ。うちの家族もみんな納得しているし、よかったら考えてみてよ」

息子の思わぬ申し出に、千絵子さんは思わず涙。

「困ったときはいつでも連絡してくれよ、家族なんだから」

息子という精神的な支えを得たことで少しずつ元気を取り戻した千絵子さんは、少しずつ家から出る機会も増え、最近ボランティア活動を始めたそうです。

「生活に張りが出て毎日が楽しいんです。まだまだ子どもに甘えるわけにはいかないから」

そう言って、笑顔を見せる千絵子さんでした。

元気なうちに「遺族年金」のシミュレーションを

遺族の生活の支えのひとつとなる遺族年金ですが、年金制度が複雑なこともあり、当事者になって初めて知る内容も多いかもしれません。

今回、千絵子さんは自身の年金が基礎年金のみであったため、夫の厚生年金の4分の3が支給されましたが、自身が厚生年金の受給権者の場合、遺族年金が減額されるケースもあります。「予想していた金額より少なく驚いた」という話は、決して他人事ではありません。

50歳以上であれば「ねんきん定期便」などで生存中のおおよその年金額を把握できますが、どちらかが亡くなった際に相手が受け取れる遺族年金の額までを把握している人は多くないでしょう。

配偶者が亡くなったことで生活に窮することのないように、遺族年金の金額をあらかじめシミュレーションしておくことも大切です。

なお、遺族厚生年金は女性の就業率アップにともない、男女差を解消する目的で2028年4月以降大きな変更がある予定です。最新の制度とあわせて注視していきましょう。  

山﨑 裕佳子 FP事務所MIRAI 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)