
コラムニストの小林久乃が、ドラマや映画などで活躍する俳優たちについて考えていく、連載企画『バイプレイヤーの泉』。
第159回は俳優の河合優実さんについて。彼女について書くというのは恐れ多いような気がしていて控えていた。今、最も説得力のある演じ手について、一介の物書きが何を書けるというのか。ただ良いタイミングが訪れたのか、マイナビニュースさんで配信された河合さんのインタビューが話題になった。私は同じ媒体で連載を持っている。これなら恥ずかしくはないのではと思いたち、筆を取った。それほど朝ドラ『あんぱん』(NHK総合 毎週月~土曜 8:00~ほかにて放送中)で見た演技に2025年上半期の衝撃を受けた。
○ドラマオタクが膝を打った名シーン
4月15日の『あんぱん』の放送だった。ヒロイン・朝田のぶ(今田美桜)の妹、蘭子(河合)が町内の運動会で使用されるあんパンを参加者に渡す手伝いをしていた。一頻りの作業が終わった頃、朝田家の祖父とともに石工の仕事をしている原豪(細田佳央太)が現れる。
「豪ちゃんも(パン食い競争に)出るが?」
「(蘭子の祖父)親方のために頑張ります」
「応援するきね」
「しないでください」
「なんで?」
「わし、足は遅いがです」
「ふふふ、力は強いのにね」
机に突っ伏すように参加必要事項を書く豪。その様子を上から見つめて、髪の毛に触り、恥じらう蘭子。この一瞬のシーンで「あ、蘭子は豪ちゃんのことを好きなんだ」とわかった。それまでにも匂わせるようなシーンはあったけれど、決定打になったのはこの日。髪の毛をいじる仕草だけなのに、蘭子がこっそりと豪を熱く思い続けてきた日々がまごうことなく伝わった。感動した。テレビ画面を見る目がまんまるくなっていた。
私のように公私混同で朝から晩までドラマや映画を見ている人間とは、作品に対してどこか感動が摩耗している箇所がある。「こうくるんでしょ」と、番手や脚本家の名前を見ながら次の展開を読む。悲しいけれどそれはほとんど当たってしまうので、膝を打つことが減ってくる。ところがどっこい、この日は膝を打つどころが自分で膝を殴った。
結局、豪ちゃんは戦死してしまう。出征前日にやっと思いが通った二人なのに、運命はなぜかとても意地悪だった。愛する人を待って、蘭子が豪ちゃんの半纏を毎日触れている様子は見ているこちらも、彼が愛おしくなってしまった。
○「反戦を担えてよかったなと思っています」
河合さんは何もかも稀有なのに、説得力のある人だ。
彼女について何か知ろうとすると、手がかりは所属事務所のホームページや、各媒体でのインタビューしかない。24歳、同年代の俳優陣が各個人SNSで、自分の"素"見せ合戦を繰り広げている最中、彼女は何も発信せず、ただ演じる背中を見せている。そんな俳優が日本には何人いるだろうと指折り数えてしまう衝動に駆られる。
数あるインタビューでも、5月に配信されたマイナビでニュースの記事での発言は彼女の存在をさらに大きく引き出す。先述の『あんぱん』で蘭子は伴侶を失ったにも関わらず、終わらない戦争による国粋主義の精神を周囲から強いられる。当然、納得のいかない蘭子。大きな声をあげられず、心は悔しさに溢れていた。これらを河合さんはこう話している。
「その声をもう一度はっきり伝えるべきだと思うし、反戦を担えてよかったなと思っています。今起こってしまっている戦争にも、私たちには実感がないところがありますが、もしかしたら当時の人も、よくわからないうちに大きなものに絡め取られていくような日々だったのではないかなと想像しました。みんな気がついたら、赤紙が来たら戦争に行かなきゃいけないシステムの中に居た、というだけのことかもしれません」
自分の役柄に国際問題を投影させて発言する俳優はいるけれど、どこかに覚悟を感じる。こんな情報民主化されている状況では、発言に対する荒々しい言葉の矢が四方八方から飛んでくるからだ。この矢を受け止めて跳ね返す覚悟が必要。面倒に巻き込まれたくなければ、何も言わない方がいい。でも河合さんは自分の影響力を知り、自分が"絵"となって発言した。おそらくこの記事にハッとした若者が多く、地球上の戦争に関心を抱いてくれたと信じたい。それが河合さんの目論見であったとも……
書いているうちに『あんぱん』の物語は進んでいく。蘭子がこの先、彼女の望む形で幸せになってくれと願いつつ、いつか河合優実主演と設定された、贅沢な朝ドラを見てみたいと思う。もしかなったら、興奮のあまり、毎朝の15分間で相当なカロリーを消費しそうだけれど。
(C)NHK
小林久乃 こばやしひさの エッセイ、コラム、企画、編集、ライター、プロモーション業など。出版社勤務後に独立、現在は数多くのインターネットサイトや男性誌などでコラム連載しながら、単行本、書籍を数多く制作。自他ともに認める鋭く、常に斜め30度から見つめる観察力で、狙った獲物は逃がさず仕事につなげてきた。30代の怒涛の婚活模様を綴った「結婚してもしなくてもうるわしきかな人生」(KKベストセラーズ)を上梓後、「45センチの距離感」(WAVE出版)など著作増量中。静岡県浜松市出身。Twitter:@hisano_k この著者の記事一覧はこちら
(小林久乃)

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