近年、プレミアムウイスキーや日本ワインなど多角的な戦略を推し進めているサントリーが、新たに「ジン」市場の開拓も進めている。2017年にジャパニーズクラフトジンと銘打ち「ROKU<六>」を発売。2020年に「翠(SUI)」も発売しており、近年は缶入りの商品も好調だ。

【写真7枚】リニューアルした大阪工場の、ピカピカに輝く蒸留窯

 サントリーの洋酒といえばウイスキーという印象を持つ読者も多いはずだ。1929年に発売した「サントリーウイスキー 白札」は、同社によると「日本初の本格ウイスキー」。これを皮切りに脈々とウイスキー作りに取り組み、「山崎」「白州」など、日本を代表するウイスキーブランドをいくつも手掛ける。

 一方で、実はジンにも長らく取り組んできた。1936年に「ヘルメスドライジン」を発売し、以降も「サントリードライジン」「ドライジンエクストラ」「サントリーアイスジン」といった商品を手掛けている。

●ここ10年で世界の市場が約2倍に

 もともとサントリーでは、洋酒文化を創造したい創業者・鳥井信治郎氏の思いから、さまざまなカクテルに使われ、洋酒文化において重要な役割を持つジンに目を付けていた。特にスピリッツ市場が好調だった1980年代には積極的なマーケティングを実施。1980年に手ごろな価格で高品質なドライジンエクストラを発売し、翌年にはドライジンプロフェッショナルと2年連続で新商品を出していた時期もある。

 そこから数十年が経過し、サントリーがここ数年、あらためてジンに注力する背景は市場を見れば明らかだ。

 同社によると、世界での市場も2015年からの10年で約2倍となる2兆円規模まで拡大。国内に関しても、日本洋酒酒造組合が発表している「洋酒移出数量調査」によると、2024年のジン出荷量は約553万リットル。前年比110.0%で、10年前と比較すると5倍ほどに成長している。

 特に好調なのが国産ジンで、現在はサントリーを含めて国内に140ほどの蒸溜所があるという。その筆頭的存在が、ROKUだ。2024年末時点で世界約60カ国に展開しており、既にプレミアムジンの世界販売数量では2位につけている。スピリッツ本部 リキュールスピリッツ部長の新関祥子氏は「世界一」を目指すと意気込む。

 ROKUの特徴は、その名の通り6つの国産素材を使ったジンであることだ。そもそもジンの定義は、蒸溜酒にジュニパーベリーなどボタニカルで風味付けした、アルコール度数が37.5度以上のもの。ROKUではこうした基本となるボタニカル8種に加え、春の桜、夏の玉露、秋の山椒、冬は柚子といった四季を代表する6つの素材を浸漬・蒸溜した酒をブレンドしている。

 素材だけでなく、製法も独自だ。スピリッツ・ワイン開発生産本部 スピリッツ・ワイン商品開発研究部 部長の伊藤定弘氏は次のように話す。

 「一般的に、ジンは複数の原料を一度に浸漬して作っています。一方、ROKUではそれぞれの香味を最大限に生かす観点から、原料ごとに分けて浸漬しているのが特徴です」

 こうしたこだわりをふんだんに詰め込んだROKUでは、高価格帯のアルコール商品を楽しむ30~40代を中心にインバウンドターゲットに想定している。バーやハイクラスの飲食店を中心に販売を増やしていく考えだ。一方、2020年に発売した「翠(SUI)」は、ビールや焼酎といった別のアルコールに親しんできた20~40代をターゲットに設定している。

●カギ握る「大阪工場」を大幅にリニューアル

 ROKUを中心にジン攻勢を強めるに当たり、カギを握るのが同グループとして唯一国産ジンの原料酒を製造しているサントリー大阪工場だ。同工場は、サントリーが有する工場の中で最も長い歴史があることでも知られる。前身となる築港工場は、運河に面し水陸の運輸に利便性が高いことから、重要な生産拠点として稼働し続けてきた。

 「工場ができた当時は、物品の流通は海運・水運がメインでした。中でも大阪の港は関西で生産している梅やブドウといった、洋酒の原料を調達しやすいことから非常に重要な役割を担い続けてきました。浸漬や蒸溜の施設も整っているだけでなく、瓶詰までワンストップでできるため、現在でも西日本に商品を供給する拠点として、機能しています」(矢野哲次・大阪工場長

 高まる需要を背景に、生産能力を高めるべく、2024年から2025年にかけて多額の投資を実施。まず55億円を投資し、敷地内に「スピリッツリキュール工房」を建設した。具体的には、浸漬を行うタンクを8つ新設し、4つの蒸溜釜をリニューアルしており矢野工場長は「ここまでのリニューアルは、長い歴史の中でも初めて」と話す。

 「これまでは蒸溜釜の中で浸漬し、その後に蒸溜するサイクルだったので、釜1つにつき1日1回しか蒸溜できませんでした。今回のリニューアルにより、浸漬を蒸溜釜ではなく浸漬タンクで行えるようになり、1日に可能な蒸溜回数は2回に増えています。また、浸漬時の温度調節が容易になり、攪拌もしやすくなっています」(矢野工場長

 その結果、工場全体の生産能力は約2.6倍、ジンの原料酒に関しては2倍に拡大している。この他「パイロットディスティラリー」と呼ぶ、品質研究や技術開発を行う小規模施設も新設し、製造だけでなく新商品の開発も旺盛に行う考えだ。

●消費者との接点を着々と強化

 さらに、2026年にかけては10億円を投じて消費者とのコミュニケーション機能も強化する。これまで一般公開はしていなかったが、蒸溜釜を見渡せるデッキや、360度シアターを備えたセミナールームを新設。これから敷地内に原料のボタニカルを植える計画も進んでおり、2026年春ごろから工場見学を実施する予定だ。料金や動員目標は検討中とのことだが、すでにサントリー山崎蒸溜所・白州蒸溜所で同様の見学ツアーを実施しており、インバウンドの誘致にも期待がかかる。

 工場の外でも、さまざまな接点強化に取り組んでいる。接点として大きな存在感を占める居酒屋などで「食中酒」としての認知拡大を狙うほか、この5月には「BAR グラスとコトバ」というポップアップ形式のバーを開催した。

 単に商品を提供するだけでなく、アルコールを楽しむスタイルの提案やバー文化のアピールを狙った取り組みで、約4500人分の予約枠はオープン前に完売するなど盛況だった。さらに、イベント終了まで3500人のキャンセル待ちが発生し、その9割近くが20~30代の若年層が占めていたという。若者の酒離れが叫ばれる昨今だが、まだまだ戦いようがあることを示すデータだ。

 ジン市場を巡っては、アサヒビールが2024年にジンをベースにした「アサヒ GINON」を発売。キリンも同年に「KIRIN Premium ジンソーダ 杜の香」を発売し、1週間で年間目標の3割を達成する好スタートを切った。同商品はこの2月にリニューアルも実施している。サントリーも含めて各社がどのように好調な市場で新たな成長の道をたどっていくのか、目が離せない。

サントリーのスピリッツ・リキュール工房