
パートナーとのすれ違いから生じる、日々の見えないストレス。長い結婚生活の中で「このままでいいのだろうか」と感じながらも、離婚後の生活を具体的に考えられず、時間だけが過ぎていく……。60代を過ぎてからの大きな決断には、経済的な問題以上に、孤独や環境の変化に対する心理的なハードルが大きく立ちはだかります。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、静子さん(仮名)の事例とともに、熟年離婚の障壁について解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
ケチすぎる夫と暮らす妻の胸のうち
「また今月も、調味料の請求書が冷蔵庫に貼ってあったのよ」
そう語るのは、埼玉県在住の佐伯静子さん(仮名/67歳)。年金は月12万円、静子さん名義の貯金は約800万円。パート勤務を続けながら、慎ましくも安定した生活を送っているようにみえます。
彼女の悩みは、夫・信一さん(仮名/70歳)との長年にわたる金銭的な確執です。共働きにもかかわらず、信一さんは常に「これは俺が買ったもの(だから遠慮しろ)」「使った分は払え」と主張。調味料を使った分はグラム単位で月末にまとめて請求するという徹底ぶりです。
「オイスターソースなんて、ひと瓶200円くらいなのに、グラム単価15円って計算して、今月は12グラム使用だから180円って手書きのメモが貼ってあるんです」
あまりの細かさに、娘も「お母さん、もう出たほうがいいよ」と何度も助言したといいます。しかし、静子さんが離婚に踏み切ることはありませんでした。
金銭的余裕があっても、離婚できない理由
結婚当初から共働きだった静子さん。子ども2人を育て上げたあとも週4日のパート勤務を続け、家計には常に余裕がありました。
にもかかわらず、信一さんは家具や家電を「自分が払った」と主張して独占しがち。夫が購入した扇風機には名前を書き、娘や静子さんが扇風機を使うと激しく叱責。
「これは俺が買った扇風機だ。勝手に使うな」
このように、たとえ100円でも出費に厳しく口を出してくる夫と、静子さんは40年間我慢して暮らしてきました。
「やっぱりね、離婚して一人になるのが怖かったんです。60歳を過ぎてから一人で生きていけるのかって、考えただけで不安で……」
このように、経済的に可能であっても離婚を選ばない背景には、金銭面とは別の「心理的障壁」があることが多いのです。
60代以上の女性の中にも「離婚したい気持ちはある」と考える方がいる一方で、実際に行動に移す人はごく少数だそうです。その理由は、孤独への不安や生活の変化への恐れなどが中心です。
離婚後の生活に備えるための「お金の見える化」
静子さんのケースでは、年金月12万円とパート収入月6万円の合計18万円。地方で暮らすには十分な金額です。さらに貯金が800万円あれば、月に3万円取り崩しても20年以上生活できます。住居費や医療費を含めても、生活保護水準を下回るリスクは低く、現実的には「離婚しても生きていける」だけの経済的裏付けがあるのです。
しかし、本人がそれに気づいていない、もしくは数値をきちんと把握していないと、「漠然とした不安」が大きな壁になります。
ファイナンシャルプランナーとして私たちができることは、そうした不安を数字で「見える化」し、現実的な判断材料として提供することです。
・年金と収入の総額
・老後生活費の平均
・介護費や住居費の見通し
・手持ち資産の運用可能性
これらを具体的にシミュレーションすることで、「私でも大丈夫かもしれない」と自信を持てる人が増えていきます。
「不自由さ」に対する慣れ
静子さんは最近、こう夫に伝えました。
「これからは自分のために、お金も時間も使っていきたい」
夫は目を丸くして黙り込みましたが、静子さんの決意は揺らぎません。いまは別居を前提にシニア向け住宅を探し始め、地域のFPと老後のライフプランを練り直しているところです。
これまで何十年も「不自由さに慣れていた」自分に気づいた瞬間から、静子さんの人生は変わりはじめました。
同じような思いを抱えている方へ、まずは毎月の支出と収入を記録して整理すること、老後をひとりで生きる試算をシミュレーションすることそして第三者のFPや法律専門家に相談してみることをお勧めします。「私の人生って、こんなもんだ」と諦める前に、一度立ち止まってみてください。人生の主導権は、年齢や環境に関係なく、いまこの瞬間から自分で取り戻すことができます。
波多 勇気
波多FP事務所

コメント