
秋に実施される小学校受験を控えた年長児にとって、夏休みは大きな転機となる時期だ。勉強の遅れを取り戻す好機であると同時に、子ども自身の主体性や生活習慣が磨かれる貴重な期間でもある。学力だけではなく、行動観察や面接など「人となり」も評価対象となる今、夏休みの過ごし方が入試結果に直結することも少なくない。では、夏をどのように使えば子どもがもっとも成長できるのか。小学校受験指導の第一人者である「こぐま会」代表の久野泰可氏に聞いた。
月齢差が逆転する夏…早生まれの子が伸びる理由
「かつては月齢を考慮した入試制度が存在していました。しかし現在は、その配慮がほとんどなされなくなっています」
そう語るのは、長年にわたって小学校受験を指導してきた久野泰可氏。月齢の低い、いわゆる「早生まれ」の子どもにとっては、夏休みが巻き返しの絶好のチャンスであるという。
「実際、年中から年長への切り替わりの時期には、月齢の差が問題の出来不出来に大きく影響します。しかし、夏休みが終わった9月の模擬テストになると、それが逆転して、早生まれの子たちが上位に食い込んでくるケースも多く見られます。これは夏の過ごし方次第で、能力の伸び方が大きく変わることを意味しています」
久野氏は、夏休みこそが「生活の中で学ぶ力」を養う機会であり、それが結果的に受験での強みに直結するのだと強調する。
「勉強だけに偏らず、生活全体を通して主体的に学ぶ経験をしているか。そこが合否を分ける鍵になるのです」
「遊び・生活・学び」が三位一体になる夏の過ごし方
「実際に合格されたご家庭にアンケートを取ってみると、勉強時間の確保と同じくらい、生活の質に目を向けていることがわかります」
久野氏によれば、夏休みに取り組むべきは、ペーパー学習に限らないという。実際、多くの家庭では日常の中に学びの要素をちりばめていた。
「たとえば、早起きしてラジオ体操を毎日行うことで生活リズムが整い、模倣体操の練習にもなります。また、毎日の『がんばり表』を作って、子どもと目標を立てながら過ごす家庭もありました」
ほかにも、自転車に乗れるようになったり、買い物で食材の名前や社会的ルールを学んだりする中で、「できること」が増えていく経験が自信に結びついていったという。
「こうした生活体験は、面接や行動観察の場面で子どもらしさとして自然に表れます。『最近できるようになったことは?』と問われたときに、堂々と自分の成長を語れる子は、やはり印象が違います」
一方で、保護者自身が追い込まれない工夫も重要だという。
「親御さんの中には、『もっと預かりサービスや一時保育を利用して、自分のリフレッシュ時間を取ればよかった』と振り返る方もいます。子どもの健やかな成長には、親の精神的安定も欠かせません」
また、家族旅行やお祭りといった非日常の体験も大切な学びの一部だと久野氏は語る。
「旅行に行く際は、自家用車ではなく公共交通機関を使い、子どもに時刻表の読み方を教えるなど、計画段階から参加させることで主体性が養われます。乗り物の違いに気づいたり、見知らぬ人に声をかけて道を聞いたりする経験は、机上の学習では得られない貴重な成長の機会となります」
夏の「できた!」が自信を生む…家庭でできる具体的工夫
では、夏休みに家庭で取り入れやすい具体的な工夫とはどのようなものだろうか。久野氏は次のような項目を提案する。
●子どもと一緒に週ごとの目標を決める「がんばり表」を作る
●毎朝のラジオ体操を日課にする
●親元を離れて「ひとりで泊まる」経験をさせる
●買い物や調理など、実際の生活の中でお手伝いをたくさんさせる
●絵日記を毎日書かせることで言語化の力を育てる
●夏の工作や料理体験を通して創造力と実行力を高める
「これらは、すべて生活の中の学びです。ペーパー学習に偏りすぎず、家庭の中で子どもが『自分でできた』と感じられる時間を増やしてください。そうした成功体験こそが、入試本番での自信と落ち着きにつながります」
入試は知識やテクニックだけでは測れない。「この子と一緒に学校生活を送りたい」と思わせる何かを持つ子どもには、共通して夏の過ごし方に工夫があった。机に向かう時間も、外で遊ぶ時間も、家族と過ごす時間も、すべてが入試対策になる。そう考えれば、夏休みの一日一日が、かけがえのない「学びの場」となるのではないだろうか。

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